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異聞蒼国青史  作者: おがた史
宗鳳の記 −瓊玉の巻−
145/192

二年孟秋 寒蟬鳴 16



 古利はふと思い出して、堂の入り口でぼんやりと立っている兵たちを振り返って聞いた。


「あの兵士たちにも同じ方法を使ったのですか?」


 盲目的に受叔を降り注ぐ矢から守った兵たちも、自分の意志でそうしたとは思えない。


「ええ。ただ、人は普段から目や耳で色んな情報を自分で仕入れ、自分で判断しますから玄海の獣たちほど単純にいきません。残念ながら、私の方法はお前ほど強く即効性はないので、先ずは私を信じさせ、不老不死の丹薬などと偽って阿片を使った薬を与え、思考力を奪ってからでないと言うことは聞きません」

「……あの黄色い布は黯禺の毛を仕込むためだったんですよね……」

「気付きましたか」


 受叔は笑って、黄色い布を取り外してしまった古利の手首を見る。


「別にお前を操ろうとしたわけではないですよ。黯禺の毛を身につけていると、獣や怪物たちに襲われることがないから、そうしただけですよ」


 そして一見柔和だが、有無を言わせぬ目で古利をじっと見て言った。


「そんなことをしなくても古利は私に協力してくれるでしょう?」

「……まあ……」


 古利は無意識に手首を摩ると、その強い視線から目を逸らしたのを隠すように聞いた。


「……黯禺はどうやったのですか? 獣たちにした方法では黯禺に効かないような気がするのですが……」

「ええ。黯禺にそれは通用しません。元々黯禺は他の生き物の思考を読むのですからね。意味がありません」

「では、どうしてあれはあんなに辛先生の言うことを聞くのですか?」

「……あの黯禺は、私が玄海で黯禺の死体を見つけた時、その死体のそばにいたんですよ。……それからも何度もその死体のある場所に来ていました」

「それはどういう……」

「黯禺の考えていることはわからないので想像でしかありませんが、あの黯禺はその死体と何らか繋がりのあったのではないかと。もしかしたら、親……なんてものが黯禺にあるかどうかはわかりませんが、そんなようなものだったのではないかと思っています」


 受叔が堂の隅に横たわる黯禺に目を遣る。


「親ではないにしろ、黯禺にもそういった仲間意識のようなものがあるのならば、利用できると思いました。そこで私は爪だけでなく、黯禺の死体から取り出した心臓も体に取り込むことにしました。……まあ、賭けのようなものでしたけどね。強力な毒がありましたから、少しずつ、時間をかけて取り込みました」


 取り込んだ、というのは、食べた、ということだろうか。

 古利が若干気味が悪そうに眉を顰めると、受叔は面白そうにそれを眺める。


「そのお陰であの黯禺は私を仲間と見なしたのか、とても従順に言うことを聞くようになったんですよ」


 そう言った受叔のそばに、いつの間にか画甫がやってきて立っていた。


「実験は画甫にも手伝ってもらいました。本当に助けられました。画甫はね、私を訪ねて来てくれたのです」


 画甫に気付いた受叔が機嫌良く言う。


「画甫は辛姓の人間を訪ねて申黄国の縁者か確認をして歩いていたんです。私が黄国の末裔だということを認めると、画甫の家に伝わる言葉を教えてくれました。そうでしたね」

「はい」

「古利にも教えてあげてください」


 そう言われて画甫は一瞬嫌な顔をしたが、一つ溜息を吐くと陰気な声で唱え始めた。


「虎深き海に沈む。(しこう)して底より(あらわ)る。()し正しくすること(あた)わざれば、(まさ)に貴石を砕くべし」


 灯りのない堂の中にその暗い声は思いの外響いた。


「どういう意味なんですか?」


 古利が聞くと、画甫がじろりと古利を睨みながらも言った。


「……虎……つまり……申黄国の象徴は海に沈むが、いつしかその底から再び現れ出る。もしそれが正しい状態にならなければ、貴石を砕かなくてはらなない」


 画甫がぼそぼそと説明をしてくれたが、今一つ古利には理解できない。


「よくわかりません……。そもそも申黄国の象徴って何ですか?」


 古利が聞くと、受叔が口元に笑みを宿したまま袖口から何かを取り出した。


「申黄国の象徴というのはこれです」


 取り出したのは黄色の絹で包まれた何かだった。

 受叔が布を広げると、そこからくすんだ黄色の石が現れた。


「御璽です」


 古利が近寄って受叔の手の中を覗き込む。

 よく見ると、石の平らな部分に文字が刻まれている。


「言うことを聞かせられるようになった怪物たちを試したくて、玄海の中にある集落を襲わせたんですけどね、そこから庵へ戻る途中で見つけたのです」


 恍惚とした表情で受叔がくすんだ黄色の石を見つめる。


「申黄国が逆賊に滅ぼされた時、御璽の行方がわからなくなったと聞いていました。画甫の家に伝わる言葉を聞いて、やっぱりそれは本当だったのだと確信しました。でも、"深き海"というのはきっと玄海だと思って探したのですが、なかなか見つからなくてね」


 そして手の上の石から傍にいる大きな虎に視線を移し、空いている左手で愛しそうにその首を撫でる。


「御璽のそばにはこの子がいました。この御璽を守っていたのでしょう。だからこれは我が祖先のもので間違いないと確信しました」


 虎は申黄国の象徴だと言っていたのを古利は思い出す。


「そう。私は玉皇大帝から御璽を賜ったのです。申黄国を再興する時が来たのを悟りました。折しも朱国が滅び、主が不在の国ができました。まさに天啓。朱国を足がかりにせよという啓示です。本当は怪物や黯禺を使って峯紅国を徐々に混乱させ、憎き峯紅国を滅ぼした後に申黄国を立ち上げるつもりでしたが、御璽を賜ったことで計画を変更することにしました。まず朱国だった領地を手に入れて申黄国とし、そこから版図を広げていくことにしたのです」


 受叔が虎の首から手を離し、今度は黄色い石を撫でる。


「しかしこの御璽はまだ本来の力を得ていません。朱国を手に入れれば御璽は再び力を得て眩く輝き出すものだと思っていたのですが、そうはなりませんでした」


 石を撫でる受叔の手が止まり、忌々しげな声が漏れた。


「……その原因は……玉皇大帝の加護を得ている国が他に存在しているからでしょう」

「その玉皇大帝の加護を得ている国とは、この蒼国のことですか?」


 古利が聞くと受叔が頷いた。そして厳かに言った。


「”()し正しくすること(あた)わざれば、(まさ)に貴石を砕くべし”」


 その言葉を噛み締めるように少しの間沈黙をおろす。


「まさにこの言葉を実行すべき時が来たのです。”貴石”……つまり蒼国の御璽を破壊すれば、この申黄国の御璽が正しい状態……力を得る。そして我が申黄国は本当の意味で復活するのです」


 そう言って受叔は丁寧に”御璽”を黄色の絹で包み直した。 


「そのために、わざわざここへ来たのです」

「蒼国の御璽はあったのですか?」


 古利が聞くと、受叔は僅かに不愉快な顔になって首を振った。


「本来はこの建物にある王の執務室にあるはずですが、所定の場所にはありませんでした。……どこかに移したのでしょう」

「どうするのですか」

「先程挑発をしておいたので、あの若き王は自ら黯禺の退治にくるでしょう。その時に王自身に聞きましょう。お前にも手伝ってもらいますから、よろしくお願いしますね」


 そう言って受叔が古利を念を押すように見た。


 なるほど。受叔が自分を牢から連れ出したのはこのためだったのか、と古利は納得した。


 王を捕えるつもりなのだろう。

 受叔が人を操るにはある程度準備が必要だから、手っ取り早く古利の力を利用したいのだ。


「おしゃべりをし過ぎました。そろそろ来る頃でしょう」


 受叔は黄色の包みを再び袖の中に仕舞うと、玉座からゆっくりと腰を上げた。




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