第三章 「朋輝と電車と琉左の影」
「よぉ朋輝。今日も踊っているかーい」「……お前。節操ないのか」
稚子のダンス教室の窓、張り付く――琉左の姿がそこにあった。
あれから数日。居なくなったと思ったらしれっと現れる旧友。
火曜の午後。琉左は別の高校だから稚子に場所を教わって訪れたのだろう。
「オレもダンス通おっかなぁ」「……止めはしない。好きにすれば」
口の両端をむにっとあげる特徴的な笑顔は昔のままだ。
「はは。何かつれねーなー青春は待ってはくれないぜ」
「…………」正直、先日の騒ぎで成り行きで言葉を交わしたが、
日を替えるとどうにも続かない。朋輝は知った仲は多い。でも努めて友達を作る
タイプでは無く、騒がしい系の友人もいなかった。人見知りでもあった。
「――は。やっぱやめとくわ、俺にはもっと任務があんねん」
すぱんと窓から離れる琉左。琉左はいつもイヤホンをしている。
そんなので相手の言葉が拾えるのか、詮無い事が気にかかった。
「……音ゲー、続けてるのか」
「おぅ、最近のは色々増えたし、音ゲーやり甲斐、まっしまし」
「……DDBは、もうやってないのか?」「……やっててほしいか?」
「………………」二人の想い出の音楽ゲーム。朋輝は二度とやらないと誓った。
「別に。好きにすれば」「キ。さっきっからソレばっかだな」
軽い。軽いのだ――そんなので、お前の中であの事は、軽く流せる小事なのか。
琉左は、軽く目を閉じていた。
昔から何を考えてるか読めない軽薄さだが、高校生になって奇妙に複雑になった。
恋縫は雇い主と念話が出来るという――言葉が無く心が読めれば……それこそ
小事……狭量な事なのかもしれないが。
言葉に詰まる朋輝の背中から、雉子がいつもの様に抱き着いてきた。
薄いバストが引っ付くが、からかわれているんだろうと流す。
「あー、あたい抜きで何盛り上がっとるん」「稚子。安静」
「わーってるよ。でも朋輝と琉左のイチャコラは懐かしいなって、イひ」
稚子は退院したのだけれど、流石に踊れるまでは回復してないので
教室の椅子で監督役兼、アドバイザーだ。ただのお喋りとも言う。
「イチャコラとか言うな」「ガチらぶだぜ?」「やだ!信じそう!」
「(お前、食わせればよかった)」「何に?キキ。オレ以外の男いるんかよぉ」
「そーゆー方向にもってくなっての」「キキ!」
まただ。小声のつもりがまた声に出てしまってた。
あの狼が、何もせず去ったのには驚いた。あれから姿はない。
何故あの時あの場所に居たのだろう――どうにも不可思議な出来事ばかり続く。
「じゃ、頑張れよ~陰ながら応援してっぜ」声だけ残して琉左は去っていった。
「……こんな簡単に昔に戻っていいのか」「好かったに決まってんじゃん」
「俺は……――」朋輝の背中はまだ重い――。
■
「――さて、戻ると言えばパーツ探した」『よよ!戻るよよ!』
「方角と言えば真西だーね」
「……ですね、ペロもそっちだって言ってます」
また週末の土曜日に探索に集まる……が、メンバーが一人増えていた。
「恋縫ちゃーん……助かるよぉ」わしっと稚子が抱き着く。
不知火恋縫がそこに居た。
「稚子さんの身体に負担かけらませんから、今日から恋縫がお手伝いしますです!」
「助かるよ、脚部はさらに山奥にあるって言う、不知火さんとペロが最適解だ」
『ぱぁああうううう』朋輝たちの前の座席、恋縫はペロを抱いて座っている。
「ソラ姉の視界、てーか生活圏から外れるまで、まずは電車で移動だ」
地元の列車は西の〈大和四日市駅〉で行き止まりになる。
目的地はそのさらに西北で、キャンプ場あたりが怪しいのではないかとの反応だ。
「ソラ先輩にはちゃんと内緒で来ました」「有難い。まだ知られる時期じゃないしね」
「えと、何で内緒なんだ……っけ?」稚子にも謝る、段階があるのだと。
ガタゴトと電車が揺れるそんな中、馴染めてない妖精が一人。
『よよ……ど、どういう事なの』朋輝の頭の上で固まる桃アイレ。
『ドロスィアが、人が、あ、あ、ぅ?』「アイレ、味方になるドロスィアもいるんだ」
軽く説明する。それでも桃アイレは納得はいかない様だ。無理もない。
「さっきも説明したろ」『そんなドロスィアいないもん!』
「妖精のお前にゃ説得力ゼロだ」
『アイレは……あれ?何で妖精』「いま気付く話!?」(自覚ないのか……)
「コントはいいからさ。えーっと、こっちの……いや、アイレちゃん
改めてね、初めましてだよ、あたい稚子、朋輝の幼馴染」
「わたしも初めましてですね。不知火恋縫です。この子はペロ。混ざってますが
お互いがお互いに救われたのです、そういう世界もあるのですよ」
ペロを撫でながら差し出す。稚子もペロを撫でながらアイレに手を差し伸べる。
だが、ドン引きなアイレは朋輝の後ろに引っ込んでしまう。
『ひ、人でなしーぃぃ!』「妖精が言うな」『だってだって、こんなのって』
理解の早い銀アイレと違って、あくまで懐疑的な桃アイレ。これも人格の違いなのか。
(……混ざっている、という意味ならアイレ、お前もそうなんだぞ)流石に言えない。
アイレに自分の事態を自覚させ、どうにかして天威の国へ帰して託したい。
それにも段階が必要なんだろう、朋輝が抱える命題はまだまだ多い。
程なくして終点に到着。自動改札を越えようとするも――
「おぉ?朋輝じゃん、偶然だなぁ」「は!?琉左」
乗降側から改札機に進んできた琉左と鉢合わせになる。
「ぇえ?琉左、アンタここに住んでるん?」「いんや、ゲーセン遠征の一環」
しれっと言う――「確かに色んな街で音ゲー遠征してるとは聴いたが……」
恰好も普段着で、いつものチャラい琉左で、変わった様子も特にはない。
「なになに?お前らはハーレムデートっすか?」恐らく初見の恋縫に目がいく琉左。
「何でそうなる、この人は――」「そ、そうよ!あたいが恋縫ちゃんとデートなの!」
また無茶な嘘つきやがってと唸るが恋縫は無言で固まっている。
「クラスメイトの恋縫ちゃんとお友達になったから!」
偶然、朋輝にも会ったんで巻き込んだとか、親戚がキャンプ場やってるとか
色々嘘設定を重ねて琉左に「はーん、そっすかー」と呆れられる位に盛り込んだ。
「じゃ、オレもご一緒していい?」「なんでよー音ゲー馬鹿は遠征しててよー」
そう言いながら駅前広場まで付いて来てしまう琉左。
このままずっと同行してしまいそうだ。
「キキ!朋輝がラブコメしてて好かったぜ」「……言ってろ」
琉左が日常に居る――こんなふわふわした感覚で馴染んでしまっていいのか。
(……どうして平然としてんだよ)胸中には暗雲が。何故霧が晴れないのか。
そんな中――、
グワォオウウ!駅前広場の頭上を何かが通り過ぎた。
(なんだ!?)低すぎる旅客機の様にも思えたが、シルエットで事態を悟る。
「オオカミ型!?」「あん?何だぁ」琉左に驚かれた。
「あ……いや、気のせい」気のせいではない、あの独特な造形は
そう、先日のオオカミのシミァン型だ。猛然と通り過ぎて行ったのだ。
「(ねぇ、アレ、言ってた奴?……なんかあの方角って)」稚子が耳打ちする。
「(朋輝くん、すぐにでも向かいましょう、嫌な予感がします)」恋縫も急いた。
確かに、西北の山あいに向かって駆け上がっていった様にも見えたのだ。
「わ、悪いな琉左。予約してたキャンプ場の時間が迫ってる、バス乗らないと」
とっさに嘘を出すも、
「あー、やっぱデートか~。じゃあ邪魔ものは退散すっべ」と
琉左もさっと納得してくれた。勘違いしてくれてここは救われた。
「――朋輝」「ん?」「……無理しすぎて、お前を見失うなよ」
恋の助言?何だか謎めいた助言を残して琉左は改札口へ消えていった。
「……琉左、あんな事いう子だったっけ?」稚子もぽかんと立ちすくむ。
「………………」その後ろ姿を訝しんで見つめる恋縫の姿――には
誰も気付かなかったのだが。
■
物陰でペロを獣犬化し、全員、背に乗りオオカミ型を追う。
朋輝にもシュライク腕化の余韻か、僅かにパーツの反応らしき感覚があるのを
認識した。「やはりあいつ、シュライク部品を目指してんぞ!」
「何よそれ、オオカミってそんなの食うの」何だか倒錯した事を言う雉子。
「あの狼、よくわっかんねぇな……!」
「時に、シミァン型の話はリヒト様に少し伺いました、知能が高く、身が硬く、
軽い超必殺技みたいなのを持っているとか」「超必殺――?」
「えぇ、警戒して下さい。ソラ先輩も翻弄されて手が出せなかったそうです」
『――物騒ヂャな、あヤツ。我も闘っタことは少ない』「ん?銀の方か」
またしても前触れもなく銀アイレになっている。だが今は心強い。
「今回は、戦闘ハ避けタ方が善いノやもシレヌの」「…………」
風を斬り、田舎めいてきた街を抜け、すぐに山間部へ到達する。
そこで観たモノは……「何だとッ?」朋輝が叫ぶ。
確かにシュライクのパーツはここに違いない。しかし。
――それは、すでに先客によって形を変えられようとしてるさま。
シュライクの脚部を丸飲みしている、シミァン型オオカミの姿であった……。
少々忙しい時期なので次回は一週間あとになります。頑張ります(よよよ……)