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異聞蒼国青史  作者: おがた史
宗鳳の記 −瓊玉の巻−
153/192

二年孟秋 天地始粛 1




 ……受叔様はどうなったのですか……? 

 ああ……。

 ……。

 ……そうですか……。

 ……わかりました。……話します。

 あ……貴方は手荒な真似はしませんよね……。優しそうですし……。さっきあの男に掴まれたところが痛むのですよ……。




 ……名前ですか? 私は共画甫といいます。申黄国の王族の末裔です。我が共家は最後の申黄国王の末の公主様の子孫です。

 貴方は青公でしたか。そうです。貴方よりも由緒のある家です。本当は。

 ……。

 自分が申黄国の王家の末裔だと知ったのは、祖父の部屋で見つけた詩集に隠すように綴ってあった紙切れを見つけた時です。まだ十幾つかのころでした。これは何だと父親に聞いたら、これは申黄国の王家の末裔の共家が守っていかなくてはならない言い伝えだ。もう少し大人になったらきちんと教えてやる、と言われました。


 でも、二十歳になる前に私は家を出ました。どうして申黄国の王家の末裔がこんな平民と変わらない生活をしなくてはならないのか。不満でした。父親はしがない下級役人でいつも上の奴らにへこへこしていました。


 そうなんです。世が世ならあいつらに仕えられる立場なのに。見ていられなかった。だからあんな家にはいたくなかった。

 私は同じ申黄国の王家の末裔を探しました。片っ端から辛姓の家を訪ねましたが、なかなか見つかりませんでした。

 受叔様に辿り着いた時は嬉しかった。受叔様もそれはお喜びになって私を迎え入れてくださいました。だから我が一族に伝わる言葉をお教えしました。


 受叔様は申黄国の再興を目指し、そのために玄海に棲む獣や怪物、黯禺を操る研究をされておられました。

 まずは我が祖先を滅亡へと追いやった逆賊に報復することが目的でした。怪物や黯禺を利用して紅国を混乱に陥れ、然るのちに紅国の王族を根絶やしにしてやるつもりでした。我が祖先がされたように。


 ところがある日、土螻を連れて玄海の中にあった郷を襲わせた帰りに、御璽をみつけたのです。側に大きな虎もおりましたし、間違いない、と受叔様がおっしゃいました。

 それなのに……まさかあの虎があんなことをするなんて……。

 どうして申黄国の御璽を噛み砕いたのか……。何かの間違いではないかと今でも信じられません。

 ……。

 ええ、見つけた御璽は輝きを失っていました。くすんでいました。本来ならば黄色く輝いているはずです。そうです。あの虎に噛み砕かれる直前の時のように。


 御璽はくすんでいましたが、受叔様はご自身が玉座につけば、御璽は蘇るだろうとお考えになりました。

 折しも朱国が加護を失ったところでした。まさしくこれは天啓だと受叔様はおっしゃっていました。

 朱国の国内はぼろぼろでした。作物は育たず、王家の対策も中途半端で、不満に思う民たちも多くいました。

 だから民の心を掴み、民に受叔様が王だと認めさせることはそう難しくないと思いました。それで朱国を陥すことにしたのです。


 まずは跂踵(きしょう)が現れたのを受叔様が退治してみせました。……不安に陥っている農民たちを信じさせるのは簡単でした。

 はい。偽物に決まっています。当たり前です。もし跂踵なんかが本当に現れたら大変ですから。疫病など流行ったら始末が大変ですよ。……夜だったから誰も気づきやしませんでした。私が、跂踵だ! と叫んだら大騒ぎになりました。

 跂踵を退治した受叔様を皆が崇めました。そこで受叔様は黄翁と名乗って農民たちの心を掴んだのです。簡単でした。本当に。


 受叔様が本当に練丹術を極めていらしたのか、ですか? 受叔様が薬にお詳しかったのは確かですが、流石に不老不死の薬は作ることはできませんでした。仙人の修行を止めた後に作ろうとされたことはあるらしいのですが。ええ。仙人の修行をされていたみたいですけど破門になったとおっしゃっていました。

 ……不老不死の仙薬などありませんから、阿片なども使いました。だから腹も減りませんでしたし、疲れなども感じにくくなったのです。ええ。錯覚です。当たり前ですが身体には悪いです。


 それで、農民たちを扇動して、朱国の首都……寧豊に集結させました。寧豊に行けば食べ物と職をもらえる、と言う噂を広めさせると、全く関係のない農民たちも集まってきました。哀れなものでした。それを見てやはり受叔様が申黄国を早く再興させるべきだと思いました。


 それにしても、朱国の王は本当にお人好しです。流言で集まった農民たちに本当に食べ物を配り始めたのですから。

 こちらとしてはありがたかったのですが。

 そうやって引っ掻き回した上で、夜、黯禺たちを連れて宮城を襲いました。内部に内通者を作っておいて、門を開けさせました。そうです。ここでそうしたように。


 宮城に兵は最低限の人員しかいませんでした。あらかじめ手強そうな将軍は広北県の役所を農民に襲わせて、誘き出す手筈をしておいたので。 

 宮城では黯禺に好きなように狩らせました。凄かったですよ。流石に私も身の毛が弥立(よだ)ちました。実際に放ったのは一体だけだったんですが、あちらの兵は全滅でした。……黯禺が首を全部集めてきたのには辟易しました。

 ああ。そうです。王と王妃は無傷で捕えておきました。後で使うかもしれなかったので。

 宮城を占拠したので、後は民に受叔様を王と認めさせればいいはずでした。

 けれど、そうしても御璽は復活しませんでした。


 だから、あの言葉のどおりにすることにしたのです。玉皇大帝が他に加護を与えている国があるから、受叔様の御璽は力を取り戻せない。確かに道理にかなっています。

 あの言葉の他の意味ですか? 他にどんな解釈があるというんですか?

 あの言葉を信じていました。だから蒼国へ来たのです。


 ここへ来る前に、まず兵力を削いでおきたかったので、朱国の王をわざと逃しました。ええ。逃せば紅国や蒼国に助けを求めるはずだと思っていましたが、まさしくその通りでした。

 それで黯禺たちをつれて急いでこの国へ向かいました。兵力が少なくなっているうちに(かた)をつけるつもりでしたから。


 蒼国へ着くと、宮城へ入る前に長古利を連れ出しました。朱国で古利のことを聞いた時にそうすると受叔様は決めていたのでしょう。

 そうですね。まあ、確かに便利な力だと思います。

 何でも受叔様は古利の能力を手がかりにして獣や怪物たちを操る方法を思いついたんだそうです。だから、受叔様にとっては特別だったんでしょうね。私は気に入りませんでしたが。

 ……あの古利、という若造、受叔様からあんなに頼りにされて、神聖なる申黄国の再興に携わることができるというのに、どこか冷めていて、ずっと受叔様を観察するような目で見ていました。

 にもかかわらず受叔様はあいつには甘いのです。全く気に入りませんでした。

 あんな奴がいなくても、受叔様は怪物たちをちゃんと操ることができるのに。

 ……そういえば、あいつはどうしたんですか。姿を見ませんでしたが……。……どうせ逃げたのですよね? 全く恩知らずな奴だ……。


 ……はい? どうやって怪物を操ったのか、ですか?

 それはですね。玄海に棲む獣や怪物たちは耳が聞こえません。頭の中にあるのは自分の意思だけで、外からの情報に慣れていない。そこへ受叔様が意思を送り込んで自分の意思だと感じさせる、という仕組みだそうです。

 意思を送り込むのには黯禺のあの剛い毛を使います。

 受叔様は玄海の小屋で研究をしていたのですが、そこには黯禺の死骸がありました。玄海で見つけたそうで、その死骸を使って実験をしておられました。


 それでわかったのが、黯禺のあの針のような毛が思考を受け取る装置の役割をしているということだそうです。しかも黯禺の爪で傷つけた者からの思考が受け取りやすくなるらしい。だから受叔先生はご自身の体に爪を取り込めば、黯禺の毛を埋め込んだ獣に思考を送ることができるとお考えになったのです。

 ですが、黯禺の爪にも毒はあります。だから最初からいきなり埋め込むことはできませんでした。受叔様は毒消しを使いながら、黯禺の毒をご自身の身体に馴染ませていきました。そばで見ていましたがなかなかに壮絶な状況でした。ええ。毒が回った状態の時は私がお世話しました。

 そういうことをしたので、受叔様の血には黯禺の毒が含まれるようになったというわけです。受叔様の驚くべき執念は本当に賞賛に値します。


 農民たちに巻かせた黄色い布にも黯禺の毛がほんの少し仕込んでありました。阿片で思考力を奪った状態でなら、ほんの少しの黯禺の毛を刺すことで言うことをきくようになるのです。

 朱国を乗っ取った後、集まってきた者たちに食べ物を配布したのですが、あの中には阿片を入れてありました。お陰でそれを食べた者たちはあっという間に受叔様の信者、というわけです。

 ええ。もちろんあの布には目印の意味もあります。それと実は、黯禺の毛を身につけていると、他の獣や怪物に襲われないんです。本能的なものなのでしょうかね。連れてきていた獣たちに民を襲わせない、そういう役割もありました。

 ええ。ええ。玄海から獣たちを連れて行くのは結構大変でした。もう見当はついていると思いますが、あれらを眠らせて毛皮だと偽って朱国に持ち込んだのです。何せ量が多かったので。朱国にはまだ沢山置いてきています。


 ……そういえば、受叔様が亡くなってしまったらあれらはどうなったのでしょうかね……。

 ……。

 はい。黯禺の操り方は獣たちとは異なります。さっき、黯禺の死骸を見つけたと言いましたよね。あの、そうです、大きくない方の黯禺がよくその死骸のあった場所に来てたようなのです。受叔様は、おそらくその死骸と何らかのつながりのある個体なんじゃないかとおっしゃっていました。仲間意識みたいなものがあるのではないか、と。一か八かで受叔様があの死骸の内臓を取り込んでみると、実によく言うことを聞くようになったみたいです。無茶されますよね……。


 大きい方の黯禺ですか? あれは時々もう一体の方の黯禺と一緒にいたんです。あの大きい方のも受叔様の言うことは聞いたんですが、もう一体の方ほどではないと言っておられました。あれを操ろうとするととても疲れるからとあまり使われませんでした。あれを使うのは最終手段だと受叔様はおっしゃいっていました。

 結局、あれは暴走したのですね……。




 ……こんなに話をしたのは久しぶりです。何だかすっきりしました。

 貴方とは親しくなれそうな気がします……。

 ……え? 

 あ……あ……い……いえ……。な……何でも……ありません……。

 ……はい……何も……言ってません……。

 ……。



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