第1話 始動
今日もグリフィス王国は快晴だった。
王国には四季があり、今は春にあたる。
そこら中に木々の芽が出始め、花の蕾がほころび出した。
新年度の体制が整い、色々な部署で新しい風が吹き出している。
美しい季節だった。
ソフィアは、ジョシュアを伴い颯爽と王宮内を歩いていた。
魔法おたくと言われるだけあって、仕事はできるのだ。
その手腕に重鎮も唸るほどで、ソフィアは簡単に問題を片付ける。
彼女の縁談は、全て彼女の意思によって破談になった。
隣国の女王になるなど、考えるだけでゾッとする。
相手がどうこういう問題以前に、
自分が王族の義務を果たすためだけの存在になることが
どうしても耐えられなかったのだ。なぜ王族の義務と仕事を両立できないのか
さっぱり分からなかった。
父である王は頭を抱えていたが、母はコロコロと笑い
まあ良いではありませんかと、とりなした。
もう婚姻で国の力を維持する時代は、終焉を迎えるのだからと言うのだ。
縁談が持ち上がるたび、ジョシュアは震え上がった。
ソフィアが、他の男の妻になるなど想像もできない。
彼女は王族で、縁談が持ち上がる事など普通のことなのに
身を切り裂かれるほどに痛みを感じ、寝られなくなる。
そんなジョシュアにソフィアは事も無げに言うのだ。
「ジョシュ、縁談は断った。お前は私のそばに居るのだ」
その美しい笑顔に、ジョシュアはソフィアを諦めることができなかった。
行ける所まで、共に行こう。ジョシュアは将来を心配する事をやめた。
そして心配を振り払うかのように、
仕事と自身の身体を鍛える事に没頭していった。
実際、ここ何百年も戦乱は起きていなかった。
皆、賢くなりそんな事をするより、国内の力を磨き
幸せを国民に与えてこその王族なのだ。
どの国の国民も、自分達を幸せにしてくれる王族に敏感だった。
要は尊敬されなければ、国は衰退する事になっていると言う事だ。
隣国の王子達は、ソフィアの変わり者っぷりに気がつき
今や、縁談の申し込みはなかった。変わりに増えたのが
ソフィアの魔法に関する研究を、自国でも広めたいと言う
申し入れだった。ソフィアは父と相談しながら、
何をどこまで隣国に伝えるか、悩んでいた。
ジョシュアは執務室に入ったソフィアに、
次々と確認しなければならない書類を出し、
決済を終えていった。時々、質問をされるが、それにも的確に答えていく。
他のものでは、ソフィアのスピードについていけないので、
結局ジョシュアが、常にそばにいる事になるのだ。
仕事中は、さすがにぞんざいな物言いはできない。
ソフィアの呼び名は大臣閣下だった。
そろそろ書類に飽きてきたソフィアに、ジョシュアがクギをさす。
「閣下、休憩までは後30分あります。それまでに5件、目を通してください」
「ジョシュ……、飽きた……」
「そうですか。閣下、次はこの書類です」
こんな上司達のやり取りを、他の近侍や部下は微笑ましく見ていた。
結局、大臣閣下を御せるのはジョシュアしかいないのだ。
ソフィアの信頼を一身に受けるジョシュアは、
周りがそう思っている事に気が付いていなかった。
ソフィアの近侍と部下は、全てジョシュアの補佐にまわっていた。
それしか円滑に進める方法がないのだ。
その近侍達が、休憩のためのお茶やコーヒーを持ってきた。
ジョシュアはソフィアのためだけに、コーヒーを入れる。
食べ物や飲み物も、ジョシュアからの物しか受け付けなかった。
いや、他の者でも食べたり飲んだりできるのだが、決まって一言ついてきた。
首を傾げて、問うのだ。
「ジョシュは、他の仕事があるのか?」
皆、驚愕していた。お茶の入れ方もコーヒーの入れ方も
ジョシュアに習って入れているのだ。
……閣下……なぜ、分かるのです……?!
こうして、よっぽどのことがない限り、ソフィアの全てを
ジョシュアが面倒みる事になったのだ。
そのコーヒーを口に運び、にっこりと休憩を楽しむソフィアに
部下や、近侍から声がかかる。
ソフィアは堅苦しい事を嫌い、いつでも誰でも自由に話す事を望んだ。
市政の世間話、新しくできた店、流行っている食べ物、
なんでも話を聞きたがった。
今日は、新しくできた花屋の話だった。
「閣下、とても珍しいお花があるのですよ」
「そうそう、花びらが真ん中にあって花芯がそれを取り囲んでいるのです」
「何でも山奥で生息するものを、栽培に成功したらしいですよ」
ソフィアは喜んで、身を乗り出した。
その瞬間、背後からジョシュアの腕が伸びカップをとる。
喜びすぎてカップから手を離したのだ……。
みんな笑いながら、さすがジョシュア様と言って感心していた。
ジョシュアは、何事もなかったかのように言った。
「閣下、カップは手を離したら落ちるのです」
そんなジョシュアにソフィアは、優しく笑うのだ。
「私にはお前がいるから、何かに夢中になっても大丈夫だろう?」
それは皆には、幸せそうな笑顔に見えるのだった。