第二章 「朋輝と狼と琉左の影と」
「王子、何よ!?何なのアイツ」『……ッ、こいつは……!』
翻弄される。いなされる。
フィエーニクスはかつてない敵に遭遇していた。
接敵。回避。猛追。搖動。とにかく知性を感じる動きなのだ。
その姿はまさに狼。機械が混じったデザインだが、そう思わせる様相だった。
「くっそ!このオオカミ、恋縫ちゃんのペロと全然動きが違う……!」
『……よもや【シミァン・タイプ】か……!』「は、何それ」
『あぁ、ペロォ・タイプが最下層なら、一つ二つ上だ。知性があり、
機動力も違う……本国でもアゥエスタイプでしか対応が難しい』
「……恋縫ちゃんの件が片付いたばっかだってのに……」
恋縫と獣犬の件に決着がついて間もなく、シミァン型に遭遇したのだった。
■
――時は数刻戻る。
その展望施設は、崖際に望遠鏡やベンチが備えてある簡易的なもので、
崖沿いにドロスィアが席巻しており、まるで琉左と対話でもしてる様だ。
「ひっさしぶりだなぁ、いくつになった?朋輝よぉ」
「…………」昔と変わらずこういうノリだ。同い年だと言うのに。
それにしても距離が近い。琉左は今にも食べられても
おかしくない距離感。そんな状況で。
よくみればドロスィアは狼犬、いや狼そのものに近い容姿だった。
「(……しかしオオカミ型か……)」「ん?オオカミ……?」
小声で言ったつもりが聞こえてしまってた。
琉左は知らず後ろを振り返りキョロキョロ見回す。見えてはいない様だ。
「ん~あれだわ。信じたいモンは見えて、信じたくないモンは見えにくいか」
琉左は何故か一人ごちる。よく分からない道理。
よく見れば。背後のオオカミ型は目を閉じているらしい。
(……寝て、たりするのか?機械生命種とやらが)動けない朋輝。
ぱしん!
琉左はゴメンのポーズをとる。その音で、朋輝も我に還った。
「わりぃな!あん時は、いきなりの引っ越しだったんだわ」
俺も意外。泣く泣くの意外だったんよ、と付け足す。
「…………」
「色々あってな、メールとか電話する機会逃しちまってなぁ、ま、そんな訳で」
すたすた歩いて、すちゃっと握手。そしてハグ。
「朋輝~嬉しいぜ。また仲良ぅしてぇな、ほんと」
「……っ!」バッ!朋輝は衝動で振り払ってしまう――。
振り払われた琉左はけろっとしている。そして微笑。
「まぁ、そうだな。朋輝はソレが、普通だ」
「俺は、……今更、お前とどうにかなろうとか、今は思えない」
「うん。いいんじゃないのか、今は」「…………」
琉左は展望台の方へすたすた歩み寄り、金も入れずに望遠鏡を覗き観る。
「この春さ、帰国してたんよ。高校デビューならぬ日本復帰。へへ」
軽く言ってのける琉左。
背は朋輝と同等、やや低いくらい。短めの髪は金髪だが、地毛だ。
琉左は父親が西洋人・母が日本人、いわゆるハーフで天然の髪であった。
「………………」
朋輝は言葉に窮していた。
”何故、お前がこんな場所にいるんだよ?”、が出てこない……。
気持ちがあった。あの時の、長年言いたかった様々な言葉の数々。
積もり積もって、何度も反芻して、自分の中でもう消化するしか無かった感情の。
「いいよ。気持ちの整理ついてからでさ、ジメジメした間はオレも苦手。
今のお前の立場だったら、ざけんなーシバくぞ!だな、キキキ!」
あっけらかん。
時間の流れが琉左を寛容に軽快に洗練されてしまった感。
「朋輝はさ――まだ、踊れているんか?」
「……!」唐突に核心を突く。この強引な話の展開も昔と変わらない。
それは――”また一緒に踊ろう”――なのか、逆なのか。
(……心の準備もなく――あの日の続きをやれって、無理だろ)
そんな迷いをもどかしく思ったのか、
「はっ!?」――オオカミ型が、琉左を喰おうと口を開け迫っていた。
「い、いや待て!そんなん……」朋輝は琉左を救おうと歩み出る。
「!……おー、朋輝。踊ってくれるか」
……そう琉左が切り出して歩み出た。ゆえにグァゥ!と狼の口がスカる。
(コントかよ!)
そう思うも、勢いで琉左の手を引いて手前に寄せる。
「ほうほう、ダンス教室通ってるんだってな、社交ダンスだっけ」
こう手を引いて踊るヤツだろ?と、琉左も朋輝の手を引き招き寄せる。
「ち、違う。俺は……」「稚子の、見舞い行くんだろ?」「え?」
そう言うと琉左はポケットのスマホに指をとんとんと指す。
「へへ、RINE通話ってやつ、先日雉子と会った時にな」
その背後にオオカミ型の手が伸びる。潰す気か。
「うぉ!?お、お、おう……行くか!」「んー!ノリいいな、朋輝」
圧し潰す腕をかわすように強引に琉左の手を引いて走り出す。
(あ、あっぶねぇ!昔の仲間をいきなり圧死で永遠の別れとかやめろよ!)
「琉左、今日の移動手段は?」「キックスケーター」「何だって?」
(スケボーみたいのに取っ手つけて、足で勢いつけて公園とか走るアレか?)
よく見ると、いつの間にかキックスケーターに乗っていた。
折り畳み式で携帯してたらしい。
「いや、お前どうやってこんな丘まで昇って来たんだよソレで」
「おー本当だ、人類が気付けなかった謎、問いちまったな」「ガキでも気付く!」
ここは結構な高度だ。街の全景を展望できるくらい。
この旧友はこんな遊具でここまで来たと言うのか。ふざけてる。
それよりも、(おかしい。あの狼、さっき琉左食おうとしてた様な……腕もだ)
”アトモスフィールの大地”の加護ゆえ、こっちには直接手を出せないハズだが。
気になるが、まずあのオオカミ型を何とかせねばならない。
駐輪場まで走り、跨ると、勢いで立ち漕ぎでかっ飛び、滑走する。
自転車とキックスケーターとで並走してS字の坂を爆走しだした。
(……!)
オオカミ型も反応。潜んでいた谷間から抜け出し、こちらへ駆けだした。
「琉左!事故んなよ……急がないと」「へーぇ。そんなに雉子が大事」
「あー大事だ大事、それでいいよ!急いでくれよ!」
(いや、待て。雉子んとこまでこいつを誘導してどうする)
狼は琉左にも反応した――”見えてしまう”雉子も餌食になる可能性が大きい。
勢いで飛び出したが、色々不味いのではないか。少し考え、
(スキを視てソラ姉に反応するように促すしかないな……!)
「……はは、何か急いでるな」「こういう状況じゃなきゃな」「そっか?」
坂ゆえに自転車に並走できるとはいえ、琉左も器用に付いてくる。
(……こんな流れじゃなきゃ、俺、喋れてたかな……)四年の空白を埋める
切っ掛けをドロスィアがくれるという皮肉。何とも情けない。
(そう言えば、アイレ……静かだな)確か背中に張り付いていたハズが。
『え?朋輝、ここ何処』「またそれかよ!」背中にいたのは桃アイレだった。
「ん?朋輝どした」「……い、いや何でもねー」
銀アイレ。状況が不味くなると引っ込むメンタルなのか?
〈不安定〉……恋縫が言い放った言葉は言い得てなのかもしれない。
「そいや稚子、美人になったなー女は化けるや」琉左は軽く言う。
「……女っぽく演じてる処もある」朋輝は硬い。
「おっめ朋輝ひでぇな、女の子にそれ言っちゃ駄目だろ」
ぽか。後ろの桃アイレにも小突かれる。「……う、悪かったよ」
【ソラ姉さん以外にはほんっと無神経よね朋輝】そう言えば雉子にも怒られてた。
「あん時はギリギリまでオレも騙されてたんだぜ」「……俺は、お前が居なくなった後」
「あー……」男の子にしか見えない女子。思い返せば思い当っていた。
お泊りあっても一緒に風呂に入らない。着替えも別。何で隠してたんだ、と。
琉左がキキ、と笑い、朋輝も僅かに微笑する。稚子に怒られそうだ。
途中、やっと高架線の下に停車できた。新しい幹線道路が一般道路の上に交差し、
サイズも大きくて狼も流石に手が出せない。
電話を掛ける。ほどなくして蒼穹に繋がった。とにかく本題を急ぐ。
「な、なぁソラ姉。女って見舞い何よろこぶんだ?」「あんたまだ着いてないの」
「病院の場所、わかんなくなってさ。いま、丁度○×に居て、
自宅の方からだとどの方角だっけ?」
「当日、病院寄ったのに?方向音痴だったっけアンタ。はぁ、……えっとね」
と窓を開け「あ!?」蒼穹が固まる。
自宅は山間にあり一望できるので、オオカミ型に気付くのは早かった。
(しめた……!)蒼穹は大慌てで飛び出していく。通話の途中だがこれでいい。
――それから。
フィエーニクスとオオカミ型の戦闘に動いてくれたのだが、
オオカミ型はフィエーを翻弄するだけして、何故か撤退して山の向こうへ去って、
いつの間にか姿が見えなくなり――とにかくあっという間の奇妙なオチ。
王子はともかく、蒼穹初めてのシミァン型との戦闘だったのに拍子抜けの終幕。
「……どゆこと?」「わからん、わからんが……」
王子はそこでやっと隣りの相方の恰好に気付く。
「おまえ、下着履けよ!」
蒼穹は、Tシャツの下は全裸という朝からまんまの姿で巫女バイトギリギリまで
ダラダラ過ごしていたのだった。「えへー、観たい?」「お前が怖い!」
■
「え?あれ?れれ?朋輝、琉左と一緒に来てくれたの」
稚子は喜色満面、動揺と興奮ないまぜに二人を出迎えてくれた。
病院に着く頃には少し陽が傾いて、気温も落ち着いた。
「だよな?何か朋輝の方から歓迎だぜ?変わったよな!」
「ち、ちげぇよ!……成り行きだ、俺はこいつと和解なんぞしねぇ」
琉左が朋輝の肩を抱いて病室に現れたのである(朋輝は引き剥がしたがってたが)。
『ソウなのヂャ……朋輝は色々強情ナのヂャ』
「なんで銀に戻ってんだよ!」稚子に寄り添うようにベッドに寝る銀アイレ。
大部屋の病室なんだから静かにしろ、と朋輝が憤慨するも三人の再会に雉子が
一番興奮、うるさかったのだ。銀アイレもくるくる踊っている。
「よかったよ……二人がこんなにも早く」稚子がついに涙目になってしまう。
「お、お、お前入院で気が弱くなったのか」「そうかも」「……む」
朋輝も拍子抜けだった。あの四年が、こんなに簡単でいいのか。
それから和気藹々で、面会時間の限界が来てお開きになった。
「じゃな。雉子、無理せず復帰しとけ」「朋輝が優しすぎるからこのままでもいい」
「キキ。ツンデレってんだろコレ、わかる~」「うっせーよ……俺は変わらん」
「いいんじゃね?朋輝は、朋輝だ……自分の時間を大事にしな」
そう言いつつ、お開き。雉子へは簡単なケーキで濁した(喜んでくれたが)――
学校は数日休むことになりそうだが、アイレが付いててくれるらしく安心した。
さて、
「ん?」――病室を出た。エレベータに差し掛かった処で。
「琉左?」……いつの間にか琉左の姿がない。
足音が聞こえたような。何処に行ったのか(後でRINEに【またな】と一言で)
日が暮れて、闇夜が強くなって――朋輝は後に、この事をふと思い返すのだ。
色々難航してます。が、頑張ります……!