「行きつけのバーにて」③
「そもそも、どうしてお前はあの日、大学に来てたんだ?」
最後に運ばれてきた焼うどんを平らげ、箸を置きながら、僕はずっと気になっていた疑問を尋ねた。
真衣は机に置いてある紙ナプキンで口を拭う。
「・・・実は一週間後に、陛下がカシハラ大学を訪問する予定があったのよ。お忍びでね。それ関連の調整を、私がしてたの」
「わざわざ・・・お前がか?」
僕が確かめるように尋ねると、彼女は頷いた。
「ねえ、ちょっとおかしなこと、言ってもいい?」
突然、意を決したように、彼女はそう言った。
「・・・もちろん」
グラスについた水滴を、ゆっくりとなぞりながら、彼女はぽつりと呟いた。
「伊吹が助けに来てくれた、あの瞬間ね。私、姉さまのことを思い出してたの」
「麗希のことを?」
聞き直した声は、少し上ずってしまった。
だが、彼女はそれに気づかなかったように続ける。
「そう、姉さまのこと。ねえ、私、気が付いたら姉さまよりも、年上なんだよ今」
返す言葉が見つからなかった。
考えてみれば当たり前だ。
麗希は五年前で時を止めていて、彼女は当時僕と同い年だった。
年が三つ違う真衣は、二年前に彼女の姉の年を越している。
「もし、今まで姉さまが生きてたら、どんな感じだったのかなって、その時思ったの。本当に、漠然と・・・もしそうだったら、みんなもっと幸せだったのかな、なんて」
「・・・それで?」
「分かんなかった。答えを出すのが怖かったし、そんな答えが出る前に、死んじゃえばいいと思ったの」
真衣の視線は、濡れたグラスに落とされたまま、動かない。
「それで、自分を撃とうとしらんだ。・・・忘れてたよ。引き金って、あんなに重かったんだって」
あの時の銃声が、耳に響く。
「重かったの、本当に」
彼女の視線は、動かない。
「・・・助けてくれて、ありがとうね。それと、ごめんなさいは要らないから」
「・・・うん」
僕の頷きは、一体どちらに向けたものだったのか、自分でも分からなかった。
「さてと。そろそろ行かないと、怒られるかな」
真衣はグラスを一気にあおり、空にした。
「そうだ、あともう一つ。すごい身勝手なこと、聞いてみてもいい?」
「・・・聞くだけなら」
困ったように彼女は笑った。
「王宮に、戻ってみる気はない?」
ある程度予期していた質問で、そして、自分の答えはもう決まっていた。
「・・・ない。真衣、今の俺では、戻れない」
きっと、真衣もその答えを分かっていたんだろう。
頷いて、そのまま彼女は扉を開けて出ていった。
それを見送りながら、すっかりぬるくなったジンジャーハイを口に含む。
「・・・マスター、グラスゆすいでくれない?」
壁に持たれながら、端末を見ていたマスターは、新しいグラスを僕に手渡した。
「ありがとう」
そう答えると、マスターがおもむろに口を開いた。
「なあ、お前さん。すごい聞きにくいこと、聞いてみてもいいか?」
「おいおい、マスター。客の個人的なこと探るのは・・・」
「・・・いや、そうじゃない」
「え?」
思わず、顔を上げる。
「彼女のお代・・・貰ってないんだが」
そういって、マスターから皿うどんで〆られた、一枚の長い伝票が僕に渡された。
「・・・!?」
慌てて外に飛び出てたが、もう人っ子一人いなかった。
夏なのに、頬に当たった風は冷たい。
「嘘だろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?!?!?!?!」