「似た者同士」
陽が沈むころから続いた小雨もようやく止み、小窓からひんやりとした風が流れ込む。
頬を撫でた涼しい風を感じると同時に、扉の向こうに人影が控えていることに、私は今気が付いた。
「あら、ごめんなさい。声をかけてくれれば良かったのに」
書類を均し、脇に置く。
「いえ。真衣様がご公務に集中されているのをお邪魔することなど、私目には出来ません」
「水臭いわね。それで、何の用なのドゥア」
部屋に入るよう、手招きをする。
扉を閉め、一礼し、ドゥアはため息を一つついた。
「・・・伊吹のことなのですが」
なんとなく予想はついていた話題であったので、特に驚くこともなく、そのまま先を促す。
「少し、隊員と揉めまして」
「どうせあいつのことだから、自分から仕掛けに行ったわけではないんでしょう。・・・大丈夫なの?」
「ええ、今のところは。本人の希望で、シュウ副隊長と摸擬戦を執り行いましてね。一応、みんな静かにはなりそうです」
「・・・なに、あいつ本気出しちゃったの?」
「最後の最後だけですよ。印象付けとしての塩梅は完璧でしたが、この後一体どうなるか・・・」
少し拍子抜けし、思わず姿勢を崩した。
「今の所どうにかなりそうなら、私に報告する必要はないでしょう。本当に緊急の事態が起こらない限り、私は近衛隊に口出しなんてしないわよ」
釘をさすように言う。
「ええ、分かっていますよ。ただ、別の隊員ならともかく、今回は伊吹の事なので、お耳に入れたほうが良いかと思いまして」
「何よ、あんたも随分あいつに甘いわね」
そういうと、ドゥアは少し拗ねたように言い訳をし始めた。
「それはそうですよ。態度には出しませんが、あいつは弟みたいなもんですし・・・。内心今でもハラハラしっぱなしなんですよ」
近衛隊隊長、ドゥア。
なんとこの男、護衛対象である私と二人きりになると、誰にも見せないような弱音ばかり吐いてくる。
お前・・・そろそろ怒るぞ?
愚痴を聞いてもらいたいのは私の方だわ!、と吐き捨てたくなるが、ぐっとこらえる。
「あいつのことなら大丈夫よ。それより今は事件の真相にどうやって迫るのか、とりあえずそれだけ考えましょう」
書類を手元に戻し、冷静に言い放つ。
それを聞いたドゥアがやれやれと首を振りながら呟いた。
「・・・全く、素直じゃないなぁ、真衣様は。俺なんかより、よっぽど伊吹のこと気にかけてるのに」
思わず、ピクリと体が反応する。
「・・・どういうこと?私は貴方みたいに、あいつのことを甘やかしたりなんてしませんけど?」
すると、ドゥアが少し声を荒げて反論する。
「俺だって甘やかしてなんていませんよ。けどね、真衣様。俺は絶対に忘れませんよ。気づかれないように定期的にあいつの身辺調査させて、とりあえず大事あるかないかだけ聞いて、ないって聞いたらもう後はいいからって放っておく。・・・この五年間、ずっとですよ!?何度真衣様にこの作業を命じられて、目も通されない報告書類を涙ながらに捨てたか・・・」
思わず机を叩いて、立ち上がる。
「う、うるさいわ!さっきあんただって、あいつのこと弟とか言ってたけど、私だって兄妹も同然なのよ!一応は心配してたから頼んだんでしょ!」
今度は呆れたような表情でドゥアが言い返す。
「だったら、せめて報告に目を通してくださいよ・・・。接触することも禁止されながら、毎回必死になってまとめたのに、無事だって分かるたびになんか恥ずかしくなって真衣様、全く読まれなかったじゃないですか・・・!」
次の瞬間、我を忘れた私の全力を込めて裏拳が、深々とドゥアの頬にめり込んだ。そして、そのまま奴は壁までぶっ飛んでいった。