「稚子ちゃんのささやか入院日誌」
本編「朋輝とオオカミの刃2」のつづきの前に、やっておきたかった小話です
「うぉう、暇なのだ……」
稚子は内出血と打撲、擦り傷とその他……と、
おおよそ女子高生とは思えない損傷をおって入院していた。
一時期は家庭内暴力かイジメなのかと疑われたが、決死の言い訳と衣服の切り傷等で
何とか余分な邪推はされずに誤魔化せた。母親には平謝りだったものの。
「にしても二日は入院って……」GW終わって平日も休むことに。
『仕方あるマイ、雉子の怪我ニハ我も冷や汗カイたんヂャ、大人しく入院せイ』
病院ベッドの傍らでりんごをナイフで剥こうと格闘する銀アイレの姿があった。
「も~アイレちゃんだけが暇つぶしだよ~」『何か暇つブシ道具みたイに言うデナい』
病室は大部屋で、カーテンに仕切られているがやはり狭い。
なので八等身に戻らず妖精姿でアイレは相手をしていた。
「……朋輝~。暇だから仮病つかって早退してちょー」『コラコラ』
「学校は割かし好きなんよ、友達と駄弁る貴重な場を提供」『本音ダダ漏れヂャ』
「ダンスもね。あんま上手くないけど踊るのは好き。朋輝いるし」『ホイホい』
稚子は口が減らない。口から生まれた星人なのだ。
アイレは立場的に学友は居たもののこんなに饒舌な友人を知らない――だが、
『おノずと悪い気ハせんな』だった。相性が良いのであろう。
「そいや、声。少しはっきりしてきたね」『声……?』
「なんかノイズっていうか機械っぽい感じ混じってたのが消えてきたっぴ」
『ソウ……ヂャったか』「気のせいかもね」けろっと言う。
「まぁあたいのハスキーボイスにゃ勝てないもんね!」イひひ、といつもの笑い。
『シャガれ声とか言ウ奴か?――ソウかのう、個性的な声デ我ハ好きヂャぞ』
「え……」これは予想外。
雉子のトラウマはこの声で、男子のフリしてたのもハスキーボイスという
喜ばしくない要素で可愛げのないフツメンさ故であった。
がば。
「アイレちゃん結婚してーなー!」妖精形態のアイレに抱き着きせがむ。
『むがムがー同性婚ハ我が国にはアルが、む、難しーノヂャー』
「え?あるの」『遺伝子的ナ子供ヲ作れるノデナ、女子同士の子トカOK』
「ほぁあ、ちょっと行ってみたいな天威の国」『フフ、シュライク治せタラいつかハナ』
アイレ自身それほど本気では無かったのだが……、
『希望ハ大切ヂゃ、ヨイのヂャ』と締めくくった。
さて、
アイレは割かし器用で、このサイズでナイフを器用に扱い、リンゴを剥くコツを
つかむにそれほど時間を要しなかった。自分でも剥けたが
アイレがどうしてもと聴かなかったのだ。
その代わりに稚子が”ウサギさん”を教えてやった。
『オォ、なんヂャこの可愛いの!』「庶民の奥義、皮むき道の神髄じゃーい!」
それは庶民オブ庶民の剥き方、”ウサギさん剥き”――さして難しくもないのだが。
アイレは臨む、『庶民ガ何ぼのモンぢゃー』……そしてただいま三十分経過。
『出来たノヂャ』「おー……次回への目標たったね……」『ぬぐ、グ……ぅにゃ』
それっぽい感じに剥けたが荒が目立つ。ウサギの耳もボロボロだった。
『庶民……恐ろシイ子……』横たわるアイレ。
「アイレちゃん、ローマもウサギも一日してならず、ガンバじゃ!」『今度コソ!』
二人は笑みをかわす。いつか叶えたい願い。たわいもない日常。
『稚子ハ、朋輝とは幼馴染ヂャったな』
「むぐ、もぐ、うん。〈道楽雑貨屋〉てトコでね、あいつお姉さんと待ち合わせしてた」
音ゲーをしてた朋輝。そこで琉左が声をかけ対戦になり、親交が深まる過程を説明した。
アイレは食事を必要としていないので雉子のむしゃ喰いを楽しそうに観ている。
『何と、あヤツ人見知りのモヤシっこダッタか』「そうそう、今と大分ベクトルの違う
陰気さがブレンドして絶妙な陰キャだったんよ、あのままだったら惚れてない」
『あのムッツリは幼少期のコジラセの大進化バーゲン!ヂャったのか』
朋輝が聴いたらブン殴られそうだが。女性同士だと遠慮なんかはない。
「あたいねーこの声とクセっ毛が嫌で坊主頭で、ずっと男のフリしてたの」
「琉左も気付かねーから、お泊りん時風呂はいろって時は焦ったわぁ」
「おっぱいもささやかだし、背ばっかし朋輝に近い近い」
どうでもいい話ばかりだが、庶民の話が楽しいらしくアイレは興味深く聞き入る。
『アイレちゃんはどう?王族たって学校行ってたんでしょ?』
稚子は人の話を聴く上に饒舌というタイプの聞き上手でもあった。
会話のネタでふったのだが、
『…………我はイイのヂャ』寂しそうな笑顔で会話は止まる。
「友達作るの苦手だった?」遠慮がない――だが、言って気付く。
『イヤ、な……記憶がトンデて、いつノ間にか友達ガおったりシタ』
「んん?……あ!」(……そっか朋輝言ってた、副人格なんじゃないかって)
「あー……ごめんごめん。でも、あの……いいじゃん、友達作るきっかけ、端折って
もう仲良く出来るってラクよ~」『ソウ、なのか』少し顔を上げるアイレ。
「うんうん、朋輝がその辺へったくそでさ、人見知りで、アハハ……友達なりてーって
のに、上手く会話が繋げなくて、ただの業務上の返答にしかなってなくて
中学ん時も一部の友人としか付き合ってない……高一になった今も苦戦中」
『地上民も、ソレほど……変わりハないノカ』笑みが戻る。
「そーよ。だからあたいと朋輝と友達になれたのはアイレちゃんは至福の幸福の
春爛漫桜吹雪ってぇやつぢゃよ、イひ!」
稚子らしい駄弁りの流れ……だが、この言葉はアイレに深く刻まれる。
アイレはふよふよと飛び、ベッドの雉子の枕元に腰掛ける。
『……ソッカ、友達――アイレは友達……――春ハ、爛漫なの、ヂャ』
「うん。令和元年最初のお友達アイレちゃん、だ」
稚子のしゃがれ声はやはり心地よい、アイレの琴線に触れる波長――刻まれる。
こんな状況になって、こんな牧歌的な空気。アイレの心は静かに揺れていた。
「……よっす。雉子――って、あん?」
夕方になって朋輝が顔を出す。学校帰りで制服のまま。
「……ふ。まるで姉妹だな」
二人が見たらきっと驚愕しそうな朋輝のやわらかな微笑。
掛け布団を二人にかけてやる。こんな時間があってもいい、と。
一時間もして、
横の座椅子で朋輝もうつらうつらした処を雉子とアイレにいたずらされる。
互いに心惹かれる朋輝という少年に、思う存分からかうのだ。
稚子の遠慮のない爆笑。朋輝に小突かれるまでが予定調和《お約束》
『アハ、ははは、ハハハははは』アイレが初めて声をあげて笑う。
それは幸せで――儚くて。認識阻害なんて無ければ病室全土に聞こえていただろう。
――彼等の一番の平和な時間は、とてもゆるりと過ぎていったのだった……