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異聞蒼国青史  作者: おがた史
宗鳳の記 −白及の巻−
184/192

二年季冬 雉雊 11



 佑崔は意識を取り戻した男を連れて、壮哲たちのいる部屋へと戻った。連れて来られた男は、化粧を落とした姚君を見ると、思い切り顔をしかめた。


「ごめん。話しちゃったわ」

「お前……」


 けろりと言った姚君に舌打ちをする。


「だって仕方ないじゃない。喜招堂までいるんだもん。正体がばれちゃったのよ。あんたのことも知ってたわ」


 男はがっくりと肩を落とした。


「其方が茅士略で間違いないか」


 壮哲が聞くと、男は顔をしかめたまま渋々頷いた。


「よくも階段から突き落としてくれたわね」


 壮哲の背後から現れた梨泉が言うと、士略が不審げな顔で見返す。


「とぼける気?」


 梨泉が憤慨して腕を組んだところへ、理淑と洸良が小柄な男を連れてやって来た。


「梨泉様を突き落とした男を捕えました」


 洸良の言葉に、梨泉が、え? と目を丸くしてその男を見る。


「私を突き落としたのってその男なの?」

「え? はい。そうですよ。梨泉様を突き落とすところを私が見たのはこの男でした」


 梨泉が、そうなの? と眉を顰める。


「名前は?」


 壮哲が聞くと男は顔を背けた。士略よりも随分と若い。親子ほどの年齢だろう。


魏完浦(ぎかんほ)とか言うのよね」


 床に座らされていた姚君が横から答えた。男が姚君を睨む。


「だって、もう捕まっちゃったんだから仕方ないでしょ」

「この男も仲間なんだな」


 壮哲が聞くと、姚君が肩をすくめる。


「士略とは知り合いみたいですけど?」


 男は舌打ちして、「これだから女を使うのは嫌だって言ったんだ」と顔をしかめた。


 士略と完浦を姚君の隣に並べて座らせると、壮哲が聞いた。


「他に仲間は?」


 士略が完浦に送った視線を見て壮哲が腕を組む。


「いるんだな」

「……仲間ってわけじゃない。そいつから聞いたってだけだ」


 完浦が不貞腐れたように答えた。葛将軍が「口の利き方に気をつけるように」と背後から低い声で囁くと、びくりとして完浦の背筋が伸びる。


「其方が一番事情を知っていそうだな。其方に話してもらおうか」


 しかし完浦は壮哲に尋ねられても黙ったまま横を向いた。すると、姚君が非難めいた目で完浦を見た。


「話しなさいよ。どうせ捕まっちゃったんだから、正直に話して罪を軽くしてもらったほうがいいわよ」


 完浦は忌々しそうに視線を返したが、口は閉したままだ。


「まず、誰から聞いたって?」


 黙ったままの完浦の前に壮哲がしゃがんだ。

 完浦がちらと壮哲を窺い見ると、口調は穏やかだが壮哲の有無を言わせない目と合い、慌てて下を向いた。しばらく無言で視線を向けられて、完浦が根負けしたのか口を開いた。


「……名前は知らない。紅国の酒場で声をかけられただけだ」


 背後から聞こえてきた葛将軍の咳払いに、慌てて完浦は「です」と付け足した。


「どんな奴だった?」


 壮哲が促すと、不貞腐れたように鼻を鳴らしたが、観念はしたようですんなりと答えた。


「皙国の人間だって言ってた。詳しいことは知らねぇ」


 後ろを気にするように見てから、完浦が続ける。


「……です。蒼国で大きな紫の青玉が採れたそうだから、それを持ってくればものすごい報酬をやるって言われて」

「紅国で? 声をかけて来た男はどうした」

「知らねぇ……っす。まだ紅国に用事があるからって言ってたです」

「では青玉を手に入れたらどうやってそいつに渡すつもりだったんだ?」

「そいつに渡すつもりなんてないっす。その話が本当なら、直接皙国に持って行った方がいいから」


 嘘を言っていないか見定めるように目をすがめ、壮哲が続けて聞く。


「どうして紫の青玉を必要としてるって?」

「紫の青玉で、延維神を呼び寄せるつもりだって」

延維(えんい)神を?」


 延維は双頭を持つ蛇の身体の神だ。出会って饗応すると一国の主になることができると伝えられている。

 例えば、今から三十年ほど前に滅びた紫国は、延維に出会ってもてなした許氏が、妖魔を祓う邪鬼退散の守護神である鍾馗(しょうき)の元へと導かれ、その加護を得て興したとされる。


「皙国は魁族の侵入に怯えて、軍を増強しようとしてるらしいんだけど、それよりも手っ取り早く、延維に会って武神の加護も貰おうって魂胆らしい……です」


 皙国と魁族の状況については、昊尚が文陽から聞いたものと合致する。それにしても延維に会うために紫の青玉を手に入れようとしている、というのは予想外の理由だ。


「しかし、皙国はすでに嫘祖神の加護を得ているはずだが」


 壮哲が腕を組んで首を傾げる。養蚕の女神である嫘祖の加護により皙国は栄え、守られてきたはずだ。


「嫘祖の加護があっても、武力ではまるっきり当てにならないらしいです。今までは皙国の立地で余所からの侵略を防ぐことができてたらしいんだけど、魁族が入って来てるってんで焦ってるって言ってました。そんな時に、なんでも延維を皙国で見かけた奴がいるって話が出て。そんで何としても延維を見つけようとしてるらしいっす」


 ふむ、と壮哲が考えながら昊尚を振り返る。


「加護の追加なんて可能なのか?」

「……不可能ではない、とは思われます。一国一神の加護に限るということもありませんし」


 実際に紅国は三清という三神の加護を得ている。

 首を傾げたまま壮哲が再び完浦に向き直る。


「それで紫の青玉を蒼国(そうこく)に盗みに来たというわけか」

「まあ……そういうわけ……です。紫晶とかも集めてるらしいんだけど、紫の青玉が欲しいんだそうで」


 延維は紫の衣を纏い、紫色のものを好むと言われている。稀少な大きい紫の青玉なら延維を呼び寄せられる可能性が高いと考えたのだろう。


「それで、蒼国に来たら士略のおっさんをみつけたんで誘ったってわけです」

「元々、知り合いだったんだな」

「士略のおっさんには昔、助けられたことがあったから」


 完浦が士略を見たので、壮哲も視線を移した。


「誘われて其方もその話に乗ったというわけか」


 今度は自分に矛先を向けられ、士略も溜息をついてぼそぼそと話し始めた。


「……そうです。縹公の屋敷にあると聞いたんで、忍び込もうとしたんですけど、なかなか上手い方法がなくて……。そんで困っていたところに、姚君がいるのを見つけて……」


 ちら、と姚君を見て続ける。


「そうしたら、縹色の目のガキを連れてたんで、こいつは使えると思って声をかけたんです」

「其方が計画を立てたのか」

「左様で。縹公ならば、年端のいかないガキを追い出すようなことはしないだろうって思いまして」


 士略の言い方に、壮哲がふと聞いた。


「……縹公とは面識があるのか」


 士略が更に気まずそうな顔になる。


「……その……昔……蒼国の軍におりまして」

「いつ」


 驚いて反射的に聞く。


「もう二十年も前のことです……。……除名になって追い出されましたけど」

「何故除名された」

「……まあ、違法な賭博に手を出しちまいまして……」


 自嘲するように言うと、それ以上の詳細を求められるのを避けるように士略が話を戻した。


「……で、あのガキ……あの子を縹公の子どもだってことにしたんです」

「……其方、その子どものことは知っていたのか」

「暁明は俺が辞める直前に蝶夢苑に来たんで一応。……朱国の軍にいたこともあるんで、暁明の相手も知ってます。碌でもない役人でした。……まあ、俺が言うのもなんですけど」


 最後、ぼそぼそと付け加えて士略が俯いた。

 なるほど、と呟いて壮哲がもう一つ確認した。


「花姚君を芳公主に化けさせることを考えたのも其方だな」

「はい。以前、姚君が朱国の王妃を真似たことがあって、それがまあそっくりだったんで、王妃に似てる芳公主もいけると思ったんです。宗正卿が嬉しそうにわざわざここへ案内までしてくれたんで、上手くいくと思ったんですけど」


 壮哲が溜息をつきながら首を摩り、今度は姚君に目を移した。


「其方はどうして蒼国にいたんだ」

「私は……朱国があんなんになって、蝶夢苑が閉鎖したんで、次の稼ぎ口を探しに来てたんです」

「あの子は? どうしてあの子を連れてたの?」


 梨泉が思わず横から口を出した。


「暁明姐さんに世話になったから、敬安の面倒を見ようと思ったっていうのは本当です。だって、あんな小さな子を放っておけないじゃないですか。で、一緒にいたところを士略に声をかけられて」

「それで引き受けたの?」

「だって敬安がやるって言うし」

「じゃあ、あの子自身も最初から自分が秦家(うち)の子じゃない、ってわかってたということね」

「そうです。なかなかの演技でしょ。流石、暁明姐さんの子だわ」


 姚君が愉快そうにけらけらと笑うのを梨泉が呆れて見た。


「流石、じゃないわ。まだ八つの子に盗みをさせようなんて!」

「すみません」


 そう肩をすくめつつ姚君が付け加える。


「ちなみに敬安は今八つじゃなくって、もう九つです。姐さんが縹公と会った時、もう六月過ぎてたんですって。あ、あと、結局敬安は何も盗ってないんだから、罪にはなりませんよね?」


 全く反省している様子のない姚君に、梨泉がこめかみに指を当てて溜息をつくと、


「……延維が紫の青玉を好むと言うのは、どこで聞いてきたの?」


 それまで隅の方で黙って様子を見ていた月季が突然口を開いた。


「……どこで……って……延維神は紫色のものが好きって言うじゃないすか……だから……」


 訝しげに答えた完浦に、月季が考えを吟味するようにゆっくりと言った。


「……多分……延維神は紫の青玉ではお招きできないわよ……」


 完浦のみならず、その場にいた一同が怪訝な顔をして月季を見る。

 その視線に一瞬怯んだが、月季ははっきりした口調で続けた。


「別に(ぎょく)なんかをお好きというわけではないみたい。玉よりもむしろ、干し(なつめ)の方がお好みと聞いたわ」

「干し棗!?」

「そんな出鱈目を……」


 完浦と士略が抗議の声を上げる。

 問うような視線を向けていた壮哲に頷いてみせると、月季が言った。


「そう思うのも無理はないけど……。実際に延維神にお会いした人から聞いたの。干し棗を差し上げたらすごく喜ばれたそうよ」


 壮哲が月季の傍に寄って小声で聞く。


「誰から聞いたって?」

「……ちょっとそれは言えないのよ」

「延維神に会ってもてなしたということは、いずれかの神のご加護を得た方ということか?」

「……まあ、そういうことにもなるのだけど……」


 月季が困ったように言葉を濁す。


「申し訳ないけど、これ以上は言えない」


 壮哲は首を振る月季を見て、そうか、とそれ以上聞き出すことは諦めた。

 そこへ、ぽかんとして話を聞いていた姚君が、はっと我に返り、食ってかかった。


「何? じゃあ、そもそも私たち、全く無駄なことをさせられたってこと?」

「延維神が目的ならば、そういうことになるわね」


 月季が応えると、姚君が、そんな、と肩を落とした。


「せっかく敬安が頑張ったから私も協力したのに……」


 姚君が初めてしょんぼりと俯いた。




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