「軍務省:地下」
重い扉を開けると、目の前には、下に続く長い長い階段があった。
足元がやっと見えるほどの微かな明かりの中、その階段を下に下りていく。
軍務省の本部には仕事でよく来るものの、その地下に広がるこの場所に、俺は今まで足を踏み入れたことが無かった。
ようやく階段を降り終わり、今度は一定間隔で両脇に扉が続く長い廊下を進んでいく。
一つ一つの扉には装飾など何もない。
ただ、その部屋に割り振られた番号が無機質に貼られている。
いくつかの扉から、うめき声のようなものが聞こえるが、気にせず奥に進む。
廊下の突き当りには、101と数字が銘打ってある扉があった。
ノックをして、扉を開く。
中には、椅子に座った衰弱した様子の男と、それを囲んでいる二人の男がいた。
「おお、ドゥア近衛部隊隊長ですか。お疲れ様です」
「お疲れ。何か分かったか?」
男達は二人とも顔を見合わせ、そして首を振った。
「基本だんまりですよ。あのエールプタワーを拠点に大規模な攻撃を起こそうとしていたことは確からしいんですが、肝心の作戦内容とかはまだ知らなかったみたいで」
前回のホルズ地区での作戦時、降伏した『同盟』の戦闘員のうち数人を、カシハラまで護送していた。今は、その取り調べの最中だった。
「厄介なのは、こいつをはじめ、全員が『同盟』の本拠地の所在すら知らないんです。エールプタワーはただの前線基地みたいなもんですし、これだと次の作戦も立てられない」
「・・・どうせ正規の軍人でもないんだ。もっと痛めつけてもいいんだぞ?」
その一言に、ぐったりとしていた椅子の上の男の体が跳ねあがる。
「ち、違う!本当だ!信じてくれ!『同盟』に参加すれば、あとは拠点ごとのコミュニティに属する!司令が出されている本部はどっかにあるとは思うが、どこにあるのか誓って知らない!本当なんだ!」
男は叫びながら身をよじり、そういった。
「・・・信用できるのか?」
「やっぱり、もう少し『鍛えて』やりましょうか?終わった後で物が言えるかどうかは、ちょっと保障しかねますが」
横にある机の上に置かれていたペンチを弄びながら、捜査員の一人がそういうと、椅子に座る男が再び叫ぶ。
「信じてくれ!それしか言えないが、信じてくれ!お願いします!頼みます!」
見るからに特殊な訓練も受けてない男がここまで叫ぶのなら、彼が話した内容は真実なのだろう。
「・・・収穫、なしか」
捜査員にペンチを置くように手で示す。
残念そうにペンチをおいた男は、ため息を付く。
「どう処分します?溶かしちまった方がいいですかね?」
その言葉に、ついに椅子の男が半狂乱になって泣き始めた。
「司法に持っていくと、荒れそうだしなあ。その辺に埋めておけば・・・。まだ空きはあるんだろ、あの死体穴」
「訓練場の裏山の、あれですか?そりゃありますけど、運ぶのが手間だな」
男の叫び声が大きくなる。
その様子に見かねて、思わず声をかける。
「バカ、冗談だよ。そんなのが本当にあったら大変な人権問題になるだろうが。てか、一発も殴ってないんだろ?」
捜査員が呆れたようにいう。
「ええ。どうやら周りの雰囲気でびびちまったらしくってね。椅子に縛り付けたらすでに半泣きで、言葉でちょっと詰めたらこれですよ。政治運動に身を投げたにしては、あまりにも覚悟がなさすぎますぜ」
もう一人の男が小さく噴き出した。
「はあ・・・。まあ、とにかく。一連の『同盟』関係の事件が終結するまで、お前はここに収監される。その後どうなるかは知らん。国家反逆罪の適用の可能性はかなり高いし、そしたらお前に弁護権は付与されない。恐ろしいもんだ」
男が嗚咽を漏らす。
「おい、こっち向け。もう一つ質問だ。この入れ墨してる男、見たことあるか?」
ウンバールの象徴、人魚の入れ墨の写真を見せる。
力のない目で男はそれを見て、小さく呟いた。
「・・・見たこと、ありますよ。本部から、何か緊急の連絡があったりすると、各地の爪所に来るんです。作戦の指揮も、これが体に彫ってある人がするらしくて・・・。あんたがたに攻撃される前日も、すれ違いました。全身真っ黒の服で、フード被ってて。次の作戦の指揮は俺が取るって・・・。誇らしそうに入れ墨見せながら」
思わず眉をひそめる。
「・・・つまり、この入れ墨がある男達が、お前たちを動かしてるってことか?」
男は力なくうなずく。
「さっきも言いましたが、本部がどうなってるのか、俺たち下っ端には分かりません。けど、俺たちに命令飛ばしてるのはこの人たちです。よっぽど、この人たちの方が『同盟』のことを知ってる」
なるほど、もしかしたらという想いがよぎり、壁に立てかけてある椅子を男の前に持ってきて、俺はそこに腰掛けた。目くばせをして、尋問をしていた男からこれまでの資料を受け取る。
「なあ。お前さん、『同盟』に入ったのが・・・ああ、これか。二年前ね。理由は、まあこれは俺がことじゃないな。お前さんが『同盟』に参加した時から、あの入れ墨の男達の指揮下で動いてたのか?」
男は、どうしてこんなことに興味があるのか、という表情をしながら、確かめるようにゆっくりと口を開く。
「そんなこと、無かったです。始めは、割り当てられた拠点を軸に、ビラ撒いたり、政治家の車に火を付けたり・・・。連絡が電話か手紙で来るんです。ただ、ちょうど・・・一年くらい前に、突然あの人たちが事務所に顔出してきて、これからは自分たちが指示するからって・・・。そこから、段々活動も激しくなってきて・・・」
すすり泣きが声に混じる。
「・・・俺は、こんなことがしたかった訳じゃないのに」
男は、そのままうつむいて嗚咽をこらえていた。
周辺の国々と比べれば、その状況は安定しているとは言えど、カシハラ内にあるスラム街は比類ない大きさになり、地域による経済格差は改善されないまま、むしろその差は広がる一方だ。
そんな自国の状況を憂い、行動すること自体には、俺自身、正直に言えば反感は無かった。
近衛部隊に所属しながら、これまで目にしてきた既得権益に溺れる政治家の数々に比べれば、目の前の問題の解決に全力な若者は、遥かに良性の人間だろう。
「とりあえず、お前は拘留だ。この後、事件がどういう風に推移するかによるが、もし塀の向こうに帰れることがあれば、その志はそのままで、人を傷つけない方向で行動していけ。いいな」
「ドゥアさん・・・!?」
思わず捜査員の二人が驚いたように声を上げる。
近衛部隊の隊長たる人間が、王家に反旗を翻した人間に対してこんな発言をするなど、予想出来なかっただろう。
「とりあえず、この情報は近衛部隊にも持ち帰らせて貰う。二人とも、よろしく」
手を振りながら、俺は部屋を後にした。
長い長い階段を上りながら、考える。
(ウンバールを確実におびき出す方法・・・)
少しずつ重くなる足を引きずりながら、地上に繋がる扉に手をかけた。