「追悼式」①
式典自体は委員会と王家が主催。無観客で行い、弔辞を真衣が読み上げる。内部にはカメラを固定し、それが放送される。
事前にマスコミ各社にその旨を通達し、翌々日には全国民が追悼式の開催を知る所となった。
委員会のメンバーには、僕が通達をした。
ウンバールという名前は伏せて、テロの実行犯が王族を狙っている情報を元にこの作戦を立案したということと、僕とクレア、ヤンがあの日食堂で見かけたあの人が実は真衣だということを説明した。
ヤンが少し青ざめた顔をしてたが、その理由は良くわからない。
「・・・外野の一言だから、気にしないで貰えると嬉しいわ。全く、真衣様での一本釣りとは、またすごい作戦を思いつくわね」
クレアがこめかみを抑えながら呟く。
「本人が言い出した作戦だ。陛下も、近衛部隊も理解している」
ここまで言って、僕は彼らに深く頭を下げる。
「そもそも、テロで数多くの学生が犠牲になって、仮にもその場を再び血で染めようとしていること。そして、こんな危険なことに君たちを巻き込むこと、本当に申し訳ない」
事件の解決のためとはいえ、こんなに酷な作戦に友人を巻き込むのだ。心が痛まない訳が無い。
「・・・まあ、俺たちが口をつくんでいれば、いいんだよな。むしろちゃんと俺たちに伝えてくれたことに感謝をしたいよ、俺は」
ヤンは肩をすくめながら続ける。
「国家がらみの時って、どうもこういうの、当該者にも秘密にされそうじゃん?一応は学生側である俺たちに、前もってその真意と危険性を伝えてくれるのは、ちょっと驚いたわけさ」
確かに国側が最後まで口を閉ざしていれば、その事象がどこまでも黒かろうが、黒にはならない。
「・・・本当に申し訳ない」
どう言葉を伝えればいいのか、僕には分からなかった。ただ、もう一度頭を下げる。
「いいのよ、気にしないで。これ以上、あんな悲惨な事件を起こさせない為なら、いくらでも協力するわ。まあ、真衣様と同じ舞台上に立つ以上、色々と覚悟は決めなきゃね」
当日、どのように相手を釣り上げるにせよ、真衣の周辺が最も危険であることは明白だ。
委員会のメンバーはそれぞれ司会や挨拶などの舞台上の仕事が割り振られており、その見直しを念頭にクレアはそういったのだろう。
「だな。まあ、俺もその辺はクレアと同じだから、気にせずそのまま司会、やるよ」
クレアとヤンは予定通り舞台に上がることになった。
「わ、私も予定通り参加したいのですが・・・」
おずおずと手を上げたのは、今までじーっと黙っていたエラだった。
僕自身があまり捜査本部やソフィアの間を訪れることもなく、エラと顔を合わせるのは久しぶりだった。
彼女も、その優秀さを抜群に活かしながら、調査に貢献してくれていたらしい。
「君が参加してくれるのは、本当に助かるけど・・・。覚悟は出来てるかい?危ない目に合う可能性は、正直言ってかなり高い」
付き合いの長いヤンとクレアへの想いと、後輩への想いはやはり違う。
どうしても自分がひけめになっていることを、僕は今痛感している。
ふと、クレアがエラの横に進み、彼女を背中から抱きしめた。
「ありがとうね。その勇気、私たちにも励みになる。けどね、私の目の黒いうちは、自分と同じくらい危ない所に、後輩は立たせたりしないよ」
エラが身を捩る。
「それでも、皆さんが危険を犯しながらも事件の解決のために動いているのに、私だけ参加しないなんて・・・」
「ううん、参加するな、とは言ってない。当日は後方と密に情報をやりとりすることになると思うわ。だから、貴方にはそこで、ちょっと私のお使いを頼まれて欲しいの、いい?」
いたずらを考え付いた子供のような表情で、クレアはエラに微笑みかけた。
エラは少し考え、やがて頷いた。
「よし、いい子だ。全部ことが終わったら、みんなでパーティーしようね」
そういいながらエラの頭を撫でるクレア。
この二人の年齢差は一体、いくつなのだろうか。
いや、三つなんだけど。
一つ、咳ばらいをする。
「よし。三人とも協力、本当に感謝する。くれぐれもこの事は他言無用で。・・・絶対に僕達は生き延びるし、テロの黒幕も捕まえる。そのための追悼式だ。亡くなったみんなのために、全力を尽くそう」
僕たちは硬く頷いた。
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そして、今日に至る。
『こちら、カール。捜査部は配置についた。どうぞ』
捜査本部に待機しているカールからの通信に、講堂の最上階である四階で待機しているドゥアが答える。
『了解。近衛部隊も配置完了だ。真衣様のご入場までは後15分だ』
(ここまでの道中で襲撃は来なかった。特大の撒き餌をバラ撒いてるんだ、かかってくれ・・・)
既に真衣は数時間前に大学に到着し、ソフィアの間に待機していた。
数カ所にブラフとしての待機部屋、影武者を用意している。
捜査本部に真衣が待機していることは、僕を含めた近衛部隊と、カール、それに同じ場所で待機しているヤンとクレアしか知らない。
可能限り、この伏見大講堂に誘い込む手は打った。
「エラ、様子は?」
捜査本部に待機しているエラに通信を繋ぐ。
『今のところは変化なしです。監視カメラにそれらしき影はなし』
今、彼女はその一手で大学全域の監視カメラの映像を把握している。
「了解。警戒を続けてくれ」
改めて、辺りを見回す。
2000人以上を収容できる、四階建ての大きな講堂だ。
据え置かれたカメラは三つ。
そして、それらの画角から外れるように人員を配置している。
脱出ルートを頭に浮かべる。
それぞれのケースごとにどこに真衣を誘うか、一ケースごとにその所要時間、連絡先、近衛隊員の誰が護衛するか、その全てが頭に完璧に入っていることを確認して、僕は大きく深呼吸をした。
(ここまでやったんだ。真衣たちは助けられる)
今回の作戦で、一番僕に重くのしかかる責任は、ウンバール兵を捕縛するという役目だった。
近衛部隊としてこの作戦に参加しているシュウやケーナンなど、腕の立つ隊員なら足止めくらいは出来るかもしれないが、互角に渡り合えるのは僕くらいだろう。
ドゥアもそれを見越して、僕を近衛部隊として指揮下から外した。
ウンバール兵を確認し次第、その捕縛のみに全力を賭す。
『おいおい、緊張してる姿がこっからでも丸見えだぜ?』
声の主はケーナンだった。
彼が配置されている三階のテラスに目をやる。
「悪いね。今でも倒れそうでさ」
『こういう時は、冗談でも明るく振る舞うもんじゃないのか?メンタルマネジメント的にも、その答えは頂けないな』
「じゃあ、明るくなれるような気分にしてくれよ」
『俺の部屋に、また上手い酒が入った。60年モノのロゼだぜ?嫌でも気分が上がるだろ』
「そいつはまた、魅力的だな」
『どうだ、明るくなった?』
思わず、笑みが溢れる。
「ああ、ありがとうな」
『そんじゃ、今晩楽しみにしてるぜ』
そう言って、通信は切れた。