第六章 「朋輝と、銀糸の女王/後編」
挿絵追加しました 19/05/27
『怖ガルデナイ――近コウ寄レ、親民ヨ』
「は、はぁ……」
貧民が親民にランクアップしてるし。
さて――ここはあの、操舵空間ていう謎の空間だ。
銀糸を使う女王アイレに招かれ、ツノに触れると、
ここに現れ出でていたのだ。
『密談ヲスルナラ、我ノ好キナココガ好イノヂャ』――らしい。
この空間は水面が無限に広がっているのだが、何故か
大樹がたまに浮いて(生えて)いて、その根っこに座らされた。
王女はその内の一つの根元へ優雅に腰かけ、朋輝も――さぁ、
そこに座れ――とすぐ隣りの根へと座らされたのだ。
優雅に座る様はやはり王族な感じもする――羽根もふわふわしてる。
「(――にしても、あのアイレと容姿だけは完璧に同じなんだな)」
改めて、まじまじと魅入った。
『フフン――我ノ美シサニ見惚レテオッタカ。クク、無理モ無キ』
「えぇ、噂通り――噂以上という感嘆です」
まぁ嘘はない。ただ動く銀色の彫像になってしまって、だが。
朋輝はしばし王女の美人自慢というか、ナルシズムを聴かされる。
やれ、カエルムでは褒められ飽きたとか、こっちには歯牙にもかけない話。
(――こっちが本当のアイレ……という可能性も考慮しないとな)
何より、楽しそうなのだ。どうにも、話好きなのは共通してるらしい。
どっちのアイレも――根は能天気なのかもしれない。
「王女殿下をカエルムに帰還させたく――」
「よって、このアゥエスを復興させ、王国も復興させまして――」
「それまでのサポートは出来得る限り自分が――」
自分でも、”よくそんな歯の浮く……”と、かゆい美辞麗句を
ぽんぽこ並べていった。普段の自分じゃあり得ないへつらい様。
(信用を得ればいい――これで最後だと思えば)
色々と、自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ。必死でもあった。
『――ソウカ、オヌシ』
ふと、散々っぱしらおだてまくってた朋輝。それをどこか
紅茶と洋菓子をたしなむ貴婦人の様に聴いていた王女が切りだした。
『我ニ、惚レテシマッタノ、ダナ?』
「はぇ!?」
――ただでさぇ静かな操舵空間がさらに凍えた。
(どうしてそうなる?)他人にへつらって喋る、なんて未体験な
ゴマすりを繰り返し果てた朋輝もさすがに心がへし折れた。
「……え、と――そうなのですか?」
『ソ、ソ、ソウデアロウ!』ばふぉーんと頬が好調に紅潮する。
『ダッテ――ソノ、ソノ様ニ必死ニ、高揚シタ顔デ――、
会ッテ間モナイ異性ニ、カ、斯様ナ饒舌ニ!
ソ、ソ、ソレ以上、我ニ言ワスンヂャネェヨ!シ……痴レ者ガァ!』
ぽいーん。
ツインテールの銀糸で小突かれ大樹の根っこから転げ落とされた。
だっぽーん。いや、水面からは沈まないので表面だけで波打った。
(……いや、だから何で……?)
見れば、両頬に手を当ててイヤイヤしてる。照れ顔満開である。
(銀色王女の方が照れてるって何だよっソレ)全くである。
こっちは会って一週間以上もあの濃いキャラに振り回されてた故だ。
この唐突に現れたアイレの形をした”何か”には
”ピンチに突然現れた謎の地上民の救援者”にしか映ってないのだろう。
「ん?いやこれ好機なのでは――」
(そうだ――勘違いされたままでも好くないか?)
思い直す。名案ではないか、と。
勘違いが上手く流転すればコイツも帰還できて、
自分もソラ姉との生活に戻れる――上手い事言って逃げて、
あとは”視えなくなりました”とでも演技すれば。
(……うん、一石二鳥か)もはや打算だけになってきているが、
アイレが”――人外の何か――”だと認識してしまって朋輝も色々
麻痺してしまっていた。
「……バレましたか、心惹かれてない、と言ったら嘘になります」
彼方朋輝――後で想い返しても後悔の”酷薄な告白”であるが、
ウソ臭くなく、好感度下げない言の葉としては上策、と。
『カ、カ、カ……』
(か?)機械が誤動作ったみたいだな。
『カ、カン違イシナイデヨネ!ソ、ソンナ言葉デアタイ篭絡ナンカ
シテアゲタリナンカシナインダカラネッ!』
…………今日び、絶滅しかけてるベタなツンデレきた――――
「うぷっ」……こんな台詞、ガチで言い出す輩いるのかよ。
チョロい。チョロイン(チョロいヒロイン)ってヤツだ。
(でもこれは……)下手に揶揄しては致命傷になるな。
朋輝も学んだ――女性にはいい気分にさせてあげる配慮も必要だと。
(何か条件管理の雑な恋愛ゲーしてる気分だが……)
『ヨカロウ――汝ヲ、我ノ世話ヲスルサポート役ト認メヨウゾ』
「……身に余る喜び。至極恐悦」
とにかく、そういう事になったらしい。
(こっちが本性のアイレなら塩梅は悪くはないんだが……)とにかく
日を改めて段取りを相談する――そんな流れになった。
『サァ、密談モ終ワッタ――操舵空間カラ出ヨウゾ』
「あ、はい王女殿下」
『ムゥ、王女殿下ハ堅イ――ア、アイレ様ト名前デ呼べ』
「え?はい、ではアイレ様」
『アイレチャンデモイイノダヨッ!?』
「じゃ、アイレちゃんで」
『恥ズカシイノ!』
何か駄妖精とノリが変わらなくね?と思うも朋輝も仕方なく
”アイレ様”で妥協して貰った。
『ヨカッタノ――アイレ、誰ニモ頼レナクテ……寂シカッタ……』
「―――――!」
本人はこそっと独白したのだろう、聞こえてしまった吐露。
(……俺が、俺がここで上手い事いって逃げたら、このアイレも
孤独……なのか)
それは姉ソラが王子の独白に――彼を見捨てられなかった要因に
被ることなのだが……やはり従姉弟、家族なのかもしれない。
『トモキ、ソウ呼バセテ貰ウゾ』「――えぇ、お構いなく」
『デハ、トモキ。コレカラ頼ムゾヨ、フフ』
アイレ王女は、そこでにっこりと微笑んだのだ。
――朋輝はどきりとした。
年相応の笑顔を――こんな異様な姿なのに、なんて素直な。
「………………っ」
朋輝は逡巡した。そのあどけない咲きように。可憐さに。
(俺は――)少し――恥じて。
少し――
■
「――――ん?」
間違いなく、現世――春の夕暮れの蕎麦屋のソコに
戻ってこれた――ものの、王女アイレの姿がない。
代わりに――「アイレ?」……居た。
すっかり日が暮れて夜の蕎麦屋の近くに、
謎妖精の姿のアイレが、横たわって寝ていた。
「なんだ?――あっちが本体じゃないのか?」
元に戻った?変身が解けた?――わからない。
ふぅ、とため息をつき、しばしアイレの傍であぐらかいて
駄妖精を眺めていた――(取りあえず、だ)頭をかく。
今日の処は、動物公園まで届けて終わろうと思った。
(ロボ本体に近いと、あっちの王女になっちまうのかもだし)
なった処で、朋輝に関わって来るのは間違いないけど。
「なぁ、シュライク――だっけ?お前のご主人さま、
一体どっちが本当なんだ?」
返答など期待してない。ただの独白《独り言》。
仰向けに寝そべったまま、無言を貫く天威の騎士――。
ただ――誰にも頼れない女の子を放っておくのは忍びない……
そんな、憐憫とも同情ともつかないソレが、
……喉に刺さった魚の骨の様に引っかかっただけ――
朋輝はそう自分に言い聞かせた。
「お前、治すからさ、こいつら――早く帰して安心させてやってよ」
そうシュライクへ軽く手をふる朋輝――我ながら馬鹿やってら、と。
学生バッグを自転車カゴに――それを枕にアイレをそっと寝かせてやる。
なんとも、安心しきった顔で寝ている――ぬいぐるみみたいな等身で。
人間ではない。本当に、妖精でもない、
本物の妖の類なんだ……〈理解できない異物〉
朋輝は短い半生でも――触らぬ神に祟りなし――そんな教訓めいた
言葉を訊くまでもなく、関わってはいけないんだと自覚はしている。
だが――……だけど――……。
思考は止まる。指向が止める。
『……ぬにゃ?……モキモキ……アイレ、寝てた?』
「――あぁ、羽根は回復したっぽいぞ……疲れたんだ、もう寝てな」
『……ぉー、ぅぇー……へへ、アイレお家に帰れるって、むにゃ』
また寝入った。どこまでも朋輝を信じる小さな存在が。
(――――――…………)
幼少時、友人に裏切られた過去を思い出す。
一人は。独りは。……世界から断絶される――剥離の恐怖。
あんな恐怖、あの畏怖。
――当人じゃないから知った事ではない――そう見限っていいハズ、
だけど……なのに。
アイレ王女の微笑。アイレ妖精の微笑。
「……………………俺は、何がしたい?」
朋輝の脚はペダルをこぎ、動物公園へ。
世界から取り残された存在と――春の夜の桜吹雪が舞う夜空の自分と。
自転車は坂を下り、
はるる野の街の灯りに吸い込まれてゆくのだった――――