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七彩ノ瞳ノ”観測者”  作者: 所為人
8/40

「行きつけのバーにて」①

なんとも特徴のない集合住宅、その隅にある小さな階段を下り、左手にあるドアを開ける。


「おう、いらっしゃい」


タバコをふかし、椅子に座りながら端末をいじっていたマスターが出迎えてくれた。


「・・・せめて開店準備してから、タバコ吸えば?」


マスターが座る椅子以外は、まだ全てに埃避けの布がかけてある。

ロックバーというコンセプトに必要不可欠なBGMは、ついてすらいなかった。


「随分と早いご来店だな。いつもは後二時間は暇なことくらい、お前さんも知ってんだろ」


ぶつくさ言いながら、カウンターに潜っていったマスターにため息で返事をしつつ、椅子に被っている布をまとめる。


「調子はどうだい」


プレイリストをいじるマスター。


「なんとも。息が詰まりそうなことが多くって」

「そうか」


飛び切り有名なグランジロック・ナンバーが大音量で流れ始める。


「王道で攻めるのね、今日は」

「150年以上たって王道と称されちゃあ、カートも立つ瀬がないぜ、全く」


首をすくめた。そもそもこの国で旧世紀のロックサウンドを数曲知ってるだけで、もはや物好き扱いだと言うのに。


「ああ、そうだ。あの事件、お前さんの大学だったんだな」


何も答えずに、渡されたおしぼりで手をぬぐう。


あの事件の報道は、ざっとこんな感じだ。当日、大学を私用で訪問中だった軍務省高官が狙われた拉致未遂事件。素早く投入された軍の活躍でテロリストは死亡、もしくは逃亡。惜しくも数人の学生の命が失われた。事件背景については依然調査中。

軍務省関係者が襲われたことで、管轄は一般警察ではなく軍務省調査部になった。ここまでが国民に知らされている内容で、真衣のことは伏せられたままだ。


マスターに声をかける。


「ジンジャーハイ、一つ」

「おう」


店内の雰囲気と似た、誇りを被ったように歪んだギターソロが響き渡る。

なるほど、息が詰まりそうな時にはぴったりかも知れない。


「とりあえず、これ」


渡されたコースターには、サーフボードを携えるビキニの女性が彫りこまれていた。


「で、ほい」


いつも通り、尋常ではない量の生姜が効いているジンジャーハイを受け取る。

そのグラスを受け取り、あることを思い出した。


「あ、そうだ。これお土産」


バッグに入っていたものを手渡す。


「おう、あんがと」

「外務省流れの本物だよ。みんなで分けてくれ」

「韓国のり、ね。本物っつても、もうあそこにも誰も住んでないだろうに」

「それ言ったら僕達の祖国だって水の中さ。今でも帰りたいって叫んでる奴らは、一体どこに帰るつもりなんだか」


もう一口、ジンジャーハイを口に含む。

マスターはやれやれといった顔で包装を開けて海苔を頬張った。


「ん、美味いね。ビールが進んじまう」

「じゃあ、マスターが酔っ払っちまう前に何か頼まないと」


苦笑しながらメニューを開く。

そんな僕の様子を見たマスターから、すかさずクレームが飛んできた。


「おい、野暮なことするなよ。お前の海苔があるのに、なんで俺がつまみ作らなきゃいけなねえんだ!?」

「そんな文句言うバーのマスター、存在していいのか・・・?」


ちなみに、前に一度どうしても腹が減っていた僕は、酔いつぶれたマスターを床に放置して、勝手にカウンターに入り込み、一人で炒飯を作って食べたことがある。


「俺がここの支配者(マスター)よ。ぶつぶつ言うなら、帰んな」


そう言って、マスターはニヤリと笑った。

僕は観念した。


「参った。ま、どうせ出てくるのは焼うどんか卵焼きだし、他で腹は満たすか」

「賢くなったじゃねえか。そうだ、そうやって生きていけ」


マスターが豪快に笑った。

僕もひとしきり笑って、もう一度グラスを手に取った。

突然扉が開いたのはその時だった。

こんな時間に二人目の客だ。どんな知り合いかと思い、入口の方に身体を向けながら、マスターに声をかける。


「ん、マスター、お客さ・・・」


扉の前に立っていたのは、艶やかな黒髪をうなじで丁寧に纏めた少女だった。

この場には不釣り合いな、やんごとなき雰囲気を纏わせている。

ちなみに、これが初対面ではない。

五年前まではほぼ一緒に暮らしていたし、なんなら数日前には命を救ってやった。


「お邪魔します」


そう言うと、宮司真衣はマスターへ丁寧にお辞儀をした。

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