「行きつけのバーにて」②
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「注文は?」
マスターに問いかけられ、真衣はこちらを向いた。
「・・・ねえ、こういうところって、何頼めばいいの?」
「・・・自分の好きなお酒」
そう答えると、真衣は困ったように眉をひそめた。
「私、まだ未成年なんだけど・・・」
「知ってるけど・・・」
・・・。
少しの沈黙の後、僕は埒が明かないことを悟った。
「マスター、ウーロン茶をこの子に」
マスターは頷き、新しいグラスを取り出した。
思わずため息をついて、もう一度グラスを口元に運ぶ。だが、その中身はもう無かった。
「マスター、お代わり」
おうよ、と答えたマスター。ウーロン茶のグラスとウイスキーが入ったグラス、続いてジンジャーエールのビンを渡してくれた。
グラスを真衣に渡そうとすると、真衣はじっと興味ありげに僕のグラスを見つめていた。
「伊吹は、何を飲んでんの?」
「これ?ジンジャーハイ」
「一口・・・」
「ダメ」
ビンを開ける。炭酸の軽快な音が響いた。
「それで、今日はなんの用?」
マドラーを勝手に取り、グラスの中身をかき混ぜる。
「わざわざこんな町中まで出てきて、リタに叱られるぞ」
「ちゃんと許可もらってるもんね。外で待ってもらってるし」
そう言うと、真衣はカウンターに頬杖をついた。
「用事ってほど、大きなことじゃないんだ。ただほら、お礼、言いそびれちゃって。それが気になったのと・・・。久しぶりに、普通にお話したかった」
マドラーを取り出す。
あまり混ぜすぎると炭酸が飛ぶ、っと文句を言うのはヤンだが、生憎あいつもこの場にはいない。
「・・・別に礼なんて。お前を連れ出しただけだし」
思わず、少し乱暴な言い方になってしまった。知らない内に動揺していたらしい。
「でも・・・私は貴方にあの力を使わせた」
真衣の声は震えていた。
気にしていないフリをしながら、グラスを口に運ぶ。
「・・・腕、鈍ってなかったろ」
冗談を言ったつもりだったが、真衣はピクリとも笑わなかった。
「ごめんなさい。私なりに、あなたの五年間に気を遣ってきたつもりだったの。それを、あんな風にまた・・・」
グラスを握ったまま、またうつむく。
「・・・気にしてないさ」
自分にも言い聞かせるように、そう言った。
「全然な」
リアクションが無かったので、そう付け加えた。
「・・・じゃあ、そういうことにしておく」
そういうと、真衣はグラス一杯のウーロン茶を一気に飲み干した。
「マスター、お代わり」
「はいよ」
補充されたグラスを受け取り、真衣は脇にあったメニューを手繰り寄せた。
「おなかすいたから、なんか頼むけど、何食べる?」
「おすすめはだし巻き卵、きゅうりの一瞬漬け、〆は焼うどん」
「じゃあ、焼うどん!」
そうだった。〆の概念から伝えるべきだった。
喉元までツッコミが出かかったが、ぐっとこらえる。
「ちなみにだ。僕はこのジョッキで財布が空になった。だから、自分の支払いは自分でしてくれ、な」
そう言った途端、真衣の動きが固まった。
ゆっくりとこちらを振りむいた彼女の表情が、みるみると強張っていく。
「さすがに非常識ってのは、なんとなく分かってるけど・・・。私、自分のお財布持ってない・・・」
この一言に、ピクッとマスターが反応した。
「・・・マスター、大丈夫。外にちゃんとお金払う人いるから。その分、領収書一つにまとめてくれる?」
よーし、こうなれば全部リタに払わせてやろう。
他にもめぼしそうなものをメニューからいくつか頼み、真衣は店内を見回した。
「ここには、よく来るの?」
「たまにな。一人で飲みたいときは、大体ここ」
「そうなんだ、なんか不思議な所だね」
「まあ、お前からしたらそうだろうけど」
「一人でお酒飲む時って、何を考えながら飲んでるの?」
一瞬、言葉に詰まる。
少し迷ったが、こいつになら、言ってもいいか。
「・・・前の戦争のこととか、思い出したりしてる」
「・・・そっか」
真衣はそう言うと、正面を向いた。
彼女の表情は、ちょうど照明の陰になって、うまく見えない。
ちょうどその時、マスターがだし巻き卵を持ってきた。
「ほらよ」
「ああ、ありがとう。醤油、ちょうだい」
醤油も受け取り、醤油皿に差す。
箸で四つにとりわけ、一つとり、少しだけ醤油をつけ、そのまま口に運んだ。
醤油から逃れられない限り、君はこのヤシマにいるべきだ。
昔、誰かに言われた言葉だが、全くその通りだと思う。
「真衣も、ほら。熱いから気を付けて」
「ああ、ありがとう」
真衣もだし巻き卵を頬張る。
タバコと誇りの匂いの中、僕は確かに懐かしい香りに触れた気がした。