「復帰初日」②
そういうわけで、顔を腫らした状態で、僕のことを殴り飛ばしたあの男に対し、竹刀での摸擬戦を申し込んだ。
「・・・てめえ、本気で言ってんのか?」
怒りのあまり、わなわなと男の拳が震えている。
ちなみに、彼の名前はシュウというらしい。
「いえ、その・・・。僕はただ、自分にも近衛部隊に配属されるだけの実力があるってことを分かっていただきたいんです。嫌われるにしても、同僚として認められないのは嫌ですから」
シュウの目を見据えて、はっきりと言う。
「もう一度言います。きちんと、僕を近衛部隊の一員として、この決闘、摸擬戦を通して認めていただきたい」
シュウは、僕を睨んだまま動かない。
食堂中の人間が、動きを止めて僕達を見つめている。
「・・・分かった。受けてたつ。その代わりに、こいつが条件だ」
そういって、シュウは立ち上がった。
「負けたら、この部隊から出ていけ」
僕は、ゆっくりと頷いた。
ドゥアの黙認のもと、僕達はアリーナに場所を移した。
竹刀を手に取り、柄を確かめていると、肩をつつかれた。
振り返ると、部隊の同僚の一人が立っていた。
「よう、幸運を祈るぜ。俺はケーナン」
そういって、手のひらを差し出された。
「ああ、ありがとう。伊吹だ」
握手で返す。
ニヤっと笑ったケーナンは、そのまま一歩近づき、僕の耳元でささやいた。
「シュウのやつ、なかなか腕が立つぞ。あの見た目でまだ26ってとこが、ぶっちゃけ一番驚くが。あの年で近衛部隊の副隊長務めてるだけはある。注意しな」
僕も耳元でささやき返す。
「ありがとな。そうか、あれで26か」
思わず笑いがこぼれた。
「それにしても、僕のとこなんか来て話してて、いいのかい?僕が負けたら、君も何か言われるんじゃ?」
ケーナンは首を横に振る。
「冗談。一応、これでも現近衛部隊じゃそこそこの古株なんだ。なーんも言われねえよ」
そういって笑ったケーナンは、シュウの方を向く。
「なんかさ、お前がいい勝負する気がしたんだよね。あそこまで綺麗に殴られておきながら、自分から摸擬戦申し込んだしさ。相当のバカか、腕に自信があるやつしか出来ねえよ、そんなこと」
「分かんないぞ。相当なバカかも知れない可能性は、見逃してくれたのか?」
ふざけて尋ねた僕の胸をケーナンはこずく。
「いや、まだだね。何にせよ、今晩宿舎で何が見られるか楽しみだ。背中丸めながら荷物を纏めるお前さんか、癇癪起こして壁殴ってるシュウ副隊長か。実はな、西方物のいい酒持ってんだ。逸品だぜ?あんたと飲めるように祈ってる」
「・・・そいつは楽しみにしておこう」
竹刀を握り、一度ふるう。
「それじゃあ、始めますか」
そういうや、ケーナンはシュウの方に向かっていった。
「シュウ、いいか?」
「いつでも構わん。早い方がいいだろう。電車が無くなると、あいつの今夜の宿も見つからんだろうしな」
ケーナンの呼びかけに、シュウは余裕たっぷりといった受け答えをする。
「おい、早く来い」
シュウに顎で示された立ち位置にゆっくりと向かう。
双方位置につき、ケーナンが僕ら二人を交互に見る。
「一応、立会人は俺が任させてもらうぜ。それじゃあご両人。よろしいか?」
黙って頷く。
シュウは微動だにしない。
「では、両者構えて」
竹刀を少し触れるように交差させる。
周りのギャラリーの声が消えた。
防具の先に見えるシュウの目を見据える。
一歩、二歩と後ろにケーナンが下がった。
「はじめ!」
ケーナンの号令とともに、素早くシュウから少しだけ距離を取る。
円を書くように間合いを見定めようと、左に少し体をずらした。
その瞬間、シュウが素早く切り込みをかけてきた。
体を翻すようにして、避ける。
もう一度間合いを定めようと、今度は自分から一歩分距離を詰める。
すかさず、鋭く突きを入れてきたシュウ。
竹刀を差し込み、流すように受け払う。
(・・・なるほど、確かに強い)
恵まれた体型ではあるが、それに奢らず、きちんと訓練を積んでいなければこんな動きは出来ない。
今度こそ、円を書きながら間合いを測る。
一瞬の隙も生まれないシュウの構え。
仕掛けるのは無謀だろう。
とはいえ、向こうもなかなか糸口が見えないことには変わりがないらしい。
何度かお互いの立ち位置を入れ替え、それでも攻撃には転じれない。
一度、カマをかけるか。
フェイク気味にシュウの竹刀を払おうとしたその時。
シュウは躊躇なく、もう一度突きを入れてきた。
バンッという大きい音と共に、次の瞬間膝を着いたのはシュウだった。
「・・・伊吹の勝利!」
ケーナンが数拍遅れて宣言し、僕は顔の防具を取る。
「ありがとうございました」
一礼する。
シュウは膝をついたその姿勢のまま微動だにせず、ついでにその取り巻きのギャラリーも固まったままだった。
「防具、取るの手伝うぜ」
そういって近づいてきたケーナンが、更衣室の方を顎で示す。
呆然としている面々を残し、僕とケーナンはその場を後にした。
「最後の薙ぎ払い、異常に早かったな」
結び目をほどきながら、ケーナンにされた指摘が、結局のところあいつらが固まっていた理由そのものだ。
「あれが持ち味なもんでね。ひやひやしたよ、全く」
「冗談よせよ。お前からは欠片も危うさを感じなかったぜ」
「そうか?」
結び目をほどき終わり、最後の防具を地面をケーナンは地面に置く。
「ああ。最初から堅さは無かったし、もっと恐ろしかったのは二回あいつの攻撃いなした後だな。多少は防御に徹しそうなもんだが、お前さんは全くそんなことなかった。大したもんだぜ」
防具を集め、ロッカーに入れながらケーナンは続ける。
「悪かったな。正直、あそこまでとは思わなかった。隊長からは、前戦役の近衛部隊は散々って教えられて。俺たちはそうはならない、その一心でここまで来たわけだが・・・。そうだよな、あんたらだって努力してたし、力があったのは確かなんだよな」
少し照れながら首を掻くケーナン。
「他の連中は知らないが、やっぱり俺はあんたのこと、認めるよ。前の戦争の結果はともかく、あんたはそれを経験してるんだ。色々と教えてくれよな。改めて、宜しく」
本日二度目のケーナンとの握手をもって、ようやく僕は気の置けない同僚を一人獲得することができた。