第一章 「朋輝と訪れる過去の足あと」
「朋輝~起きろやコラーん」
どぎゅう。
「ぐぇ!?かはっ、ぐ、ご……ふぉぉ」朋輝は寝起きからエルボードロップを喰らう。
五月に入り気温がいっそう高まり、GW最終日は和やかに……ソラの強襲でぶち壊し。
「が、な、何でソラ姉が来るんだよ、いつも逆だろぉ」
「えー……可愛いお姉ちゃんに起こされてトクンってなる朝だろぉ~」
実際そうなのだが本人目の前にして癪なので布団を被る。
ソラは腰まで覆うTシャツ一枚というラフな恰好で、素直に朋輝に毒だ。
「稚子ちゃんのお見舞い行くんでしょ。まったく女子連れて無理して悪い弟じゃ」
「……悪かったって」
稚子は内出血と打撲で軽く入院となった(検査入院も兼ねて)。――先日の件は、
稚子の機転で”朋輝に内緒で付いて行って一人、足を踏み外した”という、
【勝手に自爆しました】論で何とか朋輝のお咎めを回避させた(苦言は貰ったものの)
「あたしゃぁ今日も巫女バイトだよー……ふふ、観たい?蒼穹ちゃんの巫女姿」
「いーよ、別に(凄く観たい)ヘマしない様に頑張れよな(ドジする処も観たい)」
「そ、じゃ、温泉の為にがんばるわー」クスっと一笑。
表情に動揺が見えたので満足なソラはくるりと去って行こうとする。
「んん!?」ぴらり。お尻がみえる。「ソ、ソラ姉、Tシャツの下……」
「えー?さっき朝シャンしてね、適当に着替えただけ」
「や、や、やめろよ。またベランダ越えて侵入してきたんだろ、下から誰か観たら!」
今日び”朝シャン”は死語だろ、とツッコミたくなったが姉の痴態のが勝った。
鴻家と彼方家は、二階の朋輝と蒼穹の私室が間近で互いに簡単に出入り出来てしまう造りだ。
かつては、大空と繋、結菜という父親たち親友コンビの交流の場であった。
「えー朋輝は観たいの?」ぴろーんとシャツをまくろうとする。もちろん下は全裸だ。
ぼっす。クッションをブチ当てて阻止する。「やーめろ(理性がもたない)」
「むぐぁー、じゃ雉子ちゃん大事にすんだよ?」
にへらと笑いながらあくまで姉然として去ってゆく蒼穹。
窓を昇ろうとする際にお尻丸出しでとても困った(朋輝の精神的に)
(さっき起こそうとする時もあの恰好だったのか……)朋輝の心労は絶えない。
しかし、「ソラ姉に起こされる位、寝入っていたのか」
頬をさする……どうにも寝付きがいいし、十時間近くも爆睡していたらしい。
「ん?」窓の外、一瞬――何かの人影が――何だか見覚えのある。
(……気のせいか……)目をこするとそこには何もいない。
「いて!……」こすった手に何かの違和感。
手の甲に少しの硬質感があった……「何だ……?あの時の、無茶しすぎたせいか」
右手自体にしこりの様な感覚が残る――「あんな滅茶苦茶したんだ……無理もないか」
かさぶたが右腕全体に出来た様な皮膚の突っ張り、だが表面上は僅かな黒ずみのみ。
「――ヤツらに対抗する手段が僅かに見つかったんだ、連投さえしなきゃ」
そう納得させる。意を決して、朋輝は着替え朝食へ向かっていった。
こうして、朋輝の■■が始まった――――
■
「ま、いっか。とりあえず稚子の見舞いだ」
少し小雨が降っている。気温が高いので気持ちがいいくらい。さて、
――愛用の自転車を引っ張り出し、「軽く見舞い品でも買っていくか」とまたがると――
「……え?――何だ……?何か、感じるぞ」
それは今までにない既視感。虫の知らせや悪い予感、その類なのだが。
「ソラ姉と前に一緒に観たヴァンダムであったな……なんだっけ新人類とかってアレの様な」
新人類【トゥルータイプ】という、宇宙に適応した人類の共振感覚と言いたいらしい。
「――これ、もしかして、ドロスィアが来たってことか?」
そうとしか思えない。何故突然そんなモノが感じられる様になったのか。
「うっそだろ……でも、感じる。どっちだ?」
見回す、それはガイガーカウンター〈放射線量計測器〉の様にビビっと伝わってきた。
「北の……山あい……自然公園がある方角だ」
見逃せない――しかし、アイレが居ないと何も出来ないというのも歯がゆい、
――なのだが、
『フフッフーん。ふふフフふーン』
背後から、自前で作った銀の傘を刺して小雨を楽しんで歩いてくる妖精が目に飛び込んだ。
「いるのかよ!!」
しゃー。朋輝は颯爽と自転車で走り、ガツっと銀の妖精を掴んでさらって奔走る。
『わワ!な、何ヂャ!?何ト、朋輝?』
「あぁ、何と朋輝だ。先日は助かったよ、お疲れ。だが今すぐお前が必要だ」
『な?そ、ソ、ソれは愛の逃避行ト言う奴ナノか!?』
「あぁ、相合傘の逃避行だ」適当な返事。はにゃー、またしてもチョロイン銀アイレさん。
ぽすっと前部のカゴにアイレを収めると一目散に滑走する。
前日からずっと妖精サイズなのでこういう時助かる。『どコに向かウと……む?』
アイレも流石に気付いたらしい「あぁ、いきなりドロスィアらしい……忙しい話だぜ」
■
街を最高に展望できるのは街外れの旧道公園、と認識してるのは蒼穹くらいで、
はるる野の主だった公園といえばここ、【国立はるる野の丘公園】である。
はるる野の北東。山あいの自然公園で、その道中にはおかしな喫茶店もある。
「芽吹野さん家の喫茶店、ここら辺にあったな……」登り坂はキツく自転車でも一苦労だ。
『ソウ言えば、先日のアレ、どうヤッテ解決したのぢゃ』
「ん……そうか、そうだったな」
あのまま寝て、起きたら桃アイレだったのだ。人格が違うので共有など出来てないハズ。
「あぁ、上手くな、逃げられたんだ……あいつらも夜は寝てたのかもな」『フ……む?』
もう一つの人格については教えてよいものなのか。
朋輝は気になって、多重人格の話をネットで検索して目を通していた。
簡単なオチを言えば、
主人格以外の別人格は、いずれ人格同士で和解して消えてゆくケースも多いと。
銀アイレが別人格だとすれば……いや、彼女が主人格の可能性もある。
「……もしさ、お前にもう一つの側面てゆーか、顔があったらどうする?」
少しだけ匂わせてみる。〈ドロスィアと混ざっている〉――恋縫の言葉、
どちらが主人格だったとしてもいずれ現実問題として向き合うべきモノかもしれない。
口にして、(しまった、早計だったのかもしれない)朋輝は唇を噛んだ。
『――……』銀アイレは少しだけ、口を閉じていた。
「いや、アイレ、冗談だ気に――」『かもシレない』「え?」アイレは空を見上げた。
『我ハ、兄や姉がイて、王家の者トして愚直ニ公務をコなしテきた……ズッと……』
大空を見上げながら遠い遠い何かを見つけ様というような眼差し。
公的な式典、祭事。士気高揚――劣勢の国事に王族の出番は多い。
『――あル日、侍女に言ワれたのじゃ”普段はアンなに陽気デ無邪気なのに”ト、
……ソレが、ズっと不思議不思議でノ』ある日気付いたのだという――、
『我ハ……我は、公務以外に兄達ト、遊んダりしタ記憶ガ……無かっタのヂャ』
「それは……っ」
やはり銀アイレは別人格で。公務の時だけ、切り替わっているとでも言うのだろうか。
『……やハり、我にハもう一人、誰かガ住ンでおるト言うノカ』
「いや、可能性の話だぞ」
『いいノヂャ。いずれ我はソノ別のアイレと、話さナイといけナイのやもシレヌ』
それから、公園に着くまで二人は無言だった。
――彼女は、いずれ消えてしまうのかもしれない。その時、朋輝はどうしてやれば善いのか。
■
公園は、さもすればパーキングエリアの様な感じでもあった。
展望施設を作ってちょっとした観光名所を、と画策した由縁だったのかもしれない。
「……わかるか?ドロスィアらしき反応は、何故か動いていない」『――むムゥ……』
入り口付近に植えられた南国風の樹木が重なり、目標のポイントがまだよく目視出来ない。
「この先に展望台、というか展望施設があるんだ……そこに」
またしてもソラ姉と行ったと口にしそうになって噤む。
「黙ってても襲ってくる奴等が、俺やアイレを狙ってをも来ない、その意味が不可解だ」
『ウム、いざトなったラ……』「すまないがアイレの力に頼る」
そしてやはり姉・蒼穹に頼らねばならない。だが、見過ごせない事態ではあった。
カサ……。慎重に公園の樹木や雑木を影に近づいてゆく。そして――
居た。
何か、巨大なオオカミの様な姿のドロスィア。いつものヤツと違って微妙に神々しい様な。
(なんだ……個体差とか、種別みたいなモノでもあるのか?)
だが、それよりも目に飛び込んできたのは……「ウソだろ……」放心する朋輝。
そのオオカミの前に起つ――、一人の人間の姿。
中肉中背……いや、朋輝と同年代だろう、若い男性の姿。
オオカミには気付いてない様にも見える。しかしその容姿は朋輝の記憶のドアを叩くに相応しい。
「……お。朋輝じゃん……!ひっさしぶりだなぁ」
――声色は違う。もっと高かった、朋輝の記憶と。しかし、聞き覚えのある――軽快な声音。
それは、どう考えてもこんな場所で。こんな状況にはあり得ない人物の声で――
「――そんな……何でだよ――……、琉左!」
小学生最後の年、朋輝の前から突如消えた――元親友・琉左の姿だった……
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