01:エロ本との邂逅
緑に囲まれた男子校、私立帯野高校。一学期の最終日は、学校中が開放的なムードに包まれていた。
この夏の予定表を頭に浮かべはしゃぐ者、大会に備え気合を入れ直す者、純粋に学業から解放されて喜ぶ者。程度の差はあれ、ごくごく一部を除いて、歓喜に満ちあふれていた。
……そして、そんなごくごく一部のうちの4人が、冷房のいまいち効いていない化学準備室にて、居残りで大掃除をさせられていた。
「……ぶちょ~、暑い~、もう帰りたい~」
「ぐちぐち言うな! お前らが持ち込んだお菓子に虫が湧いたんだろ! 巻き添えくらった俺が一番帰りたいわ!」
モップの尻に両手と顎を乗せてため息をつく一年生、三木敦が延々とこぼす愚痴に、天文部部長の山口隆司が雑巾を握りしめて噛みつく。
帰り途中に激怒した学年主任に捕まったとき、受験生で、いまが追い込み真っ只中である山口は自分が無関係であることを必死にアピールしたが、怒髪天の教師には一切通じず連帯責任として居残らされている。
「まーまー部長、そうカッカせずに。あ、ゼリー食べます?」
「お菓子で怒られたんだから少しは自重しろよ! てか働け!」
お菓子をみっちり詰め込んだボストンバッグを傍らに漫画を読むのは、二年の児島祐樹。お気楽な彼には教師の雷もどこ吹く風で、先ほど片したばかりの机の上は、あっという間に食いカスで汚染されてしまった。
この室内に置いて、山口の味方は同級生かつ友人の押川稔のみ。推薦が決まって余裕のある彼は、なぜか部屋の奥にある段ボールの山に着手していた。
「押川~、そっちもいいけど先にこっち手伝ってくれ……。そん中の、OBが置いてった物だろ……」
「えーでも、真田先生がついでに整理してくれって……」
余りにものんきな声に、山口はめまいがした。掃除開始からもう30分が経過するが、片付くどころか悪化している。自分一人で帰ってしまいたいと何度も思ったが、外に待機している学年主任に内申点で脅されてはそうもいかない。
みけんに力を入れすぎたため、山口の頭痛がひどくなる。眼鏡をずらして揉みこむと、落ち着くと同時に自信の置かれている状況の情けなさが響いた。
「もういっそ、お前らをゴミに出したいよ……」
「えーひどい、祐樹先輩と違っておれは頑張ってるのに!」
「形にならなきゃ頑張りじゃねーんだよ! お前の掃除した面積1㎡も無いだろ!」
山口の言葉に、三木はあからさまにぶんむくれる。本当に高校生かと疑いたくなる幼さだが、その単純で素直なところがかわいらしいと特に年上にウケているらしい。
しかし一刻も早く帰りたい山口には通じず、ため息をより深くしただけであった。
「……もういい、お前押川の方手伝ってこい。その方が早く終わる」
「はーい。……稔先輩、おれ、こっちやるね~」
まったく戦力にならない三木はもう存在しないものとして、掃き掃除よりは段ボールに人員を裂いた方がいいだろう。そう判断した山口がふたりに背中を向けてしばらく、突如大きな物音がして慌てて振り返ると、変色した段ボールのいくつかが崩れ落ちていた。
「ど、どうした! 大丈夫か、ケガは!?」
「あいたた……。上のが崩れちゃった……」
慌てて二人を引き起こすと、ところどころ赤くなっているものの、大きな外傷は見えない。安心して崩れたものに視線をやった山口は、そのまま硬直した。
「え、部長、どうし……」
「山口……? …………」
助け起こされた二人が疑問に思い振り向くと、同じく言葉を失った。
急に静かになった彼らを不思議に思った三木が立ち上がり、山口の肩越しにのぞきこむ。
「…………あ、エロ本だ」
そこには山のように積み重なった、新旧ジャンル様々なエロ本があった。
三木の言葉にようやく正気に戻った三人は、恐る恐る手に取ってページをめくる。
「おぉ……。な、なんで学校にこんな……、すご……」
「……先輩の置き土産かも……うえぇ……」
あっという間に、全員座り込んでの読書会が始まった。蒸し暑さも埃っぽさも忘れ、ただただページをめくる音が部屋を埋める。
5冊目を読み終え、次を探していた山口は、一冊だけこの光景に不釣り合いな本があることに気付く。上質そうな赤い皮のカバーのそれは、広辞苑のように分厚いが、持ち上げてみると異常に軽い。
「ん……? 部長、なんですかそれ」
「いやわからん……。これもエロ本なのか……?」
試しに数ページめくってみるも、ミミズののたくったような字が何を表しているのか、さっぱり理解できない。
いままで見たこともない文字に山口が見入っていると……――突如一室は、強い光に包まれた。