第一章 「朋輝と日常の木漏れ陽」
「る~らら~ららるらら~♪」「はい、ぱんぱん、ぱぱぱん」
アイレは踊る。雉子が手拍子で添える。朋輝がそれをスマホ片手に遠目で見守る。
ここ数日はドロスィアの襲来も無い、動物公園は初夏の夕暮れ。
「ふあーアイレちゃん、そのサイズだとますますキレッキレダンスだねぇパチパチや」
「むふふのフ!アイレね、ダンス目ダンス科ダンス属生命体なのですす!」
――アイレは、あれから等身大のままで過ごしていた。
本人曰く「なんか朋輝の視線がエロいんで」とか。「普通逆だろ」だが好いらしい。
銀と桃の髪色は変わらず、しかも性格もほんのり等身大になって朋輝も未だに
戸惑うのだ。たまに口調に現れる銀アイレの気配。どうなってしまうのか。
「いいけどさ、二人ともこのゾウ舎が廃屋同然とはいえ、あんま目立つとバレっぞ」
「「はーい」」朋輝のツッコミも聴く耳持たずである。さて、朋輝はというと――、
『朋輝よ。昨日のソラの話の続きしてくれると、まぁ……若干助かるんだがな』
スマホの相手からの催促に対応していた。
いや、正確にはヘッドフォンジャックに差さっている、ソラの髪留め通信機と同じ
性能の子機による通信だった。相手はというと……、
「王……じゃねぇ、ヒカルさん。あの話ちっと長くなるから今はパス」
「なんだと、今どこに居るんだ。ソラ帰ってきたら話せぬではないか」
ヒカル――ことリヒト王子であった。
(リヒトってどこかの国の言葉で”光”って意味だからだよな……慣れねぇ)
ホスト名みたいで朋輝は気遅れしてしまう。何故こんな関係になってしまったのか。
――事の始まりはモモンガ型討伐の翌日。
朝、出発まもなく雨が降ってきた為、引き返して帰宅し雨合羽を――と言う矢先に
松葉杖の試行運転と意気揚々と出張ってきたリヒト王子と鉢合わせ、
うっかり「あ!?」と声を出してしまった為、即バレとなってしまったのだ。
「えーと……アレ(ソラ姉)の話はまた今度。友人と遊びに行く打ち合わせ中なんで」
俺も学生なんで、と付け足すも、『ち、高い駄菓子あげんのによ~』と捨て台詞。
「小学生かよ。釣られねーって。それアレ(ソラ姉)の金で買ったんだろ」
「モキモキ~誰と話してんの?」ひょこんとアイレ。
「あー……いや先日知り合った小学……いや、先輩がウザくてな」
(あっぶね。こういう時の為に端子挿入型の通信機にして貰ってよかった)
アイレと雉子が近くにいる。極力悟られる単語は控えていた。
『なんだ?女子と話してんのか朋輝、誰だ?彼女か』
「いや、彼女とかじゃなく、うっざい自称お姫様ス」げし。アイレに笑顔で蹴られた。
『は?よくわからんが、ウチのアイレより可愛い姫なんていないし、難儀だな』
(コレお前の妹だよ)とは言えず、「朋輝~友達選ぼうよよ~」と迫るアイレに
(ソレお前の兄だよ)とも言えず、何とか誤魔化して切り抜けた。
(……この妹にしてこの兄、よもやこんな風に関わっちまうか)難儀な朋輝であった。
■
「アイレちゃん、じゃーん!次はこれで踊ろう」
学校に妙に大きい荷物を持ってたかと思うと、稚子は包みを解いてみせた。
「ん?また、懐かしいの持って来たな」「イひ。腕前あがってんぜ」
ヴァイオリンだった――少し古めかしい。
何というか小柄の弦楽器。朋輝と雉子にとっては苦笑の想い出の品であった。
「あ、この弦楽器だっけ、ウチの国にもほぼ同じのあるよよ」「そうなのか」
「マジ?じゃ、あたぃの腕前に惚れまくれっぜー」「え?……なのか」
朋輝の微妙な顔も他所に、アゴあてに顔をセット、弓を構えて――
ぐぎぃぃあぁぇぇぇ~~。
「ぎぃああああ!!」アイレ悶絶。ツインテールが飛び跳ねる。
「中学んときから、かわっとらんやん!」朋輝ツッコミ。案の定なオチ。
「あれ~ヘンだなーチューニングミスったかな」
「調整のせいにされるヴァイオリンさん可哀想だな」「カバのイビキみたいよよ」
しばし糸巻きやらアジャスターをいじって調整っぽい事してるが弾けば雑音が発狂。
「……稚子、ヴァイオリンさんが出直してこいって」「カバさんにも謝ろう」
「二人ともひっどい!あたぃこれでも昨日だけ練習したんよ!」「昨日だけ」
流石に雉子も音を上げた。アイレが破顔。朋輝も表情が砕けていて――。
「稚子。音楽家だったのん?ダンス教室っ子なんぢゃ?」
今日は次の探索の打ち合わせだったが、ただのじゃれ合いで陽が暮れお開きとなった。
「あーいやぁ、もらい物だったんだけどねコレ」
帰り道。雉子はケースにそそくさとしまう。昼が長くなってきてまだ明るい。
自転車で並走。アイレは予想外に軽いので朋輝の後部座席に座っていた。
「元々はね、朋輝が琉左に逃げられてガチ凹みだった頃にあたぃが慰めようと……」
「人が悩んでるのにぎーぎーやかましくて、しかも女子だとバラされて益々凹んで」
「そこで凹んでたのアンタ?」「だって坊主頭がスカート履いてきたら怖いだろ」
「ひっど!そうだったけどさ」「セーラー服ダボダボで女装めいてりゃ、嫌がらせだ」
「にゃっははははは!!」「アイレちゃん笑いすぎ!女装ゆーなそこ!」
中学に入学して今のシリアス朋輝に変わりつつある矢先、河原で鬱ってた朋輝に、
セーラー服の雉子がヴァイオリン持って迫ってきたのだ。元気だせ、と。
ヴァイオリンはヘタクソで、しかし必ず弾ける、そこで正座してろと食い下がる。
さしじも朋輝も鬱ってる場合でも無くなり、最後にはヴァイオリンを奪って
自分で軽く弾いてみせた。
「なんであの時、朋輝弾けてたん?」普通に巧かったしさ、と。
「剣道じいさんトコに孫用のがあったんだよ、興味もったらじいさんと孫が……」
「朋輝、ダンス以外にも特技あったよよ?」
朋輝は未だに月2で剣道を習っていた。家の裏手のうるさい爺さんの家にだ。
ひょんな切っ掛けで剣道を習い、孫にヴァイオリンも少し教わった。
「あの何とかジークって曲、あたぃも弾きたいのに」
「俺あれくらいしか弾けない」軽く鼻歌で口ずさむ朋輝。
「アイレ、朋輝のこと全然しらなーい口惜しいのぢゃ~」「フ。なんだよそれ」
「次回はもっと腕前爆上げんぜー!じゃね」隣町への交差点で稚子とわかれた。
「ほほ、後はお若いのでしっぽりの~♬」という要らない置き土産。
アイレは「もちょっとだけ」と自宅近くまで自転車に同乗してくらしい。
「……アイレ、等身大だとソラ姉に見つかったらヤバイから変身しなって」
「えー、何かぁ、わちき達ぃ恋人同士みたいでぇ、その、しっぽりで」
半ば冗談だろうけど、どうにも中々、妖精形態にはなってくれなくなった。
(何だか調子狂うんだよなぁ……今までが漫画みたいなヤツだったし)
等身大のアイレは確かに凄く可愛い。姫の気品も感じる。心が揺れた。
「よ、朋輝。いま帰りか?」「え。琉左……と、ソラ姉!?」
ばったり。琉左とソラ姉と遭遇した。駅前繁華街近くの何気ない交差点。
「あー、朋輝~やほー」制服姿で部活帰りなソラだ。
「見て見て!すんごいよ、あの猿吉くん、帰国してたんだってば!」
「あ、いや……うん。知ってた」「あぁ、朋輝との感動の再会は果たしてたんぜ」
琉左のフォロー。えー知ってたのー、と悔しいソラ。
(やば、アイレ!姿隠せ……)見れば、自転車の後部座席にアイレの姿がない。
「どしたん」「あ、いや。雉子は帰ったってな(アイレ、さんきゅだ)」
近くに気配を感じる。速攻で隠れてくれたのだろう。
「稚子ちゃんいたんだ?やーん、三人揃うトコ観たかったのにねぇ」
現状の空気感がわからない蒼穹にはただの幼馴染の再会でしかないのだ。
すると自分を中心に朋輝と琉左を両手にかき抱くソラ。
「ふふーん♬仲良しトリオが戻って、姉さん嬉しいのよな!」
能天気なソラ。姉の甘い香りにドギマギするも、琉左が半笑いなのも気になる。
そこから他愛もない駄弁りを交して、陽もすっかり暮れた。
「じゃ、猿吉くんもさ、今度ウチ来なよ~」とソラは空気も読まずに勧誘。
「キキ!だな~ソラ姉さんのお言葉に甘えて雉子も呼んで行っちゃいま」
「いや!いいよ!そんなのは……」――(しまった)はっと我に帰る。
……朋輝はうっかり拒否を声に出してしまっていた。
琉左の半笑い表情は変わらない。こんな拒絶にも、動じないのか……。
「こりゃ、朋輝。まだ昔引きずってんか!益荒男らしくない!」
やはり空気も読まないソラ――「くく、ははは。あはははは!マスラオって」と
琉左は爆笑。ソラは「え?」と首をかしげる。でも朋輝の表情は晴れない。
ソラの天然のおかげで場は、なし崩しに和んでどうにかやり過ごせた。
「じゃね、猿吉くん、コイツ調教して絶対家デートさすから」
ソラは朋輝にヘッドロックかまして手を振る。琉左は自前の自転車を駆り、
「キキ。じゃ、また来るよ。お二方」と軽快に去っていった。
ソラはバスで帰宅らしい。駅前に寄って恋縫と一緒に乗ってくのだと。
(はぁ、ソラ姉は天然なのが救いなのかガンなのか……)しかし、
「琉左、どうにも唐突に現れるな……」答えは得られない。意味も感じない。
「少しづつ、交流してくしかないのか」嘆息と諦め。まだ先は長い。
嵐の様に去っていった遭遇――「あれ?アイレ……どこいった」
月が浮かぶ街並みにアイレの気配は消えていた。静寂に一人残される朋輝。
――その日、アイレの姿を目にすることはなかったのだった。
次回はお盆明けかもです。(エピソードの分配が難しい……




