「動乱の夜」①
すっかり夜も更け、セントラルをぐるぐる回っていた僕達も、家に帰ろうと駅に向かっていた。
納涼祭から引き上げる参加者でごった返している駅から一つ離れた駅に行こう、という話でまとまり、夜道を歩く。
この辺りはアーケード街の外れだが、この時間であるにも関わらず、そこそこの数の人が出歩いていた。
「さて、明日はまた朝から作業だからね。頑張っていきましょう」
クレアがうーんと伸びをする。
「明日は追悼式の日程調整とかもあるんだっけか。全く、忙しいったらありゃしない」
一気にテンションを下げ、げんなりとした顔をするヤン。
「でも、今夜みんなで納涼祭に来れて、良かったです!結構私はリフレッシュ出来ました。明日からも頑張りますよ~!」
エラの顔はホクホクだ。さっきヤンを言いくるめて買ってもらった洋服の袋を持つ右手をぶんぶん振り回している。
そんな三人から一歩離れて、僕は後ろを歩いていた。
ヤンが振りむいた。
「遅刻するなよ、伊吹」
「お前にだけは言われたくない」
その時、ふと後ろから猫背の男が歩いてくるのが視界に入った。
いかにも重そうな、肩掛けのバッグを背負っている。
なんとなくその男を視線で追っていると、何かに追われているのか、その男はしきりに周りを見回していることに気づく。
視線が合いそうになった瞬間、僕は前の三人の方を向いてやり過ごす。
もう一度男に目をやると、男は周りを警戒する様子で、そのまま横道に逸れていった。
何かが気になった。
「・・・悪い、ちょっとトイレ行ってくるから先に帰っててくれ。また明日な」
三人に背中を向けて、男が入っていった道に向かおうとする。
「え、けど、駅すぐそこだよ!」
「我慢できないから!じゃあな!」
とりあえず手だけ振って、僕は走り出した。
小道に入ると、既に店が全部閉まっているためか、そこは想像以上に暗かった。
一応夜間の訓練も積んできた身だ、この状態でも人よりは効く夜目で先を見つめるが、特になにも見えない。
足音を立てないように、ゆっくりと小道を先に進む。
何個目かのシャッターの前を通ると、ふと左手にさらに狭い小道が現れた。
それぞれの店がゴミ置き場として使っているのだろう、鼻をツンとした匂いが刺す。
(こっちか・・・?)
一瞬どちらに進むか迷ったが、狭い方の道に進むことにした。
少し歩くだけと、壁際をネズミたちが走って逃げていった。
そこかしこに転がるゴミ箱に気をつけながら、奥へと進む。
ふと、物音が聞こえた。
慌てて、道に飛び出ているダクトに身を隠す。
奥を覗くと、そこは少し開けた場所になっていて、そしてあの猫背の男が地面に置いたカバンを、なにやらゴソゴソと探っている。
明らかに怪しいが、そのまま息をひそめた。
ふと、男は何かを取り出して、カバンの横に置く。
置いたときにガシャという音がした。男の様子からしても、それが何か重量感のあるものであることは分かった。
(何かの盗品か・・・?いや、それならこんな場所にわざわざ持ち込む意味は無いか)
すると、男が何かを小声で呟き始めた。
耳をそばだて、必死に声を拾おうとするが、途切れ途切れにしか聞こえない。
「やっと・・・どうして・・・こうか・・・これで起爆・・・」
最後の起爆、という音が聞こえた瞬間、僕は身体を起こした。
真偽はどうであれ、待っている余裕はもう無い。
ダクトの陰から身を出すと同時に、男に声をかける。
「こんな時間に、こんな所で、一体何をしておいでなんですかね」
ビクンと身体を震わせ、猫背の男は驚いた表情でこちらを振り返った。
「あんまり怪しいことしてると、警察に突き出しますよ」
近づくと、ようやく男の顔がうっすらとではあるが見えた。
(若いな)
多分、僕とそう変わらない。
男の声は震えていた。
「な、なんだよ・・・。お前には関係ないだろ!どっか行け!」
「関係は無いけどさ。さすがに起爆とか物騒な言葉が聞こえたら、見て見ぬふりは出来ないだろ」
自分の独り言を聴かれていたとは、まさか思わなかったのだろう。
この暗闇でも分かるほど男の顔面は青くなり、そして大量の汗が流れていた。
「なんのことだか、言いがかりはやめてもらおうか・・・。さっさと行け!」
手を振りながら男は叫ぶが、無論、僕はその場を動かない。
やがて震えだした男は、一瞬諦めたような表情になった。
その瞬間、背筋に悪寒が走る。
人間がこの表情を見せる時、その後の行動は二つに分けられる。
一つは、単純に全てを諦める。この場合は僕の説得に応じて、持ち込んだ何かを警察に一緒に届ける。
そしてもう一つ。人は動物だ。追い詰められ、詰みを自覚した時、最後の抵抗を試みることがある。
文字通り必死に、全てを賭けて、だ。
この次の瞬間、男が取ったのは二つ目の行動だった。
(まずい!?)
とっさに頭を下げたのが功を奏した。
男が胸から拳銃を取り出し、僕に向けて撃ったのだ。
銃弾が僕の髪をかすめ、後ろの壁に突き刺さった。
肝を冷やしたが、どうも銃を撃ったのは初めてらしい。男は目を瞑り、叫びながら引き金を引き続ける。
「これだから素人は!!!」
地面を蹴って飛びあがり、叫びっぱなしの男の側頭部に蹴りを入れる。
男は横に吹っ飛び、そのまま壁に激突した。
その衝撃で手から離れた拳銃が、カラカラと音を立てながら地面を滑る。
男はなにやら呻いているが、あの衝撃だ。しばらくは動けないだろう。
拳銃を拾い、弾倉を引き抜いた。
男が地面に置いた何かに、顔を近づける。
「・・・おいおい、正気かよ」
男が起爆という言葉を使った通り、確かにそれは爆弾だった。
にしても、かなり大きい。
(見た感じ、遠隔操作系。通信か何かで起爆する奴か。にしても、爆薬にもよるがこの大きさだと、この辺のビルごと吹き飛ぶぞ・・・!)
信管を抜く作業とかすべきなのだろうが、訓練で一度やったきりで、正直もう覚えてない。
(まあ、ぶっちゃけ爆弾見つけたら僕は盾役だったし・・・)
ひとまず、警察に通報するのが最善か。
端末を取り出そうとボケットに手を伸ばしたその時、僕が通ってきた小道に誰かが立っていることに、初めて気が付いた。