02:被召喚
さわやかな水音に山口が目を開けると、黒い枝葉に縁どられた、満天の星空が飛び込んできた。これまで合宿で行ったどんな山奥よりも美しいそれに、呼吸をすることも忘れてひたすら見入る。
あまりに唐突な光景に、山口はこれが明晰夢だと考えた。このところあまり眠れてなかったからなと自分を納得させ、ゆっくりと立ち上がった。
山口は二、三メートルほどの高さの木に囲まれた場所に居た。よほど深い森の中にいるようで、木々の隙間に目を凝らしても、外に何があるかもわからない。振り向くとそこには泉があり、翡翠色の水面に青白く輝く水蓮が浮かんでいる。泉は月光に照らされ万華鏡のようにきらめいて、絵本の一ページにありそうな、幻想的な光景だった。
「この前見た映画で、こんな場所あったな……」
別世界の眺めにテンションの上がった山口から、鼻歌が飛び出す。すると遠くから低い唸り声が聞こえ、背筋の凍る思いで振り向くと、先ほどまで一緒にいた三人が横たわっていた。
「え、お、おい……お前たち……?」
恐る恐る近寄ってみると、みな穏やかな寝息を立てている。問題がなさそうなことに安堵しつつ揺り動かすと、顔をしかめつつうっすらと目を開ける。
「ん、ぶちょう……?」
眠たげに目をこすりながら、児島たちが起き上がる。少しして完全に覚醒した三人と状況を整理しようと、山口が口を開いた瞬間――
『……――全員、お目覚めのようですね』
翡翠色の泉の上に、物音ひとつ立てず、少女が突如現れた。
雪色の髪は重力に逆らうようにたゆたい、白百合の如く華奢な体は、青のドレスに包まれている。羽こそ見当たらないものの、さながらファンタジー世界の妖精であった。
理解の範疇を超えることの連続で限界を迎えた山口たちは、ただ呆然と立ち尽くす。彫刻のように固まった彼らを見て、氷のような美貌の少女は、ぽつりぽつりと言葉を紡ぎ始めた。
『えー……、私はエレ=マフィンドーレ……。あなたたちの文化で言うところの……精霊、妖精……そのようなものです』
「……、ぇ……」
『現状を端的に説明しますと、ここはあなたたちのいた世界とは異なる、異世界です。けして夢ではありません。……そして、あなたたちをこの世界に召喚したのが私です』
精霊、妖精、異世界、召喚。ゲームのような単語の数々に、現実味が遠ざかる。淡々とした語り口には誰も口を挟めず――
『――あなたたちには、そのエロ本で戦ってもらいます』
「何て?」
山口から、思わず声が出た。