第七章 「朋輝と始まる暗雲の気配」
『何事も自分が及ばないとイヤになる時が上達する時なんだぜ』
剣道道場は今日も稽古の日。梅雨時に差し掛かりつつあり湿度が高い。
「先生の言葉ですか?」「いんや江戸時代の浮世絵師の言葉」「はぁ」
どうにも今日の朋輝の剣が冴えない。そんな中の師・雲間早雲の言だった。
「……たしかに今日はちょっと、ですね」「いんや。ここ最近だ」
「え……」早雲は不器用な人間性もあり、表情も考えも読み辛いのだが、
「色んな事をしょい込み過ぎて迷いが増えとるし……あとてめぇ」
指を指された――「おめぇの中――何か、あるだろ」息をのむ。
朋輝の中の異物に気づき、目が光る師。見抜かれていた。
「それは……」
気配はしていた――アイレと繋がっている、その盟約に眠る何か。
言葉にも形にも出来ないが、それを気取られるとは。
「…………ふん。てめぇでも解らねぇってか」朋輝は無言で肯定する。
対面で座す師が渋面とも諦めともつかない表情をした。
――朋輝は冷や汗をほとばしらせる。
「太刀も人も同じよ。迷いでブレると道が狭まる……その中のモン、
てめぇで飼い慣らせねぇと終わるぞ」正鵠を射られている。
「……今日は上がれ」今日の修練はそこで終わった。
だが去り際に師は現れ、付け足す様にぼやく――
「ま、俺っちが追い詰めちゃぁ駄目だな。けけ、気を抜く時、
力を入れる時を自分で見極めろってこった」自分の腕をぽんと打つ。
「若ぇて事はチカラだ――いいか。失敗は一杯しやがれ、後悔もあっていい」
「いっちゃん大事なこたぁな――■■○△……」
その、続く言葉に朋輝に(そうか……)と首肯し、一礼をして退出した。
■
道場を出て街へと戻る――。
今日の土曜は学校はない。朝練のような稽古ゆえまだ昼だ。
「……そういや、ここ稽古の時は雉子が迎えに来るよな」
時間を護るタイプなハズ――そう思考していると、
どくん。「――ん」指輪が疼いた。うっすら光っている。
この指輪がこんな反応をしたのは始めてだ。「何だ……何か起きるのか」
「……いちばん大事なこと……」胸騒ぎがする……――朋輝は動き出した。
「あいつよくこのコンビニで時間潰すよな」……そう思いながら
自転車を置いて入店した。
「いないか――……」店内にそもそも客が少ない。
ぞわ、という寒気が走った。「何だこの怖気……」虫の知らせか。
思わずRINEでメッセージを送る。電話もかける。メールも送る。
まるでストーカーだが、黙ってても寄って来る奴が沈黙しているのが怖い。
すると――、
「ソラ姉?」店内からよく見た顔を見かける――しかも様子がヘンだ。
稚子のこともあるが(悪い知らせがこうも……)店を飛び出した。
向こうはまだこっちに気付いてない、信号待ちのフリして迎える。
逢うなりすがる様に飛び付かれた。危うい。ここはコンビニで休ませよう。
質問をされる、太陽と月子の二人は覚えてるよね?……と。
(……このタイミングで。あの参事を思い出したのか……!)
凄惨な事故で幼馴染の二人を失い心を壊した従姉弟の姉。
自分がいま教えてよいものか……踏ん切りがつけず、言葉を濁してしまう。
その内ソラは落ち着いてきたのか”予定がある”と先に出ていってしまった。
(本当に済まない。今は雉子が気になるよ)心底で詫びると自転車を走らせる。
■
「不知火さん?――あ、そうか。ソラ姉の用事って模型部の買い物だっけ」
教室で恋縫にそんな話を聴いていた。全国大会の為の買い物の日。
稚子は模型部ではないが、もしかするとそっちに同行しているのかも。
……どうしたものか、と迷っているうちに通信機が反応した。
『朋輝か……ソラ達がドコに買い物の集まりに行くか知らないか?』
何故そんな事に興味を?と訝しむが、事情を訊いて納得した。
連戦の疲労。
たしかに、ここ数週間での機械種との連戦は傍目から見ても厳しかった。
生気を吸う様な激戦。それなのに王子は説教がてら、どうにも踏んではいけない
過去を踏み抜いてしまった。ソラは激怒し、飛び出したのだと。
「全く……余計な地雷踏んじまったな王子」『うむ……無策であった。面目ない』
知らなかったとは言え……少しムカついた朋輝だったが、
非礼を詫びる位には心があると感じた。
「駅前のショッピングモールですよ……不知火さんも来てるのでもしかすると
雉子もそっちにいるのかもしれない。自分も今から向かいます」
――それはソラが過去を取り戻し、主人公へと目覚める運命の日でもあった。
それは無縁ではなく、非情な――朋輝にも運命の一日が始まった。
■
結果から言うと雉子は居なかった。
駅前ショッピングモール。陰から模型部の集まりを見守るも、ソラの機嫌が
直ってる位しか確認できない。「……不知火さん達に任せるしかないか」
ふと、ゲーセンに琉左を見つける。先日の謎の言葉が浮かぶ。
(……いや、琉左は関係ない。余計な詮索は、今は無しだ……)
その場を離れることにしたのだった。
「何処に行けばいい……」
男にも女なみの第六感があればな――雉子の安否が気にかかる。
王子も白い巨人を近場に隠し、このショッピングモール界隈の繁華街に向かって
いるらしい。恋縫も随伴するだろうが、ソラ姉と破綻しない事を願う。
「ちぇ。騒がしい奴がいないだけで――こんなにも気になるってか」
いなくなった途端に人の価値が浮き彫りになる。そんなのをTVドラマで視た
覚えがある。「男の独占欲だとしたらみっともない……」毒づく朋輝。
「――モキモキ、やっぱり居た」
「え?……アイレか」今日はデートの時の服ではない。いつもの洋服だ。
あのデートの日から数回逢ってはいるが、
アイレの口数が妙に減り、いつも何かを想い巡らせているかの様で朋輝も
少々困惑していた。ここは非常階段の踊り場だ――人がいない。
「なんで、この場所が」「うーん、それなんだけど」と言いつつソレを指す。
「これ、指輪?」いつの間にか指にはまっていた謎の指輪だ。
「うん。朋輝どこ?って想ってたらなんか感じたの、不思議」
ぴり、と頭痛がまたする。目眩がする――まただ。あの銀の髪の存在。
銀アイレとは違う何かの存在。この指輪、あれと関係があるのか。
「朋輝――、雉子ちゃん居ないのね!」
アイレの言葉にはっと外気を感じた――そうだ、今はそれが重要だ。
「そんな事も判るのか」「うん。すっごく都合がいいんだけど、なんか
指輪から朋輝の念みたいなの感じたの、稚子を感じないって。
だからフラフラ~っと彷徨ってたらここにね」
この指輪、実は天威に関わる者にしか見えないらしい。やはり何かあるのか。
「都合よくて助かる。そのまま今度は雉子の念を探し得るか?」
目を閉じ、アイレは試してみる――「むむ、むむ……よよ!?」
「見つけたか!?」
「――誰よよこの女!?」「え」……なんかアイレ、怒ってる?
むー、むー、と唸る。むぐぐとしゃがみ込む。
「お姉さん?」その一言に朋輝も気付く。「あぁ、従姉弟の姉さん」
「なーーんだぁ」ぺかーっと満面の笑み。理解できてよかった、のか。
「いや駄目!誰よこの姉」「……そこで元に戻ります!?」
「あ、あのな……従姉弟の姉さんが今」「えー何か目線がエロくてヤ!」
「こんな事してる場合じゃねーのにな……」
「――さて、そのじゃれ合いもそろそろお終いにして貰えますかね」
モールの階段の上、誰かが居た。
髪の長い銀色の長身の男。背広からしても大人だと一目出来るが。
「……!?」朋輝は咄嗟に声が出ない。
「だれ――人じゃ、ないね」
アイレの眼光が光る。「……人型の機械種なのか?」朋輝がうめく。
「機械種だけど……アレは人型が仮の姿――多分朋輝は知ってる」「なんだと?」
「機械種。その呼称は人間側の勝手な呼び名ですが……まぁお久しぶりですね」
さすがの朋輝もだんだん状況が読めて来た。
「――まさか……てめぇ、あのオオカミかっ!?」
「この国だとそんな発音になりますね。独逸語のヴォルフがいいのですが」
「オオカミ型……そんな姿で来て、まさかここで決着つける気か?」
「いえいえ。あのメス個体を景品に愉しい舞台でひと勝負してみませんか?と
いう優し~い誘いです」飴玉を挿し出すかの様な軽いノリ。
「メス……メスだと。テメェ、まさか雉子の事か!?」
「チコ、そういう個体名でしたね。あぁ、よく喋るんで優勝杯に
なってもらってます」長い毛の先をくるくるこよりにしながら。
「トロフィー?景品だぁ?意味がわからねーよ。いいから出せ、雉子を戻せよ。
俺達の闘いに雉子は関係ねーだろクソ犬が」
「いけませ~ん。だからご優待しています。ご一緒して頂ければ逢えますよ」
「何言ってやがる……何故てめぇに従わねぇといけねえ。クソが……ッ」
「朋輝……」アイレも止められない。
「――ふむ。いい怒りの感情ですね。動物よりも人間種の方が解り易い。
怒りと哀しみは感情のふり幅が広い。研究し甲斐があります。
正常な選択を逸し、致命の悪手を生みやすいのにその非合理な原動」
なんだか愉しい玩具を見つけた様な興味の目。さらにイラつかせる。
「合理が私の好物です。でも非合理を研究するのもね、大好~物☆でして」
くるりと反転。教師の様に高説たれる。
「残務処理とは違うのですがね、わざわざ北米から派遣されまして。
貴方たちの困った所業の処理をさせられていたのです。
もっと簡単に処してしまえば好かったのに回り道をさせられまして……
なんて非合理、非経済。ぶっちゃけ、もー飽きましたぁ」
つまんなーいというゼスチャー。「あ。すみません愉悦の表情忘れてました」
「あ”!?」朋輝の怒気が強まる。
「朋輝、駄目ぢゃ。あやつは怒らせて自分と同じ舞台にあげたいだけ」
「……っ?」銀アイレの様な嗜め。少し冷静になれた。
「――レベルの低い兆発でクソに堕ちる訳にはいかないか……いいぜ
案内しろ。勝ってやる」「お……?」さすがのレアンも遊興が止まる。
顎に手をやり値踏む狼。むふンフ~と、とてもご満悦だ。
「そう来なくては!」ぱん!手を叩き破顔一笑。今度は表情あってますね、と。
そしてゆるりと歓迎の会釈。舞踏会へ誘う紳士を模しているのだろう。
「では、来るべき舞台と演出へと貴方と貴女を招待いたしましょう――、
余計な邪魔が入らないうちにね。私は合理で貴方を潰します」
狼はウインクなぞして見せる。朋輝は見ないフリをした。
こういう修羅場に慣れないアイレは右往左往するのみ。
「大丈夫だアイレ……俺はアイレに無事雉子を逢わせてやるって」
肩に手をやる「う……うん」しかし朋輝の表情が怖い。行かせていいのか。
――稚子を賭けての、オオカミ型との戦闘が開始されたのだった。
ここから慎重に進めます。ご容赦!