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異聞蒼国青史  作者: おがた史
宗鳳の記 −瓊玉の巻−
139/192

二年孟秋 寒蟬鳴 10



 宮城の正門である青暉門を過ぎ、受叔らは蒼翠殿へと続く蒼翠門へと進んだ。蒼翠門は先ほど青暉門で受叔らを迎え入れた役人により既に開放されていた。

 蒼翠門をくぐり、受叔を先頭とした列はひと気のない幽暗な空間へとゆっくりと足を踏み入れた。

 (ひら)けた空間の向こうには、王が(まつりごと)を行う蒼翠殿が厳粛な佇まいで鎮座する。蒼翠殿を囲む四方は塀も兼ねた回廊がぐるりと囲み、東西南北に門を構える。

 受叔がその広場の中ほどまで進み、殿(しんがり)を行く兵士が蒼翠門をくぐり終えた。


 と、その時。


 突然、ぼうっ、という音と共に広場が昼間の如く明るくなった。


「何だ?」


 受叔が眩しさに顔をしかめて思わず手をかざす。

 かざした手の隙間からは、蒼翠殿の(きざはし)檐廊(のきさき)、それに各門の周辺にぎっしりと並べられ、煌々と光を放つ大きな篝火と、それに火を点け終えた兵たちが急いで去っていく姿が見えた。

 それだけではなく、蒼翠殿を囲む回廊の上にも炬火(たいまつ)を持った兵たちがずらりと並んでいる。更にその炬火を持つ兵と兵の間からは、弓や弩を構えた兵が矢の先を受叔らに向けていた。

 受叔が目を見開いたその瞬間、ぎぎぎ、という音を立てながら、受叔らがつい今しがた通って来た蒼翠門の扉が閉じた。


 そして。


「放て!」


 羽林軍の曹将軍のよく通る声が響き、番えられた矢が一斉に放たれた。




**



 

 夕刻に行われた青公三名と壮哲の会議で、受叔は蒼国の占拠を目論んでいるだろうと結論づけられた。


「ならば」


 壮哲は卓を囲む三名を見回すと、大きく息を吸い、一呼吸置いた後に言った。


「ここで迎え打つ」


 低く抑えた壮哲の声が響いた。


「異論はありません」


 壮哲の宣言に縹公が応じると、昊尚と英賢も頷く。


「采陽に持ち込まれた毛皮が受叔の操る獣や怪物だとしたら、襲撃は近いはずだ」


 壮哲が言うと縹公が顔をしかめた。


「葛将軍をはじめとして禁軍の兵士を朱国へ派遣しています。すぐに呼び戻しますか」

「いや。恐らくそんな時間はない」


 即答した壮哲に英賢が聞く。


「間も無く襲撃があるとお考えですか」

「そうだな」


 壮哲が卓の上で組んだ手にぎゅっと力を込める。


「……朱国に我が軍が留まっているうちに襲撃があるのは間違いない」


 壮哲を見つめる英賢の美しい眉が曇る。


「私もそう思います」


 昊尚が壮哲に同意して英賢の眉を見ながら言った。


「思えば武恵様が容易に脱出できたのも、あちらが捕える気がなかったからでしょう。何かあるとは思っていたのですが、こういうことだったんですね」

「わざと逃がしたということか」


 縹公が身を乗り出す。


「はい。武恵様を逃さないと援軍の要請をしてもらえないからでしょう」


 無機的な声で昊尚が言うと、英賢が、ふう、と息を吐いて長い指をこめかみに当てる。


「なるほど。黄翁は蒼国へ攻め入ることを想定して、(あらかじ)め元々そう大きくはない我が国の防衛能力を削いでおいたということなんだね」

「はじめからそう予定していたかは分かりませんが」


 昊尚が答えると、縹公も苦虫を噛み潰したような顔で唸る。


「まんまとやられたということか」

「そういうことになります」


 昊尚が努めて冷静に事実のみを答える。


「となると、陛下のおっしゃるとおりですな。攻撃は近い。こちらにその気配を察する余裕を与えないうちに来るでしょう」


 武人の顔で縹公が壮哲の見解に賛同し、険しい顔で続ける。


「葛将軍の報告で朱国の宮城がやけに静かだと言っていたのは、受叔をはじめとした主力が我が国に移ってきているから、というのもあるかもしれませんな」


 すると、組んだ手を顔の前に置き一点を見つめていた壮哲が口を開いた。


「今夜だ」


 外はまだ暑いにもかかわらず、部屋の温度が下がる。


「受叔は恐らく我が軍が朱国へ入るのと入れ違いにここへ来たに違いない。そのことから考えても大人数での移動はないだろう。となると、朱国の時と同じように、夜間、黯禺らを連れて宮城の急襲するつもりだ。朱国と同じように、静かに速やかに事を成すつもりだろう」


 壮哲が言うと、昊尚が頷く。


「狙いは先ず陛下でしょう。宮城を制圧して我々に蒼国を放棄させるつもりなのかもしれません。玉皇大帝から蒼国を任されている我々が統治を放棄すれば、蒼国は(あるじ)を失い、名目上滅びることになります」


 英賢が眉を曇らせたまま、静かに言う。


「とは言え、国を占拠されても放棄さえしなければ国の存続を守れる、というわけではないからね。武力によって蒼国が制圧されれば、それは我々王族の失策であると玉皇大帝がお考えになる可能性があるね」


 昊尚も、ええ、とそれに同意する。


「過去に、侵略されて宮城から避難した王が、加護があるからと悠長に構えているうちに加護を失ったという国もありました」


 加護を得ているからといって、無条件に国の存続が約束されているわけではない、という証左の例だ。


「あとは、そうですな。青家を根絶やしにされてしまえば蒼国は成立しなくなる」


 縹公が自分の言葉に顔をしかめながら言った。

 しかし、受叔が過去に祖先がされたことを実行する可能性は、十分にある。


「どのみち大人しくやられてやるわけにはいかない」


 壮哲が卓の上で組んだ手を下ろしてぎゅっと握る。


「それに、黯禺のこともある。玄海の外で野放しにするわけにはいかない。ここで始末する」


 壮哲の決意を込めた縹色の瞳が一同を見た。


「受叔らが宮城を襲って来たところを逆に閉じ込める」


 昊尚、縹公、英賢が壮哲を注視し、次の言葉を待つ。


「攻撃するつもりなら、十中八九、受叔は黯禺を連れている。それを市中で暴れさせるわけにはいかない。民を人質に取られるような状況だけは避けたいからな。黯禺込みで受叔を宮城に誘い込み、(かた)をつける」


 きっぱりと壮哲が言った。

 壮哲を見つめる三人がそれぞれに頷く。それを確認すると壮哲が続けた。


「その為にはまず、奴らが何処から攻めてくるか、だが」


 眉間に深く皺をよせた壮哲の声が低くなる。


「……朱国の宮城がああも簡単に陥落したのは、恐らく内通者がいたからだろう。……我が国にも、宮城内にいる者のうちで黄朋に引き入れられている者が必ずいるはずだ」


 壮哲が英賢を見る。


「碧公、調べられるか」


 瞳からいつもの優しげな色が消えた英賢が静かに答えた。


「お任せください。すぐに割り出します」


 尚食における珠李のように、英賢が各所に送り込んでいる者たちからの報告で、最近の行動から密かに監察対象にしている人物は何人かいる。その中で手首に黄色い布を見つければ、その者が受叔と内通し、引き入れる可能性は高いだろう。


「怪しい者がいたら捕らえずに泳がせて、何処から受叔たちを引き入れようとしているのか突き止めてくれ」

「承知しました」


 英賢の答えに頷くと、次に壮哲は昊尚に向き直った。


「受叔の連れている怪物たちは玄海に棲んでいたものたちだったな」

「芳公主の話では、そう考えて間違いないかと」

「であれば暗闇での戦闘は避けたいな。こちらに不利だ。しかし、奴らがやってくるのは深夜だろう」

「閉じ込めた後、夜明けまで待ちますか?」


 険しい顔で言った縹公に壮哲が視線を移す。 


「いや。篝火をありったけ用意する。明るくしたところで不意をついて攻撃をする」

「なるほど。では、篝火と回廊の上からも松明で照らしましょう」

「そうだな。攻撃は弓や弩の隊を組んでおいてくれ。回廊の上から攻撃する」

「承知しました」

「黯禺には効かないかもしれないが、獣や土螻や狍鴞には有効だろう。まず油断しているところでそれらを始末する」


 壮哲が卓を指でとんと弾く。


「受叔らを宮城に誘い込むまでは手を出さないように。閉じ込めるまでは我慢だ。各門を外から閉鎖する準備を」


 そして昊尚に再び視線を戻す。


「黯禺の急所は?」

「……怪物の急所は首のことが多いのですが……」


 黯禺には頭部がない。はっきりと首とわかる部分もない。

 壮哲が、ふむ、と片肘をついて考える。そしてかつて名を馳せた禁軍将軍の顔で言った。


「黯禺の血は猛毒。返り血を浴びたり、仕留め損なって手負いのまま暴れさせるようなことになってはまずい。となると、急所を血を流させずに突いて一撃で仕留めればいいんだな?」

「……そうですが……」


 昊尚が探るように壮哲を見る。


「まさか、陛下……」


 しかし壮哲は言いかけた昊尚の言葉を遮った。


「それから宮城詰めの女官たちだが……。本当はすぐにでも宮城の外へ出してやりたいが、受叔らにこちらの意図を知られると障りがある。受叔らが来たらすぐに宮城に残っている者たちを逃すよう準備をしておいてくれ」

「承知いたしました」


 先ほど壮哲に言いかけた言葉を蒸し返すことなくそのままにして昊尚が答える。


「そう言えば芳公主はどうしますか」


 英賢が、先ほど壮哲から、理淑と宮城に泊まることになったと言われたことを思い出して聞いた。

 ああ、と壮哲は少し迷う様子を見せた後に言った。


「……月季殿には頼みたいことがあるから直接会ってくる。そのあとで理淑と一緒に夏邸に移ってもらおうと思うが……碧公、いいだろうか」

「もちろんです」


 理淑が宮城にいれば禁軍兵士として戦闘に参加すると言うだろう。怪我はほぼ良くはなっていたが、まだ以前と同じ状態には回復していない理淑を心配していた英賢が少しほっとする。


「では、各自、よろしく頼む」


 壮哲がそう締めくくると会議を終えた。





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