第二章「銀色の――響く歌声の」
「ねぇ、にぃちゃ。また勝負しよーよよー」
「よいのかアイレ。この兄の腕前、天を穿つ双竜ぞ!」
GAMEOVER。ビデオ画面が無常にも終わりを告げる。
「にぃちゃ。よわーいよよよー」
「はっははは。手を抜いて接戦を装う、これぞ王の度量!」
「リヒト様、アイレ様、学業そっちのけで三時間も音ゲーはわたくしにも
少々の殺意が育みとうございます」
「わ、わかったレイレ、ライレ。無表情でペーパーナイフでジャグリングはやめよ」
「そだよよー。にぃちゃはアイレのために遊んでくれてるのー」
応接間がただの民家染みていた。一応、王宮である。
「……まったく。我らメイドは母親ではござりませぬ」
「王族といえど、もっと学園で御友人を増やしたらどうです」
「仲がよいのは解ります。ですが、あまりにもお二人はべったりで」
「きゃっはははは。だってにぃちゃと遊んでる方が面白いもーん」
「アイレ、笑い過ぎだ。ふ、ふふふふ」
「はぁ。してリヒト様、何か準備をなさっておいででは?」
「え?にぃちゃ、何かくれるの?」
「ば、ばかもの。口に出すな――!わ、我は……まぁ色々だ」
あの日。
明日の妹アイレの誕生日の前日だった日。たわいもない日。
さて、明日はどんなサプライズでアイレをからかおうか。
どんな顔でアイレを迎えようか。
最近はドロスィアの活動も薄い。今のうちにもっと楽しまねば。
明日は、
いや明後日は、
もっともっと――……
―――――――そんな明日は、もうどこにも無かった明日―――――
■
ゴォォォゥ。高度が上がって大気のうねる音が魔奏として奏でる。
銀色なる塊りがぬらりと蠢いた。
そのドレスは美麗というか可愛いという範疇だった。
なんというか……誕生日に王女様が着て来そうそうなイメージで。
「ニイチャ……――ミツケタ」
電子音のような、不快なノイズをはらんだ〈声〉が感じられた。
ちょっと昔の、〈マシンボイス〉という感じだ。
「キャハ――ヤット、逢エタ」
それは少女の……ヒトの姿を形作ったのだ。
「……アイレ……」
「っ……これ…まさか」
王子が強張り、苦悶を浮かべる。
泡沫の様な、蝋人形の様な、それは美しい少女の形を持って舞い踊る。
小さな肢体で可愛らしいドレスは花束のよう。
顔は瞳のないガラス細工の様だ……何という至高の工芸細工めいた……、
銀色の妖精……
「……そうだ。あれがアイレ……我が妹だ」
銀色に染まった妖精は踊る、踊られ、転がりて。
「……~♪♪」
なにか、歌っている。
「すご……こんな綺麗な声、はじめてだ――」
彼女の声は何かの讃美歌の様に秀麗で。
あのツノの表面が彼女の舞台。誘う様な歓迎と狂気の宴。
これが戦闘という悪夢でなければずっと観ていたいほど、それは華麗すぎた。
残酷なオンリーステージだった。
「ァハ……オニイチャン……ニイチャ……キャハ!ハハハ」
「……ア……イレ……」
(この子の……記憶?……それとも今現在の生の声?……ただ、お兄ちゃんと……)
「遊びたいだけ……」思わず声に出す。
なんとう哀しくも美しいって言ったら怒られるかもしれないけど、
純粋にそう思う優美の舞い。さぞ可愛かったんだろうなってあたしだって思うもの。
「……く」
王子は苦し気に呻く。二人の死を認めた自分もこんな顔だったんだろうか。
花びらがくるくる回りながら舞い落ちるように、彼女の舞いは止まらない。
『オニイチャ……帰ロウ?……何デ、ソンナノト一緒ナノ?』
「リヒト、気を強く……!」「あぁ……」
妹さんにとっちゃ、平民のあたしなんて”そんなの”か。
ともかく、
このまま上昇すれば、飛べない我々は地上に叩き落されてダメージ。
もしくは何かに刺して、本当に”速贄”にでもする気なのか。
兄の邪魔をするあたしは、本当に生贄なんだろうけど。
「ね、見えてる彼女を殺さないよう、ツノだけ破壊しよう」
「―――――……」
「リヒト、気を確かに。あなたの家族でしょ?」
「――っ! ……そうだ。そうだな――」
リヒトは目を見張り。頭を振り、ぱぁん!と両手で顔を叱咤した。
「あぁ!すまない。そうだな……武器のイメージはあるか?」
「武器……ね、えぇと」
ファウ・ラスターは持続時間が短いから不向き。
武器……的確に強力に、実体剣の様で、少ないモーションで破壊する。
そんな武器って言うと――――
「ヒートブレイドだ」
「ん?」
あたしは下腕の甲を指さしてゼスチャー。
「ね、部活で情景模型作る時の参考プラモ、見せたよねグシュ、の高熱剣」
数日前、自室で王子に見せてあげた自作のヴァンプラ。
アレも、のちに量産機としても配備されるけど(b型)
a型は近接戦闘特化の実験仕様でもあった。
「高熱の刃が下腕の甲からシュッと出てきて近接や乱戦に強いやつ」
「あ、俺が折っちまった奴か」
「そうそう、って折ったんかぁあい!!」
こいつはぁ……許さんぜよ。帰ったらパテと瞬着で治させてやる。
「とにかく!下腕の背から出る内臓武器の剣をイメージして!」
「うむ。あれなら俺でもイメージ出来る、”救う”目的で生み出すなら優美だ」
「へいへい、優美ならかっこよくキメる、いくよ!」「応よ!」
二人のイメージが交差する。
脳裏がぴりぴりする感覚だけど、暑い日に炭酸飲料かっこむよーな
突き抜けたイメージが収束、知ってるモノだと具現が早い。
「フィエーニクス・グシュブレイド!!!」
「他のロボの名前を入れるでない!」
両腕の下腕がオレンジ色に光り、イメージ通りの……って
まーた何かカッコつけたデザインになってる!
ザギュッ!
両サイドから、腕の甲から出てる熱を帯びた刃が貫く。
「硬い!」「アゥエスはヤワではない、上物だからな!」
「ヒィ!?」
ツノの表面で踊っていた妹さんが苦悶の嗚咽をひらめかす。
やはり身体とシンクロしてるか。
「……アァ!ウァァウ……オニイチャン……ヤ……メテ」
「……ぐぅ!!その声で……!」「アイリちゃん、ごめん!」
徐々に切れ目は広がり、破壊を達する。
グアガッ!ツノは砕け散る。
「アイレ!すまんな!」
すかさず膝蹴り!足蹴にした勢いでモズ子から解放された。
そのまま落下になるのだが……、
「羽の一枚でも貰ってゆく!」
どこかで聴いた台詞だけど、王子の主導でヒートブレイドがまた閃く。
グッギャッァ!
羽パーツの根元に刃を叩き込み、ギリギリと最後には強引に分断させた。
たまらず悲鳴をあげるモズ子。斬られた羽が飛散する。
機械生命体であり、極小の擬似生体部品の塊りでもある彼等は
生体をも取り込んだ故に痛みも学習しているのだろうか?
妹さんも、共神感覚とやらで痛覚があるのだろうか。
「すまない……アイレーーだが!」
その羽を落下傘代わりに何とか降下するフィエーニクス。
「おぉ、パラシュートもどきかな」
「減衰はしてるが、ちと……危ういな」
「それほどの高度じゃなくてよかった……とにかく、
これで地上戦に持ち込めるかな」
「して貰わねば困る」
敵が有利な土壌(空だけど)で闘い続けるなんて賢くない。
(やり辛い、やり辛いなぁ……今までは中に乗ってるとか気にもしてなかった)
ロボットもので、少年の主人公が敵を倒す時の苦悶が少しわかってきた……でも、
ここで終わる訳にはいかない。
リヒトの〈大事なこと〉をあたしも考えるんだ――!