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異聞蒼国青史  作者: おがた史
宗鳳の記 −白及の巻−
182/192

二年季冬 雉雊 9



 月季と理淑は、捕えた月季そっくりな人物を連れて兵士と共に壮哲の元へと向かった。

 執務室横の部屋へ着くと、壮哲が月季を見つけて驚いた顔で迎えた。


「本当に来てたのか」


 そう言うと月季に近寄り、顔をまじまじと見つめる。


「……何?」


 美しい顔をしかめる月季に、壮哲は縹色の瞳を和ませた。


「よかった。本物だな」


 壮哲の嬉しそうな笑顔につい頬が緩むのを誤魔化しながら月季が聞いた。


「一体何があったの? この者が追われてたのを理淑殿が捕まえたの。そこに居合わせたから一緒に来たのだけど」

「ああ、そうだったのか」

「壮哲様、この人、誰なんですか?」


 理淑がそわそわとして女を見る。


「それは私も知りたいところだ」


 壮哲が、さて、と後ろ手に縛られた女の前に立った。


「お前は誰だ」


 しかし女は黙ったまま横を向いた。

 壮哲が困ったように首を摩る。


「……やりにくいな。月季殿に似ているから、縄で捕えているというのが何とも……」

「そんなに似てるかしら」


 月季が首を傾げる。


「うーん……見た目はそっくりです」


 理淑が口をへの字にして女と月季を見比べていると、


「失礼します」


 昊尚が声をかけて入ってきた。


「明遠を連れてきました……が……どういうことですか? これは?」


 後ろ手に縛られた女と月季を交互に見て聞いた。


「いや……この者が月季殿のふりをして私のところに来たんだ」


 壮哲が後ろ手に縛られた似た女を指す。昊尚が腕を組んでまじまじと女を見る。


「これは……似てますね……」


 思わず感嘆の溜息を漏らした。


「だろう? 何せ似てるから取り調べるにも何ともやりにくくてな……」


 壮哲が月季に視線を移して眉を下げる。

 すると、


「……もしかして……姚君(ようくん)……?」


 昊尚の後ろにいた明遠が近寄って来て覗き込むと、女は慌てて目を逸らした。


「知ってるのか?」


 壮哲の声に、明遠が、はい、と振り向いた。


「恐らく、蝶夢苑にいた役者ではないかと。花姚君(かようくん)という名で、ものすごく精巧な化粧でいろんな人物に化けることを特技としていました」


 明遠の言葉に、ああ、と昊尚も思い当たったように声を上げた。


「随分前に澄季妃を真似て、不敬ということで捕まった役者がいたな……。もしかしてそれか」

「そうです。しばらく投獄されていましたが、澄季妃に似せた化粧は一切やらないと誓約して釈放されました」

「なるほど」


 澄季に似せられるということは、つまり澄季似の月季にも似せられるということだ。

 明遠が再び女を覗き込んだ。


「花姚君ですよね?」


 それでも女が黙っているので、明遠が壮哲に言った。


「素顔は一般には知られていませんが、取引で裏方にはよく行っていましたので会ったことがあります。化粧を落としてもらえば確認できますが」


 顔を背けていた女は小さく舌打ちをすると、「……何で喜招堂がいるのよ……」と呟いた。

 そして観念したように大きく溜息をついた。


「そうよ。明遠の言うとおりよ」


 投げやりに女が認めた。

 しかし、そう顔をしかめた女に壮哲が言った。


「……すまんが、化粧ならばやっぱり落としてきてもらえないか」


 壮哲が渋い顔で腕を組む。


「やりにくくてかなわん」





 初めは嫌がっていたが、結局、姚君は理淑に付き添われて化粧を落としに行った。

 化粧を落として戻って来た姚君は、整ってはいるがこれといった特徴のない、月季とは似ても似つかぬ顔だった。


「凄い特技だな」


 思わず壮哲が感心すると、姚君が場違いにも得意気に、ふふん、と笑った。


「で? 何のために月季殿に成りすました?」


 しかしそう壮哲に冷たく問われ、姚君が不貞腐れたように下を向く。


「紫の青玉を探しに来たんです。婚約者の芳公主なら陛下も油断して現物を見せてくれるだろうって」


 壮哲が、ふむ、と腕を組む。

 不思議そうに耳を傾けていた月季に、ああそうか、と壮哲が振り向く。


「月季殿にはまだ青玉のことは伝えていなかったな。紫の青玉が秦家の所有の山で採れたんで、結婚の祝いで月季殿にと母上が持ってきてくれたんだ」


 月季が、そうなの? と目を瞬かせたのに微笑むと、壮哲は改めて姚君に向き直った。


「で、紫の青玉を盗るつもりだったと?」

「……それを持って行ったらお金が貰えるらしいので」


 壮哲が不審げに顔をしかめる。


「確かに希少な石だが、これでなくてもいいだろうに。わざわざこんなところに忍び込むなんて」

「でもそれじゃないとダメなんだそうです。詳しいことはよく知りませんけど」

「誰かに頼まれたのか」

茅士略(ぼうしりゃく)という男です」


 壮哲が昊尚と明遠へ振り向く。


「知ってるか?」

「……以前、蝶夢苑の用心棒をしていた男がそんな名前だったような気が……」


 明遠が眉間に指を当てて記憶を探るように答えた。


「そう。それそれ。用心棒をしてたのはほんの少しだったけど。よく覚えてるわね」


 嬉しそうに明遠を褒めた姚君に、壮哲が話を戻した。


「で、その士略は何と言っていたんだ」

「皙国が大きな紫の青玉を探してるんだそうです。私はその士略に協力してほしいって頼まれただけで」


 壮哲は昊尚に視線を送り、目配せを交わした。

 つい先日、文陽から聞いた皙国の話をしたばかりだ。これは偶然なのか。それとも皙国の今の情勢と関係があるのか。


「それを皙国に持っていけば、一生遊んで暮らせるくらいのお金が貰えるって士略が言ってたんです。手伝ったら半分貰う約束になってて」

「皙国はどうして紫の青玉を探しているって?」

「理由なんて私は知りません。士略に聞いてください」


 姚君がひと事のように言うのに溜息をつき、眉間の皺を指で押さえつつ壮哲が聞いた。


「その士略という男は何処にいる」

「さあ」

「さあって」

「先刻まで一緒だったのですけど……はぐれたみたいです」

「もしかして部屋の外に待たせていた護衛か」

「そうですそうです」


 姚君が部屋から逃げだした時にはすでにその者の姿はなかった。兵士に探させてはいるが、まだ捕えたという報告は来ていない。


「陛下」


 そこへ入ってきたのは険しい顔をした梨泉だ。


「どうしました。姉上。……すみませんが、急ぎでなければ、少し待ってもらえますか」

「ああ、ごめんなさい」


 室内に何人もいるのに気付いて梨泉が立ち止まった。


「あら、月季様もいらっしゃったのね。失礼しました」


 その中に月季の姿を見つけて梨泉が拱手をする。しかし、顔を上げると、壮哲の前に立っていた姚君を見て、あ、と声を上げた。


「貴女……! 田秋玉じゃないの」


 姚君が身を縮めるようにして顔を背けた。


「どういうことです?」


 梨泉が壮哲に聞くと、壮哲が逆に尋ねた。


「この者が父上の隠し子を連れてきた者ですか」

「そうよ。どうしてここにいるの?」

「実は、この者が化粧で月季殿に化けて私のところにやってきたんです。蝶夢苑の役者で花姚君という者らしい」

「え? 待って。役者? 下働きじゃなくて? 田秋玉というのはじゃあ、偽名?」


 すると明遠が昊尚の後ろから補足するように答えた。


「実際に下働きに田秋玉という人はいましたが、別人です」


 梨泉が疑わしげに眉を顰める。


「……そうなの? ……それにしても……月季様には全く似ていないけど」

「お化粧を落としちゃったから今は似てないですけど、もう、びっくりするくらいそっくりでした」


 理淑が言うと、梨泉は顔を隠すようにしていた秋玉をしげしげと見た。


「役者だったのね……」


 梨泉は家に来た時の秋玉を思い返した。

 同情を誘ったあの姿は全て芝居だったのだ。まんまと騙されてしまったということだ。

 梨泉の声が尖る。


「そう言えば、あの子はどうしたの?」


 秋玉は敬安を連れて出て行ったはずだ。


「……敬安は城下に待たせています」


 梨泉は、そう、と呟き、腕を組んで冷たい視線を姚君に注ぐ。


「あの子が秦家の子ではないというのは、最初から承知していたのよね」


 姚君は梨泉をちらりと見て、視線を逸らすと小さく頷いた。

 梨泉は溜息をつくと、壮哲に言った。


「さっき、侍女が来て知らせれくれたのだけど、この人、秦家(うち)の者たちに、紫の青玉がどこにあるのか尋ねていたらしいんです」


 そして、姚君が目を逸らした先に梨泉が回り込む。


秦邸(うち)に来たのは紫の青玉を盗むためだったのね? それで秦邸(うち)にないということがわかったから出て行ったのでしょう?」


 姚君が再び小さく頷くのを確認して梨泉が続けた。


「あの子を父の隠し子だって言って一人でうちに置いて行ったのも、青玉を探させるためだったのでしょう? あんな小さな子どもを追い出すなんてしないだろうと見越して。それに子どもだから屋敷の中をうろうろしても不自然ではないから」


 それまで殊勝な態度だった姚君が大きく息を吐いて肩をすくめて顔を上げた。どうやら開き直ることにしたようだ。


「そのとおりです。でも、なかなか敬安から連絡がないから、迎えに行ったんです。それで敬安も見つからないって言うし、一旦撤収しようと思ったら一晩私も泊めてもらえることになって。でもあそこにはもうないってわかったから出てきたんです」


 迎えに来た姚君が敬安と再開して抱き合っていた時、実はそんな相談をしていたのだ。

 梨泉はこめかみに細い指を当てて、その光景を同情して見ていた自分の馬鹿馬鹿しさへの怒りを抑える。


「それで今度は宮城に潜り込んだということね?」

「芳公主に化けて行けば大丈夫だからって言われて……。上手くいくと思ったのに」


 二人のやり取りを黙って見ていた壮哲が、不意に口を開いた。


「……そう言えば、妙な薬か何かを使ってなかったか?」


 すっかり肝が座ったのか、姚君は悪びれる様子もなく答えた。


「ばれてましたか」

「ああ。其方からやけに妙な甘ったるい匂いがした。あれがそうだろう」


 姚君が忍び笑いを漏らす。


「……そうです。士略に貰ったものを口紅に仕込んでおいたんです。あれで殿方は判断力が鈍るのですって」

「……なるほど」

「もう少しで直接試せるところだったのに……残念」


 悔しそうに呟いた姚君に壮哲が話題を変えた。


「一緒にいた護衛の男が茅士略か?」

「そうです」

「濃い灰色の袍の男だな」


 壮哲が確認すると、梨泉が姚君に聞いた。


「その男って、あなたが秦邸(うち)にあの子を迎えに来た時、家の前で一緒にいた男?」


 姚君が思い出すように首を傾げ、そうです、と頷く。


「その男、さっき見たわ。その男に私突き落とされたのよ」

「え?」


 物騒な話に、その場にいた姚君以外の全員が驚きの声を上げる。


「何処から」

「階段からよ」

「大丈夫なんですか……!?」

「大丈夫よ。怪我はないわ」


 慌てて梨泉に怪我がないか視線を走らせると、壮哲は長く息を吐いた。


「よく無事で……」

「……偶然通りがかった洸……葛将軍に助けてもらったの」

「それは……よかった……。で、葛将軍はどこに?」

「その男を探しに行ったわ」


 すると理淑が言った。


「その男、私も探しに行って来ます。濃い灰色の袍の男ですね」

「ええ。ちょっと年配の男よ。割とがっしりとして背はそれほど高くなかったわ。最後に見たのは中書省の裏辺りよ」


 梨泉の補足に理淑が頷き、部屋から出て行った。

 その後に、「私も行きます。ちらっと見たので顔もわかりますので」と壮哲の傍に控えていた佑崔が続いた。




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