第二章 「朋輝と迷う夏めく風」
――桃色と、銀色の――、二人の少女。二つの灯火。
「……あーぁ、結局。こうなっちゃうかぁ」
「結局いうな、まぁ、同じ男に惚れた弱みぢゃて」
目の前にそびえ立つは雄々しき神威の御姿――。
ほぼ全身が本来の形に近い状態に戻っていた。二人の少女が望んでいたハズが。
だがその核は、望まない――一番遠しき状態に染まっていた。
「アイレはやっぱ好きだったのかな」「もう認めい、我とそなたは両面鏡ぢゃ」
手を繋ぐ。
どちらから?――どちらとも?……それは、もはや絆というか、
元から一つであったかの様な既視感。本当にそうであったのか。もう想い出せない。
「じゃ、救おっか」「そぢゃな」
握る手が強くなる。互いが、互いの心を繋いで救いに出づる。
「まるでコンビニ行くみたいだ」「始まりは、コンビニだったと聴いたのう」
「怖くなった?」「怖いのか?」
二人とも笑顔だ。
さて――彼女たちは思い返す。何故、こうなってしまったかを。
桃と銀の花びらの――始まりと終わりに揺れるさまを。
■
「朋輝よ。おめぇ”気”の質が変わったな。何かあったか?」
「……そう、視えますか」
朋輝は正座で精神集中。その正面に如何にも堅物そうな老人が鎮座ます。
ここは剣道道場。朋輝やソラの小山ひとつ裏手にあって隠れ家の様な古民家だ。
朋輝は小学生終わりに拾われ、月に二、三回ほど通う様になっていた。
「……何かあったか?」「まぁ、色々ほどほどに……」
巨大ロボに動物と昆虫型メカに自分も変身ヒーローまがい、ほどほどでもなかった。
「女難の相がでとるな」「いつもの適当でしょう?」
「まぁそうだな。だが俺っちの勘は正鵠を射る。……なんか女どもがお前を
心配しすぎて右往左往ってな。悪寒が走るぜ。朋輝は、もっと……」
「老人の長話になります?」「おっめボケ、そゆトコ嫌われっぞ!ははー!」
ぶつぶつ噛み砕く。口調が荒いがいつものことだ。これでも陽気らしい。
こう、勘で諭すクセがあり、流言飛語と一蹴してもいいのだが
割と当たる時もあり、混ぜっ返しもありで、朋輝は話半分で訊くようにしていた。
「お孫さんはどうしてます?」「あの堅物は、まぁいつもの裏山だ」
「似てますよね、孫と」「どこがじゃい!」そこが、と言えない朋輝であった。
基本の素振り。段取り。気温が高くなってきて大層に汗ばむが、
人里離れた山あいなせいか適度に涼しくて身体を動かすにはいい。
蹲踞の姿勢。片膝を立て片膝を床に着ける古風な方のだ。
一礼して今日の修練は終了となった。
「おめぇ、ウチの孫とかどうだ?」「は?――アレ?」「アレ。孫娘」
朋輝にヴァイオリン教えた張本人。とかく美人だが無口で性格が読めない。
「は……アレは俺を嫌いなんじゃ?」とにかく陰キャなのか遠目でよく観られる。
「へ。アレは解り辛いだけだ。氷山の一角で心は掴み辛ぇ、そゆもんよ」
「氷山の下に何が眠ってるんスか」「俺っちも知らねぇ」「ですか」
互いに苦笑して、家族の人が持って来た麦茶の労いでお開きとなった。
「ま、しょい込み過ぎんなよ――そいつが言いたかったのよ」
剣道の師は送り際にそう――団子片手に諭してみせたのだった。
■
道場を出て、外気を吸ったその時――、
「……あ、れ」
一瞬、また銀色の人影が視えた――雑木林の向こうに。(また……?)
詮無い問い。
しかるに、湿り気帯びる夕刻の大気に朋輝の意識は沈んでいったのだった。
「……朋輝、朋輝!」「朋輝、しっかりしなって」
目が覚めるとソラがいた。その自宅の居間のソファーの上で朋輝は目が覚めた。
ちらりと横目に王子と雉子を確認、すこぶる事態を察した。
「稚子ちゃん有難うねー、ほんっと気のつくえぇ子さ」「いえいえ~」
(あ――道場でたら王子にソラ姉の話の続きするって約束してたな……)
王子が異変を察知し松葉杖の練習と称して外出、稚子と居合わせたので
ソラも呼び、女子二人で肩で担いで帰宅したのだと後で聴かされた。
ソラは制服姿のままだ――帰宅の前に王子が呼びつけそのままなのだろう。
「稚子ちゃん。コイツこゆ事よくある?」「最近、少し」稚子は漏らして語る。
(バカ、そこは正直じゃなくていいんだよ)
身体の異変、連戦のツケが来たのだろう事は推測が出来た。
「剣道やってから結構身体付き良くなった思ったけど、まだまだ少年なのかなぁ」
ちっちゃい頃はほんにガリガリのもやしっ子だったのに~ホホホ、とソラ。
「朋輝、何にでも熱上げると無理しすぎちゃうんです。疲れ易いのかもですね」
「あ、知ってる。遅筋――疲れやすい筋肉って奴っしょ、漫画でみた~」
そうかそうか~と妙な合点してくれて朋輝は「かもなぁ」と合わせる事にした。
「そだ。飲み物切らしてた、ちょっとコンビニ行ってくるから
稚子ちゃんと王……、往々に診てやってよね~」
王子に髪留めを指さし”何かあったら呼んで”と合図しながら外出してゆく。
「えーと、王子さま改めて宜しくです」稚子は王子に頭を下げる。
「善い。朋輝に何かあったらソラが暴れる。こちらこそ助力に感謝の極みだ」
こくりと頷き、ここぞで謝辞を述べる。雉子も朋輝も王子に少し好感を持った。
「……ふ、しかしソラの奴も、朋輝も雉子も俺の事見えてるとは思うまい――して」
「…………」冷えタオルをかけられた朋輝は無言だ。対岸に座る王子。
「お前、身体に何かあるな」「王子さま、それは……!」
「それ以上は、……勘弁して、では駄目ですかね?」
ふむ?と王子は顎に手をあて値踏む。
「ソラの奴はどうにも天威の血が濃い。たぶん従姉弟のお前にも、しかしこれは」
「頼みます」「見過ごせはしまい」
無言のつばぜり合いが続いた。おしゃべりな雉子も流石に横やりは入れられない。
「ドロスィアに汚染された人間を幾ばくか視た――手遅れがそもそもだったが」
「……っ」緊張が走る。その先は、言って欲しくはない。
「――と、ソラが呼んでる。まぁよい。よくは無いが」「え」
王子は天を指で指す。「ヤツラが来たな」敵だ――そう言う所作だ。
すると雉子に向け「稚子よ、予備で作っておいた通信機、そなたにも渡そう」
「え?いいのですか」「朋輝を救ってくれた礼では安いかい」
「いえいえ!絶好調に最高です!」「コラコラ」朋輝のツッコミにも
雉子は意気揚々と両手でふぁさっと受け止める。「イひ、朋輝とお揃い!」
王子は通信機をオフにする――「ペロォ級だ。何とかなろう」
王子は松葉杖で器用に立ち上がる。シミァン型で無くて助かったと。
見れば、帰宅間際のソラがそのまま外付けのハシゴで直接屋上の白い巨人へと
向かっているさまが窓から見えた。
「わ。うわーソラ先輩、パンツ丸見え!」「「そ、そこは観てやるな」」
朋輝と王子の声がハモって雉子が吹く。「ソラ姉、自己評価低いかんなぁ」
「だな、俺はあいつにも主役になって貰わなんと困るのに」
「主役――……」思いもしない単語だった。
「ではな朋輝、稚子よ。今後、何かあったら俺に報せよ」「ラジャりました!」
中庭に出て、王子は白い巨人の手の平へ乗り込む。
白い巨人が駆動する。相手は量産機とソラが名付けたドロスィアのペロォ級。
よく解らない種類の”蝶”型だった。滑る様に白い巨人は、はるる野の街へ踊り込み、
手慣れた様に戦闘に映る。
「はぇーソラ先輩、慣れてるなぁ」「あれでもグズったゆえだってさ」
二人は笑う。その日は戦闘後のソラの帰宅と朋輝の母、結菜の帰宅が
重なった事により雉子も夕食を御馳走になり恙なく終わるのだった。
――が。
「……あれ、……フィエーニクス……兄ちゃのアゥエス……何で」
動物公園を出て、街角に立つアイレ。
等身大のままの彼女は遠目で戦闘を目撃していた。
「アイレ……何回も観てた、ハズなのに……」アイレは混乱した。
そう、妖精形態で何度も観ていた。フィエーニクスが闘うさまを。
しかし、「なんで、兄ちゃの機体が。見てたのに、あれ、れれ?」
がくりと膝をつくアイレ。〈今さら認識したのか〉そんな言葉が脳裏を彷徨う。
「――アイレ、そうだ。アイレはドロスィ――……」
記憶が。記憶の扉が開かれようとしていた。
渦巻く銀色の波。負の感情の泥流。それは底なしの――……。
「駄目!その先はダメ」
膝立ちの、首を垂れた目線に映るは自らの髪。
――一つ、また一つ、桃色の自分の髪が銀へと染まっていくのを見て、
「ダメ!!ダメだって……!」両手で髪を掻き抱いた。
「ぇ」いや、髪はまだ桃色と銀のままだった――幻覚だったのだろうか。
「アイレは誕生日、あの日どうしたんだっけ……」
巨人は蝶型を撃破して去ってゆく。遠くて何処へ向かったのかはよく見えなかった。
答えの無い風が、無慈悲に揺れる自分の髪を撫でて――音もなく消えていったのだった。
お盆まえに出来ましたw 次回はコミ……いえ、本当にお盆後になります。