第七節「ソラと父の背中と」
日はもう暮れていた。
太陽と月子の二人に笑顔で手を振って帰路につくと
まるで天界から地上にもどったのかの様な気になる。
駄目だなー。ふわふわしてら。
「……あれ?」
片田舎なせいか、夜闇を照らす街灯は少なく、少し坂になった帰路。
あと少しで自宅という時、近くの電信柱の下に街灯に照らされて、
自称・後輩の恋縫ちゃんが待っていた。
彼女はこちらを確認するとぺこりと挨拶をして歩み寄る。
「こ、恋縫ちゃん。どうしたの?こんな時間に……」
「こんばんわ……部員の方と、仲良いんですね」
うん?突然なんだ?夜鳩のこと?竜地?部室に来てたのかな?
街灯で陰が出来て、彼女の表情がよく見えない。
「あ、いえ。ちょっと人見知りが発動して部室前まで来てたんですが
キョドっちゃって、へへ。ヘタレで駄目ですね恋縫。だから、その。
明日は勇気を振りしぼって……伺いますっ――だから」
ごめんなさい!ごめんなさい!と何度も頭を下げられた。
「あぁ。緊張しちゃった?ま~ウチも個性的なの多いし、
そりゃ無理もないよ。はは、ごめんね。
まだ新一年生だし。明日以降いつでもいいからさ、無理しないで」
昼間の可愛い顔とは一変、少し思いつめたような顔。
気を張って明るく努めてただけだったのかも。
そか、こういう子を落ち着ける環境考えないとなー。
課題はいっぱい。
てな訳で、
気持ちが固まったら部室に顔見せに来て、活動内容見学でもいいから、
とにかく不安にさせない等の気配せをして、彼女を落ち着かせた。
ナイーヴな子なのかもしれない。
そんなあたしの努力に気付いたのか、
「あ、わわ。ご、ごめんなさい。こんな押しかけて言うのも
ヘンでしたね。うん、やはり明日、すぐでも」
と頭を下げたあと、最後に一言付け足した。
「――恋縫にも、未来はありますよね」
「え?あー(量産型も輝くってアレ?)うん!もっちろんさ」
「竜地みたいな強面な顔だけどイイ奴もいるし、楽しい部活になるよ」
「強面の……」
「中学の時から妙に絡んでくる奴でさ、プラモ好きでもなかったのに
なんか部員でいてくれて、ムードメイカーな奴さ。おもろいよ」
「……そうですか」
ようやっと、薄く笑ってくれた。
馴染んでくれるといいな。楽しい部活にしたいし。
「では……ソラ先輩。また、明日です」
明日の期待を胸に可愛い後輩(予定)は踵を返した。
■
「ソラ、帰ってたのか?」
――我が家の庭先から父親の声がした。
「え?あ、おとぅ…………あれ?」
振り返ると、恋縫ちゃんはもうそこには居なかった。
(はっや、めっちゃ足早いのかな)
おとぅの声がして人見知りが発動とか?
(おとぅも結構イカついおっさんやし、怖かったのかな)
「おう、蒼穹。どうしたそこで一人で」
「え?あーいまちょっと後輩がね、あー仕事は一段落?」
「まぁな、トリプルドヴに情景併せろってな、楽しいが厳しいぜ」
「あー名シーンのあれか。やりがあるじゃん」
父・汪鳥大空が門扉の前まで来ていた。
変わった在宅仕事をしてる。
溶剤の匂いやらキツいので、外の空気を吸いたがる。
(くぅ、おとぅ、後ろにでっかいロボットいるんよ!何故気付かないん?)
願いも届かず、やっぱ白い巨人はうつ伏せに寝てるし。
でも、
あたしのそんな目線に気付いたのか、父・大空も我が家の上方を見上げてた。
「なんか家……奇妙な事になってんな」
「ええ!?アレ、おとぅにも見えるてるの!」
まさかのまさか。父には見えてた……にしては凄く冷静だけど。
しかし、
「デカいの空いてんのな」
「え?」
屋根、とゼスチャーする父。
「あ、あぁ、そっち……そだね、家古いし……壊れたのかな」
見えたのは破損した屋根の方か。がっくり。
ロボットが見えてないから破損した屋根だけが見えてるのか……。
くっそー……やはり見えてるのあたしだけ……キビしー。
「俺の親父の代の家だしな。修理の手配を考えなくちゃなぁ」
「ははー頼むね……穴以外に……何かみえない?」
ちょっと期待。何となく聴いてみた。
「白い……」
「し、白いなに!?」
「干してあるお前のパンツ」
「ぬっころーす!」
「はっはっは、おめぇ何が見えてると期待してたんだ?
野生のタヌキでも隠し飼いしてたか、いや野生のパンツ」
「しにたい!?いや……もーいいっす。穴だけ見えてればいいんよ」
そっか、と苦笑すると、ぽわんとわたしの頭を撫でてくれる。
「まぁ、お前はマイペースで行けな?俺もそうしたし」
「んん?」
よく分からない矜持。それ以上は言葉もない(撫でられて気持ちいい)
んん~っと肩を回しながら、夕飯にすっか!と我が父。
ズボラで面倒くさがりで、思春期の少年がそのまま歳くっただけの父。
これで高校生時代はこの街のお騒がせ少年として
とてつもなく有名だったらしい。オオカミ少年とも言われてた。
やんちゃだったのか、それは頑として語ってはくれなかった。
あたしの母の事も”まぁ、そん時がくればな”の一点張り。
そんな父をあたしは大好きだった。
ファザコンでもいい、たった一人の肉親。
妻の詳細は語ってはくれないが、不思議と悲しい顔をしない父。
――その背中は、いつも空の彼方をみている様だった。
24/05/23 修正