「報告」
騒ぎがひと段落して、怒りも収まったのか少しスッキリとした表情のクレアが、僕に尋ねた。
「そういえば、今日は何時までいられるの?」
「ああ、そのことについてなんだけど・・・」
多分、今伝えてしまった方が楽だという結論に至った。
咳ばらいを一つして、僕は切り出す。
「みんなに、言わなきゃいけないことがあるんだ。・・・エラを起こしても大丈夫か?ダメそうなら、後で二人が伝えてくれると嬉しいんだけど・・・」
よっぽど疲れていたのか、あれほどうるさかった僕達を全く気にせず、エラはそのまま眠り続けていた。
「大丈夫だろ、起こしちゃおうぜ」
そう言って、クレアによって全身傷だらけにされたヤンは、冷凍庫から氷を一つ持ち出して・・・そのままエラの背中に滑り込ませた。
「・・・ひゃああああああああ!?」
無論、エラは飛びあがる。
過労で斃れかけている後輩への、この仕打ち。さすがに酷すぎる。
寝ぼけながら必死に氷を背中から掻き出そうとするエラの様子を見て、腹を抱えて笑う悪魔みたいなヤン。それに対して、即座にクレアがグーにした拳を顔面にめり込ませていた。
吹っ飛ぶヤン、叫ぶエラ、鬼の形相のクレア。
いつも通りすぎる委員会に、僕はため息をついた。
勇気を出して伝えようとしても、その勇気がことごとく挫かれている。
「あのー・・・、ちょっとみなさんよろしいですか・・・」
「「「ん?」」」
三人とも、それぞれがこちらを向いてくれた。
「あ、はい。あの、ちょっとお伝えしたいことがありましてね」
僕は鞄からある書類を取り出し、机に置く。
「こんな状況下で、非常に言い出しづらいんだけど・・・」
クレアが書類を覗き込む。
「何これ、何かの証明書の申し込み・・・?」
しげしげと読み進めていった彼女の顔が、ふと強張った。
「待って、伊吹・・・これって・・・!?」
その反応に、ヤンとエラも書類を覗き込んだ。
「・・・軍部配属願?」
「・・・ああ、そうだ」
ヤンが尋ねるように読み上げて、そして僕は頷いた。
「ちょっと待て・・・どうしてお前が軍部に戻るんだ?」
この三人は、そもそも大学でテロが起こったあの日、僕が交戦していたことを知らない。
そして、納涼祭の夜、僕があの男と戦っていたことも。
「いやいや、ちょっと待ってください、伊吹先輩って軍属だったんですか!?」
加えて、エラには僕の過去を話したことは無かった。
「そうか、エラにはそこから説明しないとだよな・・・」
ヤンとクレアが心配そうに僕を見つめている。
「僕は五年前までの数年間、軍部に所属していたんだ。近衛部隊に、ね。前回の戦争にも、従軍した。エラも知っての通り、前回の戦争は・・・かなり悲惨だった。大事な人は亡くなって、大切なものも無くなった。何もかも嫌になって、僕は軍部を抜け出した」
ここまでの話をヤンとクレアにしたのも、一度きり。その時は必死に涙をこらえながら、この話を二人に伝えたことを思い出した。
「実は、この前、元上司から軍部に戻るよう頼まれたんだ。『新世界同盟』―巷で噂されているテロの実行犯が、五年前の戦争とも関係がある可能性が出てきたらしい。どうにも『同盟』の中には、僕とその上司と因縁がある人間がいるみたいでな。・・・それにケリを付けるために、僕は軍部に戻ることにした」
クレアと目があった。彼女は優しく微笑んで、そして静かに頷いた。
「こんな大事な時期に、こんな決断を、相談もせずに決めたこと、本当に申し訳ない。僕の様子がいつもと違ったこと、それに気づいて、心配してくれてたこと。納涼祭の夜、クレアに言われるまで、気がつかなかった。本当に・・・ありがとう」
精一杯の感謝と、申し訳のなさを込めて、頭を下げる。
これしか、僕には出来なかった。
「・・・僕は、あのテロの真相を暴くために、捜査に全力を注ぐ。向こうのケリがついたら、こっちにもまた顔を出す。だからその時までは・・・本当に、ごめん」
誰かが、僕の肩を力強く叩いた。
思わず顔を上げると、クレアがなんだか誇らしげな表情で、僕の前に立っていた。
「大丈夫よ!こっちのことは任しておいて。大学でのこの事件、私は絶対に真相を究明してほしい。伊吹の過去はともかく、その思いは共通だと思ってる。だから・・・全力で頑張って。身体にだけは気を付けて。・・・たまには、顔出してね」
そう言って、彼女は僕を優しく抱きしめた。
「一番大切なものに対して、素直に生きる・・・だよな。教えてくれて、ありがとうね、クレア」