VSメイラー
それは、全くの不意打ちであった。野営中に襲いかかった火焔竜をどうにか倒し、一息ついたその瞬間--頭上から、女が降ってきた。
「……ったく、私の部下どもを可愛がってくれやがって……」
かなりの高さから落ちてきたであろうに、女が怪我をした様子はない。赤褐色の肌を惜しみなく外気に晒す女は、赤い長髪をなびかせていびつに笑う。
その態度と口ぶりからして、女は火焔竜たちの親玉であろう。それにしては竜らしき箇所は見当たらないが、上級魔族は外見変容魔法を使う。未知数だが、かなりの実力者であることに違いない。
「も……申し訳ございません、メイラー様……」
女を見た竜の一匹が、体を竦ませる。襲いかかってきた時とはまるで違うしおらしさだ。
竜の口にしたメイラーという名前に、山口らは聞き覚えがあった。この世界に召喚されるきっかけとなった今代最強の魔族、時期魔王候補の一角だ。これまで戦ってきた相手とは格が違う。
「エレ、あれって……、……エレ?」
押川が質問しようと語りかけても、エレは何も答えない。不安を覚えて目のみで振り返ると、エレはこれまでに見たことがないような険しい顔をしていた。
何もかもがこれまでと違う不安感で、誰も動けないままでいると、痺れを切らしたように女が立ち上がる。女が片手をまっすぐ掲げると、その掌に頭ほどの大きさの火球が生まれた。
「……そっちが来ないんなら、こっちから行くぜ?」
そう女が呟くと同時に火球が爆ぜ、無数の火の玉が円形に飛び出してくる。すかさず召喚した女王様の鞭やマッチョの肌で防ぐが、その直後、女は三木の目の前にいた。
「遅ぇなぁ……こんなのにあいつら負けやがったのか」
「三木!」
腹部に蹴りを叩き込まれ、三木はそのまま宙へと浮かび上がった。すかさずマッチョが受け止めるも、気を失ったのか手足はだらりと垂れている。マッチョが消えていないところから生命に直ちに影響はないようだが、全く安心できる状況ではない。
女との距離は、ざっと5メートルほど。この程度、女にかかれば一瞬で詰めてしまえるだろう。
「……『召喚』ッ!!」
押川が叫ぶと同時に大小様々な獣が現れ、4人を守るように囲む。女は一瞬動きを止めたが、自分の方が速いと理解したのであろう、最も近くに立っていた山口へとまっしぐらに突っ込んでくる。
女の掌が山口の喉に当たり、そのまま持ち上げられーーかけた瞬間、パアン、と何かが爆ぜる音がした。
「ア"……ッ?」
これまで傷一つつかなかった女の腕は、肘から先が消えていた。困惑し固まる女に、背後から鞭が襲いくるが、それは間一髪のところで躱されてしまった。
飛び退いた女は自身の傷口を見つめるが、肉はピクリとも動かない。即座に回復しない理由に思い当たった女は、憎々しげに山口を睨む。
「てめぇ……魔符使いやがったな、それも上等の……」
「ダメ元だったが……効いてよかったよ」
女の顔にひびが入り、切れ目から橙色の光がのぞく。導師の力がこもった魔符は、想像以上の力を発揮したらしく、動きもやや鈍い。
しかし敵もさるもの、山口の喉元に隠されていた魔符は効力を失い、ボロボロと崩れ落ちる。場に緊張感が走るが、しばらくのにらみ合いののち、女はくるりと方向を変えた。
「……はぁ、想像以上にめんどいな。今日のところは見逃してやる……が、一つだけ聞かせろ」
「は……?」
女の気まぐれに3人は目を丸くする。分が悪いと思わせられたのだろうが、あまりにも引き際が鮮やかだ。
女の視線は山口らではなく、離れて立っていたエレに向けられている。その目つきには、単なる敵意以外のものも混じっているように見えた。
「……なんでてめえがそっちに居やがんだ、イレアノーレ」
ーーエレは、何も答えなかった。