第七章 「朋輝と桃色の夢」
『――……あれ。ここ、何処よよ?』
アイレが目覚めると、何だかお菓子の国にいた――すぐに明晰する。
『あ~、これ夢だね』もっしゃもっしゃ。すでに喰っていた。
とても現実感がない。建物も道路も人も全部洋菓子で出来ていたから。
ふんわりまったりフワフワの世界。
喰って喰って、何も味がしないんだからそりゃ夢だ。
『よよ~この身体になってから、夢なんてみたっけ?』素朴な疑問。
『そうぢゃな、ここは夢だ――そして初めましてだ』
『は?』そこで後ろを振り返る――何かが背後にいる、その確信はあったのに
その声の持ち主の姿がどうしても見えない。
『誰ぽよ?』『誰でもよかろう』
『やだ。わかんないのは不安で御免』『――仮にシルヴァとでも名乗ろう』
『汁……ババア?』『汁でもババアではないわ。ピチピチの十六歳だ』
『お若いのに大変ですね』『おぬしが老けてどうするぞ!』
『――その、汁子さんがアイレに何用よよ?』『そうぢゃな、本題に入ろう』
アイレはお菓子のベンチに腰掛ける。
背後にもベンチがあるのでシルヴァと名乗った存在も腰掛ける。背中合わせの状況だ。
『……朋輝は好きか?』
『唐突だねー恋話したい年頃よよ?』
『そうぢゃな、我はおぬしとしたい。多分もう、こんな形じゃないと無理』
夢なのに、妙な切迫感があるというか……アイレは天然に生きているので
難しい話で学友と盛り上がるとかは滅多にない。
なんで朋輝を知ってるの?そんな疑問が何故か湧かないまま、ゆえに――。
『……いいよ。どうせ夢だし、朋輝は好き?だっけ、ん。だいぶ嫌い』
『なんぢゃと?……聴いてた話だと……』『だってすっごい意地悪』
『……ふ、それは……照れ隠しぢゃろう』くっくっ、と忍び笑いが聞こえた。
『なんでー、アイレからかって遊んでるんだよ?』笑わないでよよ、と。
『好きだとからかいたくなる、雉子が言っておったぞ……そういう関係ぢゃ』
稚子が入院した時、付き添いで色々と語らい、知り得たのだが今は語るまい。
『好き?そうかなー。世話してくれて有難いけど、アイレが好きとは違うよぉ』
『あやつは愛情表現がヘタクソでな、内に秘めたモノを読み取るのぢゃ』
『ふーん。ひねくれボーイなんだねぇ~。あ、でもさぁ、
好きなら愛してるってゼスチャーしてくんないとわかんないよよ』
『そうぢゃな。あの阿呆は心で触れ合うのを怖がっておる……まぁ、
我も色恋沙汰はようわからぬ故、無責任かもしれん。――が、
そこは互いに努力しようぞ。特に朋輝は素直さがレアすぎて難解ぢゃしな』
『めんどくさ!』
『そうぢゃ、めんどい。めんどいが、あやつは優しい。そこを掘り起こして
アイレよ、ヌシが喰らうのぢゃ、愛をな。攻略しがいがあるぞよ~』
なんだか楽しそうな謎の声の女子。これは夢だ。
だけれども、何だか昔っから知っている相手と喋ってる感じがしてきて
アイレも次第に口元に笑みがこぼれる。なんだか、ずっと半身だった様な。
『ふふ、めんどくさーけど、さ。嫌いじゃないのかも』と口に出てしまう。
『そうぢゃそうぢゃ~。欠点も利点も人が人たらしめる愛情で栄養なのぢゃ。
それを摘まんで愛してやっておくれ。朋輝を救うはおぬしにしか頼めぬ』
『アイレが?……なのかな』『いま頼めるのは……おぬししかおらぬ』
そこで少し寂し気な色が視えた気がした――夢だけに儚い声色。
『人が人を知り得るなぞ簡単にはゆかぬな。
……表面で視えるモノ、その内に秘めている真相をポイポイ釣るには
触れあい続けないとイカンのぢゃ』
『ふーん……』むつかしい。難しいけど、聴いてて嫌にはならない。
『朋輝は過去に色々あったのぢゃ。それで人が信じられなくなっている』
『そうなんだ』
ありもしない夢のキャラにしては色々知ってるなーとアイレ。
『だからな、きっとアイレ、おぬしの事も信じられなくなってくる、そんな
段階にいってしまう予感がする――それを忠告にきた』
ますます謎だ。
こんな夢なのに、妙に現実味がある。言葉が少し具体的で――これは一体……。
『汁子ちゃん……キミは何なのよよ』聴いても仕方ないのに口に出てしまった。
『シルヴァはおぬしの影……いや、鏡みたいなものだ』
『ますます謎ぽよ――でも悪い気はしないよ』『我は説教くさいのやもしれぬ』
『いーよ……どうせ夢だけど、何だか……家族みたいで面白い』
アイレはからっと笑う。釣られて、背後のシルヴァもふふっと漏らす。
『家族、か……ハハ、なんぢゃ、嬉しいのう――』なんか少し涙声に聞こえた。
『ではアイレ。また逢おう……我が我でいるうちに』
『また逢えるんだ?』
そう振り返った先には無人のベンチが残されるのみ。
『不思議な子――……』
答えは風に拭かれて華と消ゆ――小気味よい微笑みだけを残して。
■
「やぁアイレ、やっと目覚めたかい?そりゃめでてぇぜ。元気にいこう」
『はい?…………朋輝――……?』
動物公園の廃屋、アイレの巣。雨がそぼ降る五月の休日。
目が覚めた。やはりあれはただの夢だったか――そんな微睡みの中に
朋輝が訪れる、いつもの光景なのだが。
――開口一番に陽キャ変貌してて、びっくり言うか、あんぐりなアイレ。
(……えぇ……キャラ崩壊よよ……イメチェンぽよ)
ガラスの無い窓際に座り――何だか笑顔で朋輝が怖い。
ずっとニコやかな様で、何と言うか――ごりごり硬い。
笑顔が固まってて、いつものムッツリ顔を知ってる故にどんどん怖い。
「何言ってんだぜアイレ。俺はいつもこんなさー、晴れ晴れよな、オレ!」
『――”いつも”はドコ?ここ?……雨降ってるし、よよ~……』
「そうかぁー。じゃぁ今日の探索は無しだ」
霧雨を浴びながら朋輝は雨雲を見上げてる。
笑顔で固まったまま、しかし……どうにも嘘っぽすぎる。
【――表面で視えるモノ、その内に秘めている真相をポイポイ釣るには――】
(……あれ?)何だかそんな言葉が過った。
(えと……誰の言葉だっけ)ついさっき聴いた言葉にも思える――いや昔聴いた?
朋輝は笑顔のまま無言だ。不気味な仏頂面にも思える笑顔が。
『う、ん。探索は今度だね』仕方ない。だけど――、
「――いや、探索はもう止めよっかな」『は?』
意味不明の笑顔に続いて何を言い出すんだ。アイレには理解が出来ない。
「アイレさ、待ってれば、それは天から助けが来るさ」『え?』
「もしくは白い大きなロボに乗った阿保の女子が連れてってくれるやも」『ほえ?』
「もしくはウチに住むか……こっそりさ……誰にもみつから――」
ぱっしぃぃん!
チョップが降ってきた。「朋輝、ストップだ」稚子の姿が背後にあった。
稚子も探索用にナップサックにスニーカーといつもな恰好だ。
「…………あんたさ、銀ちゃん死んだ訳じゃないんでしょ、へこみ過ぎ」
「――――……あれから一週間、一度もアイツは現れない」
唐突に現れた雉子に、桃アイレは「??」しか浮かばない。
「そっか。桃ちゃんは数回顔合わせしただけだったね。
改めて、あたい雉子、朋輝の幼馴染」
『……アイレ、だよ』警戒するアイレ。構わず雉子はむにっと抱きしめる。
「やだーこっちのサイズの妖精も可愛いねーアイレちゃんよろしくねえ!」
『うぎゃぎゃほぎゃ!なに何この娘ぇ何するだー!?』
そんな中、立ち去ろうとする朋輝。
「こりゃ!待った」むんず、と捕まえる雉子。
「最近カッコよかったのに、何でそこで豆腐メンタルに戻るかなぁ」
「……こういうキャラのが俺らしいだろう」すかさず脇腹に手刀。
「うぐっ……!」「女々しいアンタを銀ちゃんが喜ぶかっての」
そのまま崩れ落ちる朋輝。その目は何も観ていない。
『――ね。朋輝はどうしちゃったよよ?』
稚子には慣れないが、たまらず聴いてしまうアイレ。
「うーん……ま、最近仲良くなった娘が顔みせなくなったりね」『――ん』
「この一週間ずっとこんな感じ……アイレちゃんずっと寝てたしね」
『そうなの?……アイレ、何で――』まさに寝耳に水。覚えがない。
そう言えば、電車に乗って何処かに行こうとしてたような……。
あの後――自分は何してたのだろうか。視線を彷徨わずが何も浮かばない。
「朋輝。銀ちゃんはオオカミ型から救出するのに力を使い過ぎて回復待ちじゃない?
ってあたい何度も言ってるっしょ」
「予想は夢想だ。あいつの存在を感じない」
「信じて待つ、そんな事も出来ないの?」稚子に痛い処を突かれる。
「あの銀のアイレは――もう居ないんだ」小声で、思わず愚痴の様に零れた言葉。
『……ぇ。あの、銀の……アイレ?』
何だろう――聴いて、ぞわっと夢の中にいた何かの存在が真っ先に浮かんでいた。
説明がつかない。けれど――忘れてはいけない光。
あれが銀色をしていたなんて知らない。でも――……。
「もう。バカだね。あたいは待つよ。信じて、またふわ~っと現れる日をさ」
朋輝は答えない。昔の根暗な朋輝に加速してゆく。
(こりゃ時間がかかるわ……どうしたモンかなあ)
メンタルの弱い朋輝なんて昔から周知だ。だけど、それを慰める術を知らない。
困って困って恋縫も呼ぼうかと思った矢先――何かが浮いているのを目撃する。
「そうそ、こんな感じに銀ちゃん、ふわ~っと現れてくれりゃな――……ん?」
浮かんでいるのは――不思議な動物。
両手両足を広げ、ふわふわと漂う小動物。「あー……動物公園だしねぇ」
こんな動物もいるんだな、などと呑気な感想――だが。
「いやいやウソ、待って!アイレちゃんさらわれてるよ!」
その謎の浮遊動物がアイレをつかんで去って行こうとしている。
「……――ぇ」さしじの朋輝も気付く、それが、一体ではなく何体も居る。
「ちょっと待って、あれモモンガって奴じゃない?」「……!?」
動物公園自体は小山の斜面に拡がっている。旧象飼育施設はその最奥にあり、
割かし高所にある……だが、だからといってモモンガが飼育されて、ましてや
放し飼いになっていて無数に飛んでるという珍妙な事態……そんな訳はない。
「これ、ダンゴ虫と同じで子機って奴じゃ!?」
モモンガ達は頬けているアイレを複数のモモンガが掴み、
雑木林の向こうへ連れ去っていく。『……よよ?よよよ?』
「アイレちゃん!」
その声に朋輝もさしじも朋輝も起ち上がる。よろよろと、眼差しは茫然と。
「アイレを……」「え?」「奪うなよ……」「朋輝……」
朋輝の全身から揺らめく負の炎が沸き上がる。稚子も少し後ずさるほど。
「俺から!……アイレを……もう……奪うんじゃねぇえええよッ!」
朋輝は走り出す。おたけびを上げて、感情をまき散らしながら。
モモンガ達を追い、雑木林を抜けるとそこは崖だった。
その眼下に、巨大なモモンガ型が待機しているのに目がいく――アイレは、
その背に乗せられ『わぷ!何……これよよ!?』悲鳴ともつかぬ断末魔と共に
沈んでゆく……吸収されてしまうのだろうか。
「てめぇ!!」朋輝は飛び出す。そのまま右腕をシュライク化させ、翼を造り、
勢いのまま滑空してゆく。それは雉子の目にも無謀と言える特攻で。
そこにモモンガ型の子機たちがまとわりつく。
「うるせえ!五月蠅ぇってんだよ!」
今度は左脚をシュライク化させ蹴り、膝打ち、等でモモンガ型子機を破壊してゆく。
だが、モモンガ型は執拗にまとわりつき、結構な重量になったのか
朋輝と共に墜落していった……。
「朋輝!!」稚子は自転車を走らせ、落下していった方角へ向かう。
動物公園の近くには多摩川があり暫く捜索に手間取ったのだが、
妙な光に気付き、ようやっと見つける事が出来た。
本体のモモンガ型は少し先に浮揚しており、桃アイレはやはり目視できない。
「朋……え?」稚子が駆けつけると、異様な光景を目にする。
――そこには、
モモンガ型たちを鷲掴みして――吸収してゆく朋輝の姿だった。
「……朋輝……なに、やってるの……?」
いつもの少し陰気な朋輝ではない。これは(怒ってる、の?)稚子の動揺。
畏怖――まさに現状は何だか現実味がない。
ぐちゃぐちゃと、モリモリと……モモンガ型の子機が掴むその場から溶けて
シュライクの腕と脚へと取り込まれる。稚子は少し吐き気がして餌付く。
それは捕食というか、補強の様であった。
「足らない……俺が――俺には、力が足らない……だから!!」
負の念が膨れ上がり爆炎となり――悲鳴と嗚咽にも轟き……、
……朋輝を次のステージへ進めてゆくのであった。
次回は……すみません。七月末になります(その間に外伝またやるかもです