「土埃と硝煙、血の匂いの中で」
轟音と共に、吹き飛んだのは、隣にいた仲間の上半身だった。
あたり一面に血しぶきを散らしながら、身の丈より高く舞い上がった彼の体は、正直、美しくすらあった。
本能のままに、脇に見つけた窪みに体を躍らせる。
無線が何かをがなり立てているが、意味を伴わないただのノイズにしか聞こえない。
もう、何も考えたくない。
もう、何も言われたくない。
もう、動きたくないんだ。
ふと何かが横に飛び込んできた。
顔を向けると、それは傷だらけの僕の部下だった。
「」
こいつも、僕に何かを話しかける。
うるさい、もう放っておいてくれ。
僕は、負けたんだ。
腕から全く抜けない切り結んだ感覚が、ただただ気持ち悪い。
一呼吸ごとに、あの男の恐ろしい太刀筋と、一瞬だけ見えた左腕の悪趣味な人魚のタトゥーがフラッシュバックする。
言葉が届いていないことに気づいたのだろう、そいつが必死になって僕の体をゆすり始めた。
思わず、そいつの体を突き飛ばす。
一瞬そいつはひるんだが、それでも僕の体を再びゆすろうとした。
その瞬間、地面が炸裂した。
音が聞こえない。
体が何回かゴロゴロ回転し、ようやく止まる。
僕は、死んだのか?
いや、目が開いた。
下手くそが、さっさと僕に当てて楽にしてくれ。
その砲弾で僕を貫いて、楽に。
ふと、背中に熱いものを感じた。
目をやろうと顔を動かすと、背中に寄りかかっていたものがズレ落ちた。
それは、さっきまで、僕を必死にゆすっていた男の首だった。
口は大きく開き、目は一点を見つめている。
お前は、首だけになっても、僕に何かを伝えたいのか?
再び、無線が何かをがなり立てる。
『伊吹!伊吹!』
うるさい、僕の名前をもう呼ぶな。
『伊吹!』
頼む、やめてくれ。
「伊吹」
頼むー
---------
そこでハッと目が覚めた。
辺りを見回す。
どこかの事務室だろうか、壁には天井まである本棚が据え置かれており、部屋の奥に置かれている大きな机には、うず高く書類が積みあがっている。
身体を起こして、自分が初めてソファの上で寝ていたことに気が付いた。
身体に貼りついたシャツが不快で、動きづらい。酷く寝汗をかいたようだ。
シャワーでも浴びたいが、そもそも、ここがどこなのか分からない。
もう一度辺りを見回したところで、扉が開いた。
お盆を抱えて部屋に入ってきたのは、意外な人物だった。
「・・・真衣?」
「あら、起きてたの」
上品な寝巻の上に一枚上着を羽織っただけの姿の真衣が、そこにいた。
立場は複雑と言えど、彼女ほどやんごとない身分の人間もこの国にはほとんど存在しない。
そんな人物が寝巻を着ているということで、なんとなく場所の想像がついた。
「・・・ここ、王宮か」
「正解。と言っても、ここはドゥアの執務室だからね。新しく作られた方の建物だがら、貴方には馴染みがないでしょうけど」
色々と合点がいった。
「それにしても、なんて真衣がここにいるんだ?」
「・・・何よ、不満?倒れた幼馴染を心配して、この前助けてもらったお礼代わりにご奉仕しよう、って飛んできたのに?」
「わー、すげえ嘘くせー」
言葉尻からにじみ出る演技感、大根役者もいいとこだった。
「・・・はあ。心配したのは本当だよ。ただ、まあここにいるのはドゥアに呼び出されたからってのが正解だけどね」
「それにしたって、どこの世界に自分が仕えてる王女様に病人の看病を頼む近衛兵がいるのか・・・」
思わず呆れてしまった。いくら幼馴染とはいえど、彼女がそういう仕事をするのは適当ではない。
「これ、伊吹。私はもう王女じゃないってば」
「・・・ごめん」
優しく僕を窘めた彼女の顔が、その時ばかりは見れなかった。
醜い政治闘争のツケを払うため、その全てを捧げた真衣は、それでも何事もないように柔らかい笑みを僕に向けた。
「気にしないで。私だって茶化して言っただけだし。世間では上手く理解されてないみたいで、今でも王女って呼ばれることも多いしね」
彼女の立場は、確かに一言で説明が出来るものでは無かった。
このヤシマは極東にかつて存在していた我らが祖国、それを統治していた一族を軸にして作られた国だ。
一世紀以上前、史上初めて地球上の全国家を統一したある男と手を組み、再び自治権を手に入れたその一族は、祖国でも強大な勢力を誇った特に五つの家と手を携えることとなる。
その構図は、再び世界中が戦火に包まれた後も、変わることは無かった。
その一族が今日の王家であり、手を差し伸べた五つの家は五清家と呼ばれ、このヤシマの政治を主導している。
しかし、当然これらの家々が一枚岩であった訳ではない。
五清家内での政治闘争は、しばしば流血を伴う悲惨な事件を引き起こした。王家は幼君が続いたこともあり、五清家の傀儡となっていた時期も長い。
そもそも、五清家とは祖国で筆頭貴族として名を馳せていた宮司家と、そこから枝分かれした四つの分家を指す。が、血を分けた一族ほど一度拗れた関係性を修復するのは難しい。
歴史がこれまでいくつものケースで証明したように、この五清家とてその例外ではなかった、ということだ。
話を真衣に戻そう。
彼女は先々代の王の次男の娘として生まれた。
若くして彼女の父が病に斃れた後、真衣は姉の麗希と共に先代の王の元に預けられる。
当時、麗希と真衣がそれぞれ王位継承第二位と第三位だった。減少の一途を辿ってきたヤシマ王家は、他に男性の王位継承者が存在しなかった場合、王家出身の女子に対してもその継承権を認めていたからだ。
ただ、結局王位を継いだ現在の国王と、この二人の姉妹以外、既に王家はいなかった。
これだけでも大きな問題だが、そこに五清家の不幸が重なった。
五清家筆頭であった、宮司家が断絶したのだ。
五清家の中、そして王家との婚姻関係は存在したものの、長く愚かな争いの結果、宮司家という本家筋に見合う血筋を引く人間の中で、その継承を行うことができる人物は皆無であった。
そう、ただ二人を除いて。
真衣と麗希は母親が宮司家の出身だったのだ。
結局、王位継承順位の問題もあり、真衣が宮司家に送られた。
全て、周りの大人達が決めたことだった。
本家である宮司の当主に、傍系の、それも幼女を据えることで、必然的にその他の五清家の力は増す。
しかし、奴らの浅はかな目論見は、麗希が亡くなったことでさらに複雑化した。
真衣の王位継承順位は自然、繰り上がった。もう、他に候補はいないからだ。
一度王家から下った者が、王家に復帰した前例は無い。
結果、真衣は宮司の当主でありながら、王族としても扱いを受ける、なんとも説明し難い立場に置かれている。
「・・・考え事?」
真衣に声をかけられ、現実に意識が引き戻された。
「いや・・・なんでもない。それで、ドゥアは今どこに?」
「さあ?ちょっと用事があるって言って、部屋出てっちゃったんだよね。もうすぐ帰ってくると思うよ」
真衣がお盆からコップを差しだした。冷たい水で満たされていた。
「・・・そうか」
真衣から受け散った水を飲み干す。
汗で大量の水分を失った身体に、良く沁みる。
その爽快感が引いていくのと同時に、先ほど自分が見た光景が脳裏によみがえった。
顔面に数多の傷を持つあの男。
そして、その右腕に彫りこまれたあの入れ墨。
思い出しただけでも、抑えきれない感情が溢れそうになった。
やるせない怒りを必死になだめる。
そんな僕の様子を、真衣は何も言わずにじっと見つめていた。
「・・・何か、言いたいことあったら言ってくれよ」
その視線に耐えきれず、思わず顔をそらしながら僕はそう言った。
「ううん。何も。ただ、ちょっとね、びっくりしたの。あんなに長い間会ってなかったのに、突然ここ数日で何回も顔を合わせられたから」
真衣が少し照れたように言った。
「確かにな。この前もバーでちょっと話したし・・・」
その時、僕はあることを思い出した。
「・・・そういえば、お前のお代を貰ってない」
真衣の表情が固まった。
「・・・」
気まずい沈黙が流れた。どうやら、こいつの頭からは食い逃げの記憶がさっぱりと頭から抜け落ちていたらしい。
さてさて、意地悪く問い詰めてやろうか、と思ったその時、扉をノックする音が響いた。
感想、評価、ブックマーク、お待ちしてます!