第十章 「朋輝と月のホテルと 2」
「――なぁ、泣くなよ朋輝。あいつにも、きっと何かあったんだって」
泣きじゃくる幼い朋輝。帽子を目深にかぶり、男の子だと思われてた頃の雉子。
――信じてた約束は引き裂かれた――
朋輝が泣き虫なのはいつもの事だ。でも、気の弱さで泣くのと、人を想って哭くのは違う。
一番の親友だと思われていた相手は――ある日突然消えていた。もう逢うこともない。
何かのすれ違いかもしれない――でも幼くて弱さに立ち向かう心がない。
「なぁ朋輝、オレがついてる」「何だよ!オレじゃ駄目なのか」「……そうかよ、いいよ」
そうして、雉子も一時期、朋輝から離れていった――
稚子は、その日から男子のフリを辞めた――産まれた感情。
忘れてしまいたかった、そのわずかな――ほのかな感情。
■
「……あれ。ここ何処?」「起きるな、そのまま安静だ稚子」
『ココハ地下浴場ヂャ。トリアエズノ籠城場ヂャ』
稚子は顔だけで周囲を伺う。各所が倒壊しているが――大きな浴場だった。
自分はマッサージ椅子に横たわっており、古いタオルや浴衣で簡易的な
包帯が巻かれて介抱されていたのがわかった。月明りの、かつての繁栄のあと。
「地下ってそこまで落ち……っつ!いた、いたた」腹部も各所も痛む。
「動くなって内出血起こしてる」朋輝は優しく患部に手を添える。
『スマヌ……打撲ヤ打チ身モヂャ、我ガモット早ク対応シテレバノ』
そういうも雉子に寄り添い少し憔悴しているアイレ。
「あたいが出しゃばったせいだって。哀しい顔しないでさ、朋輝も苦虫噛まない」
アイレの身体をさすって慰める。朋輝の表情も重い。痛みは治まらないけれど。
「お前を連れて来なきゃなって……」「そんなことない。バカなあたいはテコでも
付いててったって」「………………」
「アイレちゃんにも無理させちゃった」『スマヌノヂャ』
「その心が嬉しいてばさ、友達でしょ。嬉しいだけ」『スマヌ、アリガトウ』
制服姿の小さな妖精はお姫様然ではなく、普通に女の子していた。
痛む手でアイレの涙をぬぐってあげる。猫の様に頬をすり寄せるアイレ。
確かに自分ボロボロだなって苦笑する雉子。ジャージが台無し。朋輝の私服も泥汚れが酷い。
「何だよ~泣きそうになってん……あたた」「泣いてねぇ。黙って安静にしてろ」
朋輝は――表情が解り辛い。いつもの事とはいえ。
(あんな夢みたせい……そっかあの頃か、朋輝、感情が顔に出なくなったのって)
ずっと感情が直感的に出る性質だった。そこを付け入られ泣いてしまう――幼き日の朋輝。
(……そんだけ時が流れたんだ)夢の中の泣き虫だったあの朋輝はもういない。
「ドロ何とかって敵は?」「アイレが銀の髪で部屋の破損を補修して、何とか防いでる」
確かに。部屋のそこかしこに銀色の壁が視える。「うぁ、すっご」
あの髪は無限なのだろうか。いや、ツインテールが減って短くなっている。
「アイレちゃんごめん。でも、何とか突破して帰りたいね」『尽力スルノヂャ』
「駄目だ、今動いては。内出血起こしてる時は安静が回復への道。
お前が思ってるより腹ヤベーんだって」
「視たの?スケベ」「……冗談言えるなら素直に寝てろ」「はーい」
腹をめくってチロっと舌を出す雉子。ようやく朋輝にも苦笑が視える。
『今日ハ此処ニ宿泊スベシ、ト言ウ結論ヂャ……雉子モ朋輝モ休メ』アイレが切り出す。
「ん?少し休んだら帰れるって……」「腰とか打撲もしてる。素人判断は危険だ。
早く医者にみせたいくらいだが、内出血は安静って前にソラ姉に聴いてたし」
「ソラ姉すきだねー」「今はそこじゃない」
「ゴメン。でも優しすぎる朋輝もグっとくる。あ。怒るなって、はは。悪かったって」
和ませようと思ったが朋輝の表情で留まった。ちょっと怒った顔、久々に見た。
取りあえず宿泊は決定で。稚子がお菓子持参だったため最低限の空腹は回避できそうだ。
「海の家で喰うラーメンが美味い理論だね、お菓子すげーうめー」
「雉子の手前勝手に助けられるとは不覚」
体力喰うから荷物は軽くしろ、という示唆を破って菓子持参してたのだ。
「アイレちゃん寝ちゃった?」「寝るんだな。あぁ、休ませてあげたかった、助かる」
自前の羽根を布団に寝入るJK服のアイレ。奇妙に絵になる。
「朋輝さ――琉左――が日本に帰ってきてるの知ってる?」
思い切って、朋輝に――問いかけた。このタイミングでしか、と。
ピクリと反応する朋輝。
「………………」ボロ浴衣を掛け布団に、隣りのマッサージ椅子に横になっていた。
「琉左さ。あれから二年もしない内にお兄さんだけ残して帰国してたんだって」
「住む家も隣町になったけど、よくはるる野に遠征してゲーセンでプレイしてるって」
「やっぱ、朋輝とヨリを……」「いいから寝ろ、雉子」
ぴしゃりと雉子の報告を斬る。朋輝は目を伏せてそのままだ。
初夏とはいえ、民家が周囲に無い山奥ではやはり夜は冷える――いや、空気が重いせいか。
「……逢える時に話しとかないと」「だから寝ろって」
「あたいの親父みたいに永遠に話せない」「………………」
稚子の父は他界していた。若い父。朋輝も何回かお世話になった。
「琉左ってさ、バカで感覚で生きてる猿吉くんでさ、感情表現へたっぴだ」
「何となくで生きてて音ゲーだけ上手い、まーそこが可愛げあるっちゃある。」
稚子はとつとつと昔を語る。
「あたいも最近、会って話してた――でも、本音の部分は未だに聴けてない」
「……俺は、あいつと今逢って……何が取り戻せるんだ?」
かなりの長考のあと、やっと絞り出した感情のしずく。
「知らねーって、あたいに聴くなよー。そこを琉左に聴くんだよ」
「…………」
「男同士の友情ってのはさ、男にしかわかんねー」
あたいは何でここで女子なんだ、そう言外に含ませる。
「とりま――寝よっか」「…………」空気も沈んだまま、このまま寝るに限るのか。
無言は肯定。二人は寝ることにした――のだが。
ガギギ。グギギガ――
どこからかヒビ割れる様な軋む様な音が響き――近づいてきた。
「――なん、だ……?」「音、どこから?」
電気が通ってないので上部の狭い窓から差し込む月明りしかない。
ギギ、グギガギガ……金属がこすれる様な、鈍く擦り切れる音が湧いてくる。
「まさか……ダンゴ虫?」「く、どこだ?」
すると足元から球体が迫り、眼前まで席巻する!「うあ!」間一髪かわす朋輝。
ガン!ギャガン!室内で球体が反響する。
「アイレが壁という壁を溶接したハズ……!」「……お風呂の給湯口とかじゃない……?」
「しかし、あいつら入ってこれるサイズじゃ……」
言われれば下方から迫ってきてるには合点がいく。よく見ると、サイズが小さくまばらだ。
「そうか、何も同じサイズに決まってた訳じゃ……」「まずいよ!」
向こうにも思考があったのか、給湯口の配管サイズの団子虫が送られてきていたのだ。
『――あれ?モキモキ。どしたの?ここ何処?』
「いや、アイレっ、お前が補修したのに侵入され――なに!?」
見れば――それは銀色では無く、桃色のアイレだった。
「ふぇ?と、朋輝……アイレちゃん色違くない?なんかぬいぐるみみたいに……!」
朋輝が始めて出逢った時と同じ、薄桃色髪の自称・妖精の方のアイレが
雉子の耳元で寝そべっていた。
「お、お前、何でこんな時にそっちが出てくるんだ!」
『よよよ!?ひど!なんでアイレ責められてん!?』「わ、わかんないけど、逃げよ!」
ドッガァン!マッサージ椅子が団子虫に直撃される。
吹き飛ばされる様に朋輝が雉子に覆い被さり、彼女を掻き抱いて回避する。
「わ、痛、いやっやだ、ソコさわっちゃ」「女の子みたいな声出すな、取りあえず脱出だ」
「あたいは男だ!ちげぇ!女子だぇ!あーいたた!アイレちゃん逃げる、よ」
『こ、この娘ってダンス教室の、ま、待ってよよ!』
朋輝に肩を貸し、稚子も痛みをこらえつつドアの方へ。桃アイレもかっとんで来る。
「アイレ、こっちのはピンクの糸とか出せないのか!?」
『な!何それ、アイレ曲芸なんて無理っぽ』
「試しに出してみろ、ツインテから何か発射、さん、はい。ほれ」
団子虫が飛び交うなか、言われるままやってみるアイレ。
「そんな無理よよ……あ」
ぽん。何か出た。両ツインテールから一個づつ。二個の桃色の玉。
「なんだよそれ」観れば――ピンクの水風船の様なものが跳ねて、踊る。
「わかんないよよ――うーん。とりま、投げる」ぽいっと放ってみる。
ぽよん。ぼむ。ぱうん。
桃玉は団子虫にあたって、跳ね返って、そのまま戻ってきた。
『帰ってきましたね……強い子たち……』「よし、出口へ急ぐぞ」
『よよよ~もっと何か反応してよよ!』「わわ~団子虫だらけイヤぁあぁ」
ガラスのドアを開ける。元々ガタがきてたので、躱した団子虫が命中。
バッギャイィン!と、圧潰する。そのガラス戸の破片が舞い散る。
昔の作りなのか、鉄線が内部で交差していたガラス戸は細かく砕けた。
「く、ガラス、危ねぇ!」「いやぁっ!」
――すると、ぽよん、ぶわぁあぁん。
先程の桃玉が大きく広がり、ガラス破片から護ってくれたのだった。
パッシャイイィン。そして元の球体に戻る。
「は?――何だこれ」『あ――なんでしょうねぇ』「お前が知らないッ!?」
桃玉は二人の周りをぽよんぽよん跳ね、団子虫が来ると跳ね返す。
ぽよんぽよん、ぶもぉん。時折先ほどみたく大きく広がりガードする。
「……もしかして、自動で守ってくれてる、の?」
『そういう事にしときますですす』
「お前、すっげ他人ごとみたいだよな!――とにかく、都合いい、逃げるぞ」
アイレ自身も自分で作った桃玉に守られながら、何とか上階を目指す。
「す、すごいねアイレちゃん、桃色の方も頼りになるよ」『桃……?』
「あぁ、桃色玉使えるアイレすげーってこと」『アイレ、役に立ってるる!』
「あぁ、すげーさ」頬を上気させたアイレが先の道を先導し、確認をしながら進む。
団子虫はひっきりなしに襲っては来るが桃玉の活躍で僅かな擦り傷で済む。
「く、いけるな。雉子、大丈夫だ」「何だかさ、昔と逆だ」「ん?」
過去の残像――泣き虫の朋輝。かばう帽子の雉子。強い男の子に護られていた、と
思い込んでいた頃の朋輝の葛藤。琉左との別離で雉子とも疎遠になった――あの頃の。
「――やっぱあたい、女。あんたは男の子」「当たり前だって」
「悔しいけど、今のが嬉しい」
胸にあふれる暖かい気持ち。強がらない――素直な感情を受け取って貰える関係。
「……今の自分を改革しないと一歩も前に進めない。そう思った結果がそう見せてるだけ」
「それがカッコよくみえるんだぜっ、朋輝なんだぜ、――イひっ」
稚子は歯並びが悪く、イひひ笑いが特徴なのはそれが原因でもある。男の子に見えてたのも。
だが、今やそれが彼女のチャームポイントになっていた。
それが時間――人の変化でもあった。
「こんな処で死んでる場合じゃねーな、とっとと帰るぞ」「あぁ、そこ抜けたら……外だ」
外に出れたら出れたで、どうやってこいつらを撒こう。
姉の様な白い巨人はない――自分にも、自分にも鎧が欲しかった。
虚勢を張るだけではない。心と身体の鎧が……湧き上がる――強さの感情。
「帰ったら俺、結婚するだ――言うとフラグなんだぜ朋輝」「誰と結婚すんだよ」
「アイレちゃんとあたい、重婚!」『一夫多妻制なのの!?』
そんな冗談で――その一日は優しく終わり、明日の陽光は……
「やめろよ、フラグ……こんな。回収すんの……」
「嘘、だろ……これ」『ぁ……』
上階に昇りきるまでもなく、外で飛び出た三名だったが、そこで待っていたのは。
渓谷に狭そうに鎮座まする――醜悪な、
巨大なダンゴムシ型のペロォタイプの姿であった。
もちょっと続きます。出来るだけ早めに(汗