第十三章「泡沫の夢が――おわる時に」
シュライクが上空から迫る。鋭利な殺意が降って来る。
ギリギリで待つ……この好機、あたし達はもう負けない。
「征くぞ!今だ!」「せやああ!」
振り返りつつ、下から打ち上げる様に斬撃を放つ!
ギャッグアァ!捉えた!確実な手応え!この質量感……まずは一太刀!
――――だが。
「ぬ!?」「羽だけ?」
叩き斬ったのは羽だけ……て、なにそれ!?
あの角度の特攻なら本体ごと斬ってないと。
「馬鹿な!?羽だけ切り離して……本体は!?」
「あ、下だよ!そのまま通り過ぎて堕ちて……わあッ!?」
ギャゥガアガ!!まともに喰らった!下からの特攻を……!
「や!?何とかラスターを噴出させて戻ってきた!?」
あいつは切り離した羽を囮に通りすぎ、
インペリアルラスターの放射だけで戻って特攻せしめたのだ。
「くそ!小癪な!!」「うあああ!」
せっかく綺麗に治ったのに!脇腹から背中にツノが突き抜けている!
僅かに操舵空間にもまた、ツノの一部が刺し貫いて見える。
当然、共神感覚で痛みが走る。
「やだやだ痛いって痛い痛い!!!」「小細工を!」
松葉ブレイドの柄を叩きつけて抵抗する。
すると、全身から矢羽が射出される!この近距離で、ゼロ距離射撃ってヤツだ。
「うわ!ヒドッ痛い痛い!」「うぐうぁ!」
松葉ブレイドが弾き飛ばされ落下していった。
至近距離からの飛び道具という反則技。いや、当然の反撃か。
知能下がってるなんて迂闊だった……。
「ぁぁああぁぁぁぁ!!」
『オニイチャノ偽物……ゼッタイ……潰ス、ノ!』
ツノの刺痛と矢羽の痛み、二重の痛みで意識が眩む。
そのまま、もんどりうって落下し始めた。
「ぐぅ!このまま固定して巻き添えで地表へ落下させる気が!
ソラ、何とか堪えろッ!このまま、では……!」
「ぅあああぅぁう!!」
『アイレハネ……コノママ落チテ……終ワルノ……モゥ、終ッテヨォォォ!』
お、終わらせない……君もあたしもリヒトも、ハッピーエンドるんだ!
声が出しにくい。息も苦しい。凄まじいスピードでの落下。轟音が耳に煩い。
観れば、向こうはインペリアルラスターを放射している。
そうか、落下の加速に自前の加速でこっちの抵抗を奪う算段だ。
「ぐうぅあうあぅ!!こ、これは……」「あぁぁぁああぁ!」
あたしは操舵空間の地表に這いつくばってしまう。リヒトも同様だ。
落下加速もツノが刺さる固定も、何もかもがガッチリ重くて見動きがとれない。
延々とジェットコースターの下降だけが続いてる感覚だ。
よくあるメカものなら、センサーやら警報やらが明滅して
イマージェンシー(緊急事態)コールを連呼してるあの状態だ。
この超加速。
思っているよりも早く、地上へ激突してしまうと感じた。
なにか。何か手はないの!?
恋縫ちゃんに受け止めて貰う、なんて思ったけど加速と重量で彼女がもたない。
マゴついてる内に結果は無残な刃となって突き立てられる。
何か、何か方法はないの……?漫画みたいに早々解決法がぴかーんと浮かぶなんて
ご都合は流石にあたしには無理だ。そんな頭よくない。
「くッ……うぅ」痛みでフラつく、この余分な感覚さえ無ければ……。
「……リヒト!どう……しよう!!」
隣りの相方を見やる。表情は硬い。
「……駄目か……これでは……都合よく……、
アイレだ……けを助けて……終われる様にはいか……ぬか」
「……リヒト?」ひやりと何かが駆け巡る。イヤな……予感だ。
「この勢いではあと数分もかからず地表に堕ちる……」
「……っ!?……」
「地表の《アトモスフィールの大地》の加護も……たぶん効かぬ」
やはりあの地表に張られたフィールドも落下加速が効いた重量では爆砕するのか。
「ならば……!」
「だめ……だよ……」理由はわからない、でもあたしは何となく悪寒がした。
フィエーニクスの両手はゆっくり、ゆっくりと圧力に逆らい
シュライクを抱きしめるように動く。
再びヒートブレイドになり、シュライクの至近距離で現出、
刺し貫いた!
『ァァァアッァアァア!!?』
「アイレ……すまん……!」
「だめ!駄目……だって……リヒト……!!」
ブレイドの出力を増す。貫いたままの出力増大。
フィエー君が完全体なので今までとは違う、凄まじい力の奔流だ。
刃から無数の光りが針の様に吹き出し刺したシュライクを内部から破壊し始めた。
「駄目!ダメだって……そんなのは解決じゃ……」
あたしも這いつくばりながらギリギリとリヒトに近寄り、腕を掴んで懇願した。
確かに解決法が見つからない……たかが高校生が機知に富んだ秘策を数分で
浮かぶなんて芸当、無理だって判ってる。
……でも、でもさ……肉親だよ!?……二回も……二回も家族を目の前で……!
「ソラ……ごめんな……」
リヒトは一瞬こちらを見やるとかぶりを振る。
「ありがとうな。その心は貰おう……だがな、やはり……肉親の事は
肉親で解決したい……」
哀しい笑顔。悲しい決断……あたしはがっくり首を垂れた……。
悔しい……フィエーニクス……キミは……どうなんだい?
でも、あたしは最後の断末魔、いやお願いをする。
ご都合が無いならば――せめて祈りだけでも……!
「フィエー君、いや、フィエーニクス……聴いて。訊いて!
キミも家族でしょ。たぶん、いや、ううん。あたしにもキミはもう家族だ。
家族は笑顔で暮らさないと、なんだ。もう、この人を泣かさないで……あげて」
白い巨人は――当然に表情はわからない。
「ね?……頼むよ」
無駄な吐露。無為な願い。泣いて解決はしないけど、あたしは言わずには
いられなかった……だって……家族ってのはさ。
でも無常に冷静に。
ゆっくり刃を引き下ろし、シュライクの四肢を切断し始める。
ガガ……ギャガ……グギャガガ……!あたしも聴いた事の無い音響だ。
痛い。引き裂かれる四肢と想い。
ひとつ、ふたつ、四肢が切り離され上空へ散ってゆく。
『アァァァ……ウァアアァア……!』
彼女の声が悲鳴とも鳴き声にも聞こえてくる(様に感じられた)
落下しながら次第にバラけてゆく、鳥のアゥエス、シュライクの身体。
シュライク自身も加速で自由が利かないため、されるがままだ。
『……ニイチャ……ニイチャ……』
ぽちゃん。
操舵空間に見えるツノ部分から銀色のしずくが落ちる。
それは再び、アイレちゃんの姿を取り始めた。
でもなんか、所々がドロリと崩れてて痛々しい。
表情も、泣きそうで苦しそうで、さきほどの苦悶もない。
そして再び夕日に染まる操舵空間。
アイレちゃんが空間の地表……水面をじっくり、ゆっくりと
こちらへ向けて歩み始める。
「……アイレ…………」
王子は静かに振り返る。
アイレちゃんはそこでやっとリヒトの姿をまともに目にした。
銀色に染まる身体。
『……ッ!?』息をのむアイレ。
瞳は何か意思の灯った眼になってると、流石にあたしにも理解できた。
彼女は、翼の生えたリヒトの姿を……やっとそこで認識できたのだ。
銀色の瞳に生命の灯を確かに感じた。
『ッ……ニイチャ……ナノ……!?』
「あぁ、やっと……元の肉体に戻れた」
『ツバサ……《カエルム》ノ民ノ……誇リ……』
「あぁ、お前にもある。愛しき大空の民の証だ」
王子の背中の翼を愛おしそうに見ていた。
身体が震える。
彼女は手を伸ばし、兄の胸へ飛び込む。
それはゴールへ飛び込むランナーのフィニッシュでもあり……、
彼女の最後の意思……甘えでもあった。
なんていう、ただ〈美しい〉としか形容できないほどのシンプルさ。
「お前の誕生日……あの後、すぐにでも祝いたかった」
『……ウン……祝オウ……ニイチャ……スグニ』
「そっか……そうだよな」
そういうと、リヒトは大きく抱きしめ、
最愛の妹を抱き上げた。王子の身体がまばゆく光る。
「……せめて、せめて……」
祈るだけ。あたしにはもうそれ以外何も出来なかった。
兄王と妹だけのオンリーステージ。
夕日の水面に映る、神秘で哀しい波紋の煌めき。
こんなに美しいのに。なんでこんなに哀しいのだろう。
「フィエーニクス……俺にも力を貸してくれ」
リヒトは乞う。天威の国カエルムの日々が胸中にひしめくなかに。
兄妹王子としての日々。
虹緑色の煌めきがリヒトたちに集まる。
〈ファウ〉という〈気〉がゆるやかな協奏曲のように流れ出でて
ふたりだけを包み込む。
それは蛍が舞う夏の夜にも似た――優しい静けさ……
ただの王と王女としての日々――
ただの兄妹としての日々――
そして――――――
「誕生日おめでとう、アイレ……俺の妹でいてくれて……有難うな」
『ウん……オ兄ちゃ……大好き、だよ……』
笑顔。
笑顔の泡沫。
はじけ、飛びゆき……夜空でシャボン玉になって……
銀色の夢となって……はじけた。