第八章「散りゆく――あなたへ」
(……!!?)
記憶のシンクロという旅を越え――やっと彼女の現在へ繋がったみたいだ。
心象世界の彼女自身に逢えてなかったのが悔やまれるけど、
操舵空間の彼女に逢うワンチャンスに掛けたい。
しかし――そして。いや、すでに遅すぎた――――……
決定的な状況の異変に、気付けないままでいた自分を呪う。
(……え?なに!?)
何かに引き戻される様なイメージの濁流。
(現実世界に戻ってきたみたいだけど……何が……起こったの!?)
空気が変わる。
そこは操舵空間……だけど。
夕日が暮れ終わるような、闇夜の寸前。逢魔が時と言うより、もう夜に近い。
(ぞわぞわする……彼女……シュライクの中だ、たぶん……)
「…………ソラ……おき……ろ……」
ぴちょん。
何かがしたたり落ちる。それは、あたしから?
――違う。目の前に誰かがいて影を落としている……リヒトだ。
あたしを覆う、リヒトの身体からだ。
かばう?そう、そうだ。あたしが正座に近い膝立ちで固まってて、
王子があたしを守って……かばっている形なんだ。
そしてしたたり落ちているのは―――――――……
(血?……なの?)
生体アンドロイドが血を流すの?わからない。でも赤い体液は血としか思えなかった。
見上げるのが怖い……だって……、
だって、操舵空間の地表に映る王子の姿が――《《壊滅的に砕けていたのだから》》。
「……なんで……どうして?」
「あい■……待ってた■いな……」
王子の声も歪んでノイズ混じりな感じが痛々しい。
「意識を……リン■した瞬間から……偽物だと疑■俺を値踏みし■■いたんだ」
「ソラ……よりも■ず俺を図り、や■り信じられな■とさ……めった刺し■され■よ」
「声、おかしいよ?だ、大丈夫なんでしょ?……生体機械ボディなん……だし」
王子が軽く首を振っているように思えた。ほんの、僅かなんだけど。
「ざ■■んだ……が■の■■ではちょっ■げんか■だ……な」
「え?なに……ちょっと!?よく、何言ってるのか聞こえないよ!!?」
王子はあたしを軽く抱きしめた。何となく”愛おしい”様な抱きしめ方……。
「……え……リヒト?」
何だか唐突で――……本編とばしてオチを見てしまってる感じだ。
(あ。あれ――えっと……?)
やだな……これ、あたし恋愛モノの映画で知ってる……。
あんま観ないんだけど何か知ってる――――
誰かが死ぬことで……やだな……目の前で……起きないでよ。
だって、《喪失》は――
あたしの《日常》の対局で……ずっと目を反らしてきたんだから。
まだ、慣れは――しないんだ。
でも……なんかさ。唐突にわかっちゃって来て、すっごいヤなんだけど……。
ぞわぞわって喪失感が背筋を走って……終わる足音。
「ちょ……リヒト……だめだよ」
リヒトとは……相棒なんだ……運命共同体、そうなんだよ……、
「ソ■……ど■やらオ■は■おま■が■■らしい」
「…………え……」
告白らしき言葉と共に、王子の身体が崩れ始める。
パラパラと……さらさらと……。
砂の様に、とはいかないけど……精密機械の粒がほつれて崩れ落ちてる感じだ。
崩れる……?なに?……そんな……どうなって……。
「はは……何なの……やだ……なんでリヒト、こんな時に何の告白してるの……?」
記憶の中で見た、恰好いい兄王としてのリヒト。
ウチに居る時の、だらしない年相応のリヒト。
王子として生きた彼の時間。
あたしと生きた短い時間。
……リヒトにとってあたしって何だったんだろう……。
《運命共同体》はリヒトの言葉だ……あたしの言葉は……?繰り返す問い。
妹さんの記憶を泳ぐ内に少しずつ浮かんだ疑問。
相対的な一個の存在としての鴻 蒼穹。
この三か月、一緒の部屋で駄弁る、仕方なくの同居人としての鴻蒼穹。
原始的な疑問を思い浮かばなかった……”あたしはどう見られていたかなんて”
だって、
空から王子とロボが降ってくるなんて、漫画染みてて笑うだけだったから。
「……じゃな、こ■■でだ。ア■レを■■せた……」
セミは短い寿命を覚悟して散ってゆくのだろうか……?
終わりは誰にも平等で、
無慈悲で、静かで、
いつ終わりが来るのかなんて……考えてもみないんだ。
足元から崩れ、次第に上へと崩壊の波が押し寄せる。止まらない。
何で!!!?何でよ!!!
そんな……”いきなり”が止まってくれないの!!!?
ま、待って!まってよ……!心の準備も……何もないよ。
こんなの、どう処理しろってのよ……!!!?
「……■ラ……生……き……■」
ざぁ。
――――……王子だったソレは完全に崩れ去った……――――
機械の粒は、操舵空間の水面へ――さざ波と消えた。
ぱらぱらと。さらさらと。砂糖がさっと紅茶に溶ける様に……。
波紋に揺らいで、澱んで、散ってゆく。
「…………うそ……」
そんなの見ても……ちっとも現実的だなんて思えない。
崩れて消える――……なに、それ……そんなの
「ぁ……ああ…………ぅぁ……」
そして咆哮――――――いやだ、とか、駄目だよ、とか。
ずっと――なんだか、何の単語もわからないまま……叫んでたと思う。
自分がなんで叫んでて、何を泣き叫んでいるのかすら訳判らなくなっていた。
あたしは……、一人だけの主人公になったんだって……――