「納涼祭の夜」①
結局、返事は出来なかった。
少し考えさせてくれ、と伝えるのが精一杯だった。
とりあえず委員会を手伝おうと、ひとまず大学に戻ったものの、どうにも集中が出来ない。
手だけは動かし続けて、夕方には作業がお開きになった。
クレア曰く、
「みんな朝からで疲れてるしね。初日はこんなもんでいいでしょう」
とのことだった。
軽く片づけをしながら、荷物をまとめていると、ヤンがある提案をした。
「なあ、これからセントラルの方で飯食わない?今週、納涼祭やってんだよあの辺」
クレアが頷いた。
「いいわね、それ。気分転換になるし。久しぶりに綿あめ食べたいな、私」
その一言に、ヤンが明らかに少し引いた。
「その年で・・・綿あめ?あれって小学生で卒業する食べ物なんじゃないの・・・?」
クレアのこめかみに青筋が入ったことを、僕は見逃さなかった。
「そういうつまらない決めつけする人、ダサいわよ」
自分が地雷を思わず踏んでしまったことをそこでで気づいたのだろう、ヤンの顔から血の気が引いていった。
「で、二人も行くでしょ?エラ、何か奢るわよ」
クレアはそう言いながら僕達の方を振りむいた。
「本当ですか!何にしようかな~」
「お前、さっき『私、お金ありますから』みたいなこと、言ってなかった?」
思わず口からこぼれ出た突っ込みに、エラは素早く反応する。
「『情けない先輩に奢られるお金なんて無い』ってことですよーだ。クレア先輩に奢って貰えるなんて、単純に嬉しいじゃないですか。どっかの誰かさんの奢りと比べて、ねぇ?」
いつの間にか、随分と生意気な後輩になりやがったらしい。
正論だけで人の世が渡れるわけでないと教えてやりたかったが、いかんせんぐうの音が出なさ過ぎた。
顔をそらすだけで勘弁してやろう。
「・・・伊吹、あんたも随分と情けないわね」
「・・・ほっとけ」
クレアの憐れむような視線が刺さる。
「まあ、何にせよ、僕は今夜はパスさせてくれ」
その一言に、ヤンが文句を付け始める。
「おいおい、お前がいなかったら俺だけがいじめられ続ける、語るに悲しい納涼祭が始まるだろ」
「いや・・・、ちょっとな」
クレアがぱっと横に出てきて、不思議そうにたずねる。
「何?今夜用事でもあるの?」
「そういうわけじゃないけど・・・」
「熱でもある?」
「平熱だけど・・・」
「私たちと納涼祭、行くの嫌?」
「そんなわけ・・・」
「そ。じゃ、行こう!」
クレアに急に腕を引っ張られ、そのまま僕はズルズルと引きずられていった。
セントラルまでは、大学の目の前にも通っているメトロに乗って、およそ15分。
本格的に納涼祭が始まるまでまだ少し時間はあるが、既に人でごった返していた。
薄暗い空をバックに、ライトで照らされた屋台の列が映える。
「あー、夏って感じね!どれから攻めよっか!」
テンションが上がったクレアが、待ちきれ無さそうに小さく跳ね始めた。
「うーん、ビールと枝豆」
「却下。今日は子供心で楽しむがモットーです」
「なんだよそれえええ!行こうって提案したの俺だぞ!」
またも始まったヤンとクレアの夫婦漫才。
「エラ、僕はあっちでケバブ買ってくるわ。なんか粉もの頼んでいい?お金はメモっといて。後でクレアが払うから」
「了解でーす」
ギャースカ騒いでる二人を無視し、僕達はそれぞれ欲しいものを買いに走る。
食べ歩きで腹を満たすことも無くはないのだが、僕達四人はかなりの量を平らげるので、さっさと座って腹にたまるものを詰め込んでから行動するのが吉なのだ。
とりあえず、一列をさーっと通り、ざっと値段と量を比較する。
最終的に混み具合も考慮し、通りから数えて三つ目の屋台でケバブを四つ購入した。
パンパンに詰まったキャベツを少しこぼしながら元居た場所に戻ると、ヤンとクレアはまだギャースカやっていた。
近くでちょうど空いた机を見つけ、二人を呼ぶ。
「おーい、食うぞー」
呼ばれた二人は、どちらも肩で息をしながらこちらに来た。
「本当に元気だよな、お前ら・・・。あとエラも買いに行ってくれてるから、とりあえずここで待ってよう」
エラには悪いが、空腹に耐えられそうにもない。
思えば朝から何も口にしていなかった。
「いっただきまーす」
ケバブを口いっぱいに頬張る。
人によってソースの好みは別れるが、僕は断然ヨーグルトソース派だ。爽やかな酸味が、人込みの熱気に当てられた身体に沁みる。
「あー、伊吹先輩だけ先に食べてる!そういうとこですよ、そういうとこ」
ちょうど右手にたこ焼き、左手に焼きそばを買ってきたエラが帰ってきた。
「待ちきれなかったんだ、悪かったって。ちなみにこいつらが食べ始めてないのは、喧嘩のせいでまだ息が整ってないだけだからね」
「喧嘩で息切らすって・・・。確かに子供心はちゃんと持ってますね」
それは皮肉なのか、尊敬なのか。
「そういえば、向こうに射的ありましたよ!後でやりましょうよ!」
エラがはしゃいで言うと、ようやく呼吸を整えたヤンが突然親指を立てる。
「任しとき・・・。射的なら誰にも負けないぜ」
その一言に若干引き気味のエラ。
「えっ、は、はあ・・・。期待してます」
「それより、綿あめは?綿あめは!?」
クレアは文字通りエラに縋りついている。
「え、えええ・・・?あったと思いますけど・・・」
振り回されている後輩に少しだけ申し訳なさを感じながら、僕はヨーグルトソース味のケバブを食べ終えた。
今日中にもう何話か投稿します!




