紙切れ物語 ー10年後の私へー
長編の息抜きに、ぱっと思い浮かんだ情景と、物語を書いてみました。
さくっと読めると思います。
拝啓、十年後の私へ。
あなたは今、どんな人生を歩んでいるでしょうか。夢だったパティシエの道には行けていますか?
ううん、きっと私の事だからすぐに飽きちゃって、他の事をしているでしょうね。でも、どうか今の私よりも幸せな毎日を過ごしている事を願っています。
「私にも、こんな時代があったんだな」
久しぶりに帰った自宅。その寝室にある収納棚の奥の方に雑に仕舞われてあった一枚の紙切れ。それは十年前の私が、今の私に宛てて書いたものだった。まぁ、まだ七年しかたってないからフライングになっちゃたけど。
「パティシエ。なれないって分かってるのに、こんなこと書いてたの覚えてるな」
何故なら、私の家庭は高卒就職主義だったから。専門学校なんて行けれない。当然、視覚など取れない。働きながらなんて、私には無理だった。
じゃあ、素直に就職したのかって言えば、そうでもない。家を出て、色々なバイトを掛け持ちしてお金を貯めて、独学で勉強した。そして私は今、たった一人で小さなケーキ屋を経営している。
「ちょっと、フライングになったけど……」
おもむろにペンを執る。正直、自分でもバカだと思う。二十五歳にもなって、過去の自分宛てに手紙を書こうとしている。
拝啓、七年前の私へ。
少し早めに読んでしまいました。お詫びに、あなたへ返事の手紙を書いたので、許してください。それから、嬉しいご報告があります。
私は今、きちんと一人のパティシエとしてケーキ屋を営んでいます。
売り上げはそこそこですが、いろんな人が、いろんな思いを胸にケーキを選びに来るのは、とてもドラマがあって楽しいです。
……でも、これは私が勉強を頑張った事だけで掴めた物ではありません。
どうせ、なれっこないと思いながらも、幼いあなたが夢を持ち続けてくれたから、私も諦めきれないまま家を飛び出せたのです。
あの時に、仕方ないと思わず、大切に『夢』という可能性を、私に残してくれたあなたのおかげです。
心より、感謝しています。
「なんて馬鹿なことやってるんだろう」
届かない筈の手紙。でも、それでもいいんだ。届かなくっても、形にしたい思いは形にしなくちゃ。
お客さんたちがケーキに込める想いだって、謂えない部分の気持ちだってあるはずだから。私も、私へ。ちょっとだけ感謝を込めたっていいじゃん。
「明日からは、もっと頑張ろうかな」
私はベッドに横たわり、眠りについた。
最後まで読んでくれてありがとうございます。
長編作品のほうも、よかったらお読みください。それでは、またどこかのタイミングで
短編でもお会いしましょう。
ちなみに、主人公の名前は、ユビキリ アサミです(笑)