表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/139

【リヒトSAGA】

外伝です。

本当は本編でのキャラを掴むために書いた習作で、未発表のつもりでしたが

最後まで読んで頂いた方がいたので少々推敲しての発表です。

時系列的には本編の前の、とある日常になります。

またやるかもです。

「ね、兄ちゃ、アイレ新しい踊りに挑戦してるの」

「ほほぉ~、アイレは勤勉だな」

「んん~褒めて褒めて♪」

妹は舌足らずで”兄ちゃ”と短くきる。

いや、ただの口癖なのだが、リヒトにとってはどんな些末な癖も

”可愛い”、で一閃だ。

兄馬鹿なのは根っこで自覚しているも、表面ではいい兄である、

という体面だけで納得している


天威の国カエルム。この極東の地『カエルム・シャルク』は王国制である。

王城は石造りでありこけむして綻びも多く補修と改築で、

もう何世紀も昔から存在する、遺跡の様な様相であった。

しかし、内装は古さは感じず、その時代の――独自の科学が産む、

魔法の様な楽園が文明を彩っていたのである。


しかし、何度となく量産機たち……呼称『ドロスィア』の侵入の許すよう

になり、籠城(ろうじょう)の要塞もしくはシェルターのようになってしまっているのだ。

国としての結界。さらに城自体の結界。念がいっている。

(くだん)の侵入を防ぐため、外界の空間を隔絶する結界を形成した

天威の世界カエルムだったが、

それすら()い潜り侵入したドロスィア達の猛威は多くの人命を奪った。


初めは偵察隊の髪から頭皮から、皮膚から。

一番容易なのは呼吸。

吸い込まれた微粒子レベルの彼等は永い時を経て、寄り集まり明確な核となす。

巧妙なのは、一番の好機になるまで人間の体内に潜伏、

上位命令からの受諾が出来るレベルまで待機するのだ。

上位種も侵入・潜伏・核形成までを長期こなすため実に気の長い工程だ。


すでに王子の兄妹は多数の死者と重篤者を出し、

次女エストレーリャは10年前に下界にくだり行方不明のままだ。

現在の市政は三女リュンヌが執り行っており、その下の

三男のリヒト。四女のアイレが健在である。

七人の兄妹王。三名だけが健在という逼迫である。


「ライレ。アイレさま、また脱走?」

「はぁ――レイレすら煙にまく様になったの……」

独特のメイド姿はリヒトとアイレの趣味だ。

姉ライレ、妹のレイレ。双子のメイドである――正確には

ハウスキーパーであり専属の侍従長とでも呼べる立場なのだが

何だか出来のよい姉姉妹みたいになってきている。


城自体は古いが、ドロスィア達の侵攻で各所に破損個所があり

細かい抜け道が出来てしまっていた。

今日も城を抜け出して城下街へ趣味の散歩に馳せ参じるアイレ。

兄リヒトは重度のシスコンでヘタレだが、

妹のこういう無茶な爛漫(らんまん)っぷりを意外に認知していない。

自身が観たい相手の姿しか見えてない哀しさ。

客観性の是非など問われない裕福な暮らしゆえでもあった。


「ふわはー新刊でてるよよー。やったのねね」

街のデパートの本屋。

庶民の大衆書物メインな俗っぽい本屋だけれども、

アイレは”こーゆーのでいいんだよ、こういうので”、という

食通みたいな感覚で頻繁に通っていた。


「お嬢ちゃん。BL(ボーイズラブ)好きだねぇ」

「うん、BLは心の国宝だよ」


笑顔で素の答えで応じるアイレ王女。

あまりにも普通に通ってくるので誰も御忍びの王女だと気付いていない。

……いや、気付いてはいるのかもしれないが、

”まさか王女がこんなに頻繁に出歩く訳ないか”とスルーしてしまっていた。

たぶん、王女の影武者か何かだと思われているのだろう。

髪型は公務では降ろしているので、お団子やツインテールという

ベタな庶民の髪型は目立ちにくいというのもあった。


「しまったやや。今月のお小遣いだいぶへっちった」


あまり反省のない第七子は繁華街を練り歩く。

その後方に侍女レイレの影。さっさと追いついていた。

アイレは若干には気付いてるが、気にしない。

付いてきて貰わねば彼女の立場もないのは理解しているアイレ。


幾度かのロドスィアの襲撃もあって、

そこ箇所で復興・改装している地域もあったが

太古の町並みと、現在の科学を併せた不思議な景観は変わらない。

駅前ビジョンは面白味もないニュースを流し、時計は昼過ぎを報せる。


街頭の掲示板では第六子リヒトを掲げるプロパガンダ映像が流れてる。

おもに戦意掲揚の誇大広告だが、文字通りの気休めなんじゃないかって

アイレにも感じていた。それでもテンションだけは落とすまい、

……それほど王兄妹の喪失と衰退感が与える思惟(しい)が蔓延していた。


「それでも兄ちゃ、今日もかっくいい♪」

そんな思惟も大して介してないのが良くも悪くもアイレである。

兄・姉王の喪失に一時期は泣きぬれていたが、

彼女には彼女なりの折り合いをつけた故でもあった。

街の人々は――気持ち悲壮感があったものの――各々の生活を

取り戻してはいる様だった。

「うーん。明るい話題ほしいよねね。

 いっそアイレがアイドルデビューでもしようかな」

有言不実行はアイレの口癖みたいなので期待してはいけない。


「ねーねー最近さ、リヒトさま街中でよく見かけるって噂、本当?」

「あー知ってる、”王子ちゃん君”でしょ、あれマジっぽいよねえ」

街頭で親民たちの声を聴く。


(王子ちゃん君?本人?兄ちゃプライベートで外出ってする方だっけ)


兄ちゃは王立学園に通ってはいる。あまり友達が居るって聴いたこともない。

そもそもおだてられるだけで、積極的に人と関わりになるタイプじゃない。


(許嫁のアイツは……ないなー。兄ちゃはそもそもアレは誘わない)

独占欲で決めつけている。真実とかはどうでもいいアイレ。


「なにかこう、ゲーセンで調子こいてる容姿端麗(イケメン)なアレ?」

「そうそう、すっごく変装してるけど悪目立ちしすぎて浮いてるって」

「音ゲーで対戦して白熱してたりね、あんまりに目立つから有名で」


買い物行こうと街へと出てきたママさんたちの井戸端会議。

そんな世相にまで有名な兄らしき噂――あ、興味沸いた。


「やー。兄ちゃ、まさかなー。そこまでハッスルさんじゃないよよ」


(あ、でも……アイレの前以外の兄ちゃって知らないやや)

自分の前では清廉潔白せいれんけっぱく、貴公子然としてる兄。

読書が趣味で、姉様のアゥエスをよく整備してる姿ばかりしか知らない。

自分の前と、そうでない時に差があるなど思いもよらなかった。

(み、みてみたい……そんな面白いお兄ちゃ……)


好奇心は湯水のごとく。

退屈な城の中より、世俗と喧騒の方が万倍も面白い。

そこに、兄の人知れぬ姿の噂――どんなデザートか。

アイレ自身も、今日は軽く変装はしているので好都合だった。

(髪をおさげにしてあえてダサい伊達眼鏡を)

アイレの知らない兄の姿、そんな極上スイーツには勝てなかった。


携帯端末スマホで早速、通信網へ書き込む。

【リヒト王子っぽい目撃情報】

しばしのやりとりの後。それらしき情報が入る。

アイレはネット上ではレアと名乗り、友人も多い。


『レアちゃんやほほー、お?今日は繁華街にいるん?

 じゃ~、その謎王子、いま丁度ゲームセンターだよ』

「まじでつか!?」

『マジのマジよ。さっそく”王子ちゃん君悪目立ち”スレ出来てる』

「うっわーw ありがとねレイビ。さっそく観察にいくよよ」

『いってらー』


レイビはネット上の一番の友人。

実は侍女レイレその人なのだが、結局、判明するのは当分先になるのである。


「兄ちゃー兄ちゃー、イキってる兄ちゃー♪」


足取りは軽く、何より身内にどっきり番組してる感覚で愉快痛快。

はてさて。

駅前近くのショッピングモールのただ中の目的地を目指す。

ほどなくして軽く人だかりの中に、その人物を発見した。


「う……ん?……兄ちゃ……なの?」

さしじものアイレは俗世に慣れて(一部だけ)、俗世の珍妙な

サブカルチャーには相応の理解はしめしている、


――つもりなのだが…………、


「はほー!ちょいやっさぁぁぁぁぁ♪ほほほーい!」


ゲーセンのエントランスの一角。そこに当該の御仁はいた。

パーカーのフードを被り、ハート型のダサいサングラス、

首からかけたペットボトル(苺サイダー味)、

下はパンタロンを履き、靴は何故か学校の上履きだ。

聴衆の声援を浴びながら、大型筐体の音ゲーに興じる謎の男。


(たまにいる……必要のない妙なパフォーマンスで自分が

人気者だとはしゃぐ究極勘違い生命体が……)

アイレの辛辣な人物観察すら、事実は小説より奇なりを

ブッチギリで闊歩してゆく。


「ふ!ほ!俺のビートに三下り半叩きつけてやんよおお」

意味不明である。ノリで言うにしても意味不明である。

信じたくない。信じたら何かが壊れる――しかし、

(……でもあの声、すんごく聞き覚えあるよ……まさかだよ)

城内では一度もみかけないらしき姿。


正直……格好悪い。


いや――、マジゲロクソダサだった。


しかしギャラリーは湧く。

なんというか、応援と嘲笑と侮蔑とカリスマが

混じったとてつもない獰猛な歓声が沸いている……。

曰く、

『ぎゃーww王子ぃぃwwwうそマジww素敵ィww』とか

『王子ーwwやだーwwwまじくそ最高www』とか

黄ばんだ悲鳴が炸裂しているのだ。


”きゃー”じゃなくて”ぎゃー”なのが切迫してる気がする。

応じて糞ダサ王子はさらにパフォーマンスを烈火させてゆく。

(うわぁ……笑われてるのに勘違いしてゴキゲンとか

 どこの新人お笑い芸人なののの……)

アイレの伊達眼鏡にヒビが入った。


「いやー今日の王子もサイッコー♪」「キメまくっててお腹痛いよ~」

「フ、そうか?ボクも今日はバズるの控えめだったんだけどなあ」

「えー王子、ダブルでステップまでかまして~(以下専門用語)」

「ふは!見抜いちゃった?んまま~そこ、見抜くなんておませさんだぁ!」

「きゃー、やだーwww王子ぃwwwしんでぇえww」


ひと叩き終えてご満悦のフード王子がギャラリーに応える。


バラエティ番組はそこそこ好きな(隠れて観てる)アイレは

”去年あれだけ売れてたのに今年になって突然消える”芸人の

パターン――そんな未来をそこに観ていた。


(……えーと、えーと……えぇと……うん。間違いないやや)


どうも、ここのギャラリー、いや店員すらこの変装男が

”リヒト王子、その人”だと確信してるらしい。

”王子”というのはあだ名らしい、のは雰囲気から察する。


でもあれは間違いなく、

『あれ絶対リヒト王子だろなー気付かれてないと思ってるから

 楽しそうだなー。そう、楽しそうだから言わないであげる。

 だってあの生き物。マジでガチで面白すぎるから』

という暗黙の了解で、親民が結束してる空気を

アイレはヘドが出るほど感じてしまった。


(集団心理って怖いって言うけど、逆の意味で結束してるにゃ……)


アイレは輪を離れようとする。あの生き物の近くには居たくない。


(えと、どうしよよ……いまSNSに何か発信すると”しね”しか浮かばない……)


現実と理想のギャップというのはどこの世でも訊く話。

しかしそれがこの王国で残された本物の王子と王女の話では規模が違う。


そしてハイスコア。

オンライン通信で、王子のプレイがこのゲーセンが全国区で一位になった事が

判明すると祝賀会の様なテンションが加速してゆく。

最後にはその場全員とハイタッチという気恥ずかしい流れになってしまい、

ギャラリー中から逃れし損じたアイレも当然に巻き込まれてしまう。

「はい!たーち」「いぇーい!」「いええい!」

ぱん!ぱん!と続け様にハイタッチのWAVEが繰り広げられ、

(わ、いや、待って!まった!兄ちゃ来ちゃうやや!)

次はアイレとの番に。

ふと、その王子がこっちに目があってしまう。


(あ!う!……ま、まず……!)

フードの王子は顔をそらすアイレに微笑みかけるも、


「お嬢ちゃん?顔をあげなよ、イケてるナウなヤングは

 アゲアゲで小悪魔☆笑顔でバズってグンナイ!」


(ぶべ)アイレは心が死んだ。


ぱしーん!という乾いたハイタッチ。

兄王は妹に気付かないばかりか、フードがとれてるのにも

構わず、”ゲーセンの貴公子”然としたキャラのまま

そのままWAVEの先へ消えていったのだった。





「アイレさま、どうなされました?」

「え?……あー……うん……ちょっと世界の残酷さを知って」

「――そう、ですか。勉強になりましたのね」

物騒な告白を訊くも、何故か深くつっこまないレイレにも構わず、

王城へ戻ったアイレは縞々のニーソックスにオーバーオール等の

変装服を脱ぎ捨てると下着姿でベッドへ倒れこんだ。


「まぁ、そのリヒ……いえ、お散歩は楽しかったですか」

「あったことを無かったことには出来ない人類のサガかな……」

「お散歩になにかショックなことが?」

「――……」

レイレも自分がネット友達レイビとは言えない故に口には出さないが、

兄王の素の姿に相当のショックだったのは痛いほど理解した。

レイレ自身も兄王の尾行を任せられた事があって、

あの姿を目撃した初日はさすがに、後ろからレッグラリアートからの

インディアンデスロックかましてやろうかと思ったほどだ。


SNSの時点で『脳死に至るからやめろ』と言いたかったけれど

あの会話の流れで断ったり、ウソ情報流しても不自然だし――、

苦渋の決断でもあった。

(お兄ちゃん子は悪い訳ではないのだけど、

 いつ女王になやもしれぬ身、ショック療法もやむなきね)

兄離れはしてゆかないと……そんな心境でもあった。


「うん、観なかったことにしようよよ!」「え?」

アイレは小一時間ほどウダウダしてたものの、そんな決断を下す。

ばば、っと起き上がりシャワーを浴びに行く。



「ライレ、アイレは居るのか?」

しれっと帰ってきたゲーセンアイドル、リヒト王子。

スケジュールには「視察」兼「散歩」らしいのだが、何というか

高揚しててキラキラしていた。

その後に控える侍女がげっそりした顔をしていた。

ライレもご多分に漏れずあの糞ダサ姿を観て免疫ができてはいた。

(王子付きの侍女は新人だったか、面喰ったろうに……)

かつての自分と重ね、同情する。


そこに風呂上りのアイレが。

「わ!わわ!!」「おう、アイレ息災か」


この差である。

バスタオルで身体拭きながらの全裸ではある。

兄王も見慣れてるので全然気にはしないのだが、

妹姫はあの異物な生命体を思い出してしまい、狼狽する。

「お、お、兄ちゃ……かかか、帰っていらしてたのね」

「んん?アイレも外出してたのか?」

「あーうんうん。高台の公園を視察にいってたおー……的な」

「ほお。こんど一緒にゆこう。あそこはいい景観だ」

「え!?一緒に……あー……うん」

自分の横にならぶ糞ダサ兄を想像してしまい嘔吐しそうになる。

別に病でも何でもないのだが。

「なんというかさ、先程外出してた先に、お前にそっくりな子がいてな」

「え!!?……」

「フ。似てたってだけだ。

 まぁ天使の様なお前に比べ、俗っぽくて芋くさくてなんか笑ってな」

「あ”!?あぁ~……んん。ごほんごほん……そ、そなんだ」

「他人の空似とはいえ、残念すぎて不憫――だったよ」

アイレのメンタルにヒビが入った。

不憫……そだね。不憫だね……――うん。


「あー……そ、ソウナンデスカ、オ兄様」

「はっはっは」

「ハハーハハハハHAHAHAHAHAHAHA」


自分を遥かに超えたマキシマム糞ダサブラザーに不憫がられて、

少し兄慣れも意識しようと思った――今日のアイレであった


(ちょっとだけ)



【おしまい】

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ