第三章「ソラの想い――モズの叛逆」
相手が人だとわかると躊躇する――、
父親に見せられたロボットアニメでもあった。
異星人の侵略メカだけを相手にしていた筈が、全く同じ人型が乗っているのを
主人公たちは知ってしまう――
「だけど、躊躇してる呑気もダメだね」
あのまま逃げられたら学習される。
落下しながら、長考していた。飛行型と戦った事はあるけど、相手は人でもある。
「――…………」
「……(リヒトに、どんな声かけたらいいのかわかんないや)」
そもそも、
あたしって輪に囲まれる生活ばかりで、誰かとペアになったりってなかった。
あたし、よくこんな異性と三か月も一緒に……――
ぼ。
「っ!?(う、……そんな事意識してたら何かドキドキしてきた)」
あーいやいや、さっきは”ここから消えろぉ!”みたいな事言い放っといて
なんだこの恋愛脳みたいなの……!いや、恋愛じゃないだろ。なんてゆーんだコレ。
ぱん。ぱん。
あたしも顔を叩く――……ふぅ、思い込み消去。早々忘れる。
そうそう、こーゆーのを”吊り橋効果”って言うのだ。思い込み補正。
「ム?」「え、なに?」
王子の反応にあたしも呼応した。
ヒュウウウオオオオオ……。何かが、幽かに――聴こえる……?
上方から鋭い音域が降って来る感覚。
その姿を直視する前に、そのモノは眼前に躍り出ていた!
バァグアァン!
落下傘代わりの翼に、直接、真上から”蹴り”のダイブをお見舞いしてくれたのだ!
「ぐぅぁ!!!」「や!無茶なぁ!」
背中のバーニアの様なものをふかせ、
《直滑降》という垂直なベクトルで全力の蹴りを叩き込まれたのだ。
先程も見せた不可思議な制空動作。何か秘密でもあるのだろうか。
落下と自前の推力。
王家のアゥエスという特注品でそれをやられたのだ。ただではすまない。
ギャガガガガガ!!!
その鋭利な足先はフィエーニクスの頭部すぐ横をかすめ、
胴体へと猛悪な牙となって突き刺さった!
「ああああああああぁぁあ!!!」内臓すら掻き乱す劣悪な刺突。
痛みが尋常じゃない熱を帯びて弛緩する!
「やだ!やだ!痛いィィイィ!」
そのまま轢き貫き、シュライクとフィエーニクスはもつれ合う様に落下する。
グギャアオオ!
《操舵空間》にも亀裂が入る。
「や、やめて……よ!!」いや、そのままヤツの脚部が突貫し、
文字通りに内臓に浸食してきたのだ!
夕日の操舵空間が、
昼とも夜とも判らないグチャグチャの絵の具のパレット上の様に掻き乱れる。
「うあぁああああああ痛い!痛い!やめて死ぬ!あああああ」
気が狂いそうな激痛。鮮烈。
痛みや熱が、破滅のイメージになって暴れ狂う。
あぁぁぁぁ、こんなのあと一分も耐えられない。狂い死ぬ。
「あぁぁ……うぅあぁぁうあ……」
「く!!共神が過ぎる!フィエー、制動をこちらに寄越せ!」
王子の声が何かする。すると痛みがやや収まり、かわりに王子へ負担がゆく。
「く……くぅう、幻肢痛とでも言うのか……くそ」
幻肢痛。
四肢に欠損がある人が、失った肉体が《《さも現存しているかの様な》》感触・痛みを伴う奴だ。
あたしの意識が逝きかけて、代替してくれたのか……ごめん、リヒト。
だけど、このままでは程なくして落下・激突だ。
地表には見えないリンクがある……って話だけど、どう考えたってこんな質量では
自重で瓦解する。人が高所から水面に落下すると
コンクリを地面に叩きつけたほどの打撃になるとか聴いた気がする。
それがこの質量この高度なら洒落にもならない。
「この、ままでは……やむえ……ん」
痛覚で意識がまだ朦朧としてるあたし。
代わりにリヒトはヒートブレイドを再び展開、
鳥のアゥエスの脚部を破壊にかかる。
とにかくコックピット空間に刺さる脚部だけは排除したかった。
しかし。
『オ兄チャ……見ツケタ……』
「なに!?」
リヒトの眼前に突如現れた妹の姿の銀人形。
間近で観ると、本当に高価な西洋人形だ。嘘みたいな様相。
両手を広げ、そしてリヒトの顔を包み、優しく胸元へいざなう。
『アァ……ヤット逢エタ……嬉シイノノ』
けれど、リヒトは無言だった。
彼女を正視しない……出来ないのではない。しない、のだ。
「アイレ、お前がよく王城ぬけだして街へ遊びに行ってたのは知ってた」
『……ッ??』
「メイドのレイレの奴も叱ってやろうかと思ったが……甘かったな」
『ニィ……チャ……?』
兄と妹の事情だろう、あたしには判らない。
「だからな、俺ももっと肉親としてちゃんと叱ってやらないと」
『オニ……知ッテタノ……?』
ザン!ヒートブレイドを再び閃かせ、刺さっている部分を切断にかかる。
『ヤメ……イタイ!ナンデ!?』
やはりリンクしすぎているのは向こうも一緒なのか。
妹さんも痛みに悶絶する。
「叱るにはな、アイレ……まず悪い部分は悪いって、めっ!てしないと……なッ!」
ガッシャウ!
まずは右脚の切断にほぼ成功したみたい。
「……――でも」
このまま上手くいってほしいと願う反面、あたしの意識が朦朧としてきた。
リヒトが気力で挑んでくれている。妹さんの痛みの声……。負けない姿勢。
ゴメン、駄目だ……意識が……ちょっと……続かない。
(リヒト……妹さんは家族、殺めちゃ……駄目だよ……)
眠りにつくような意識の消失の中――リヒトの横顔に願ったんだ……