「復帰初日」①
翌日、近衛部隊に配属された僕の初仕事は、久しぶりの訓練だった。
鍛錬も立派な職務のうち、というのはまさしくその通りなのだが、どうも居心地が悪い。
そもそも、近衛部隊は軍部の中ではエリートコースから外れた爪弾きものであると同時に、花形でもある。
軍部内での昇進を求めず、純粋に王家に対する忠誠心が高い兵士がその配属を希望し、その中でも抜きんでて優秀な者のみが着任を許される。
実際に宮中の外にでて任務をこなす回数は少ないが、報酬はかなりのもの。
そう、この近衛部隊、自分の立場に対するプライドが非常に高い。
そして、今回僕は特例で近衛部隊に再着任を許された身であり、五年前にいた同僚はドゥアを除けば一人もいない。
自然、僕はプライドの塊みたいな連中の中、完全にアウェー状態だった
事前にドゥアから元隊員の復帰という説明はなされていたようなのだが、鍛え抜かれた老兵が来るとでも想像していたのか、とにもかくにも僕に刺さる「なんでこいつが」感が凄まじい。
ただ、遠巻きで訝しげにハブられるだけなら構わない。
そもそも兵士なんて仲良しこよしで勤まるものではないのだから。
このままの状態が続く分には・・・。
そう思っていた僕の期待は、残念ながら崩れ去ることになる。
「おい、新入り」
いよいよ昼休み、やっと一息つけると思っていた僕に、不愛想な声が投げかけられた。
返事をしないわけにもいかないので、とりあえず振り返る。
「はい、なんでしょう」
僕を呼び止めたのは、服の上からでも分かるほどの筋肉質の男だった。
両脇を、これまた不機嫌そうな男が5人ほど固めている。
「随分、隊長には可愛がられてるみたいだな?」
ドゥアとは近衛部隊に合流してから一度も個人で会話はしていないはずだが、どうしてこの男達はそれを知っているのか。
「そんなことはないですよ。近衛部隊の一員として、隊長は全員に分け隔てなく接されていると僕は思います」
背筋を正しながら答える。
「ふん、隊長個人とお前のコネくらい俺たちにだって分かるのさ。誰が退役後に近衛部隊に合流できる?ここは参謀部でもなく、そしてお前はみるからにただのガキンチョよ。あまりも不自然だ」
たしかに、この筋肉だるまのいうことにも一理はある。
「・・・退役前にドゥア隊長との面識があることは事実です。しかし、この度僕が再所属を志願してそれが叶ったのは、私自身の能力を正当に評価していただいた結果だと信じています」
舐められてばかりでも困るので、きちんと言い切った。
が、これがまずかったらしい。
次の瞬間、僕の目から火花が飛んだ。
「ナマ言ってんじゃねえ・・・!前戦役で王女殿下も守れなかった死にぞこないが!」
衝撃からすこし遅れて、鼻からドロリと血が滴った。
なるほど、熱心な王党派から見れば、前戦役の近衛部隊員はそう映るのか。
自分の予想よりもずっと冷静に、男の言葉を受け止めていた。
「・・・その件につきましては、申し開きようがありません。これまでも、これからも後悔の念が消えることはありません」
もう一度、火花が飛んだ。
「なら、なぜおめおめと戻ってきた!お前のような奴は、我が部隊に所属するに値せん!」
思わずキッと男をにらみつける。
「なんだ、その目・・・。いいだろう、除隊を自分から申し立てるまで、体に分からせてやるか」
そういうや否や、男とその取り巻きにぐるりと周りを囲まれる。
何を言われようが、それに対する反論をするやる気もない。
ただ、どう考えてもこの状況下で集団リンチを加えられるのは、宜しくない。
これは本気を出すしか、と覚悟した、その時だった。
「おい!何をしている!」
怒号が響き、ドゥアが駆け寄ってきた。
舌打ちをしながら、何も言わずに男達がばらけていく。
一人、また一人と食堂へと姿を消していき、気が付けばドゥアと僕以外、ここには誰もなくなっていた。
「・・・医務室、行くか?」
「冗談。避けなかっただけだし」
顔を袖で拭う。
「いや、一発目は普通に食らってただろ」
「・・・よく見てたことで」
どこかで殴られるとは予想していたが、実はあの一発目、かなりキレが良く、受け身も取れずにもろにダメージを喰らっていた。
「まあ、とりあえずあそこで止めてくれてありがとう。踏ん切りがつくにはいいタイミングだった」
「お前の心配、というよりあいつらの心配をしただけなんだけどな。一応、あんなでも俺の可愛い教え子たちだ。こんなとこでケガされたら困る」
「モチベの高さとか、技術面では評価するけどさ、あそこまで気が短いのはどうなのさ」
やっと血が止まりそうだ。
「近衛部隊としては、あれくらいでちょうどいいのさ。王家への忠誠第一。分かり易いだろう」
「それで、悪者は前戦役時の近衛部隊か。反論出来ないのは悲しいことだが」
ドゥアは足元に視線を落とす。
「・・・悪いとは、思っている。ただ、教官としては”俺たち”を反面教師にするべきだと思ってな」
そんなドゥアの言葉に肩をすくめる。
「僕が教官でも、同じことしたろうさ。全く、本当に反省ずくめだこと」
「とりあえず、あいつらには注意をしておく。全てが収まるとは思わないが、くれぐれもお前も暴れるようなことは避けてくれ。変な噂が他の家に伝われば、良い結果にはならんだろう」
「いや、注意はいいよ。僕のことをドゥアが依怙贔屓してるとはこれ以上思わせたくないし。ただ、その代わりにさ」
壁に立てかけてあった竹刀を手に取る。
「これで、あいつらとやらせてよ」
「お前・・・」
いや、と前おく。
「別にイキるつもりも、仕返ししてやろうとかそういうのも無くって。ただ、これから同僚としてやっていくのに、とりあえずの力は認めてもらわなきゃ、始まらないかと思って」
少し考えて、ドゥアはしぶしぶ頷いた。
「手放しに賛成は出来ないが、あいつらにもいい経験になるか。・・・分かった。見て見ぬふり、しておこう」
その代わり、とドゥアは言葉を続ける。
「あくまでも最低限だ、分かってるな」
「もちろん」