第八章「キミへおくる言葉」
「鴻 蒼穹はもう、量産系女子なんかじゃない」
目の前の王子が言う。何もかもが不安定でデタラメなその身体で。
日常に居なかった。もう日常の一部になっていた君。
「……なによ……それは」
こんな、こんな想いのまま、そんな告白……。
「ははは、あははははあははははははははは!」
悶え苦しむ。苦しいよ……そんな、そんなムシのいい……!
「酷い奴!!バッカじゃないの!?あんたの思惑なんて知ったコトじゃないよ!」
「――酷い、な」
「ふざけないで!あたしを勝手に値踏みして!知ったかぶって世界の命運とか……
あたしは何処にでも居る普通の小市民だ……巻き込むな!!」
夕日を背負う王子。表情が見えない。
「お前はもう、量産系女子なんかじゃない」また繰り返す。
「そうでしょ!あんたが勝手に改造したんじゃない!日常ごと」
「そうだ。俺は悪い奴だ……だが」
「だが何だ!?世界?兄妹?……知るか!あたしは、ただ、わき役で終わりたかったのにッ!」
「――――終わっては、駄目だ」
「っ!?し、知るか……知るかよ!……一人で泣かせろよぉ……もう」
「だって、お前……全然泣けていないじゃないか」
顔を手で覆う。二人の事を思い出して……泣いてるハズ、なのに。
「…………ッ、あ……なんで?……そんな……なんでよ!!」
全身をかきむしる。あの日から、あたしは枯れてしまったんだろうか。
(その目付きだ……死に魅入られている)
そんな……心が死んでいるのに、必死に生きているフリをしてた代償なんだろうか。
王子は言葉をやめない。
「お前が俺の背中を押してくれた様に、俺もお前の背中を押す……
いま生きている世界に……戻ってこい、鴻 蒼穹」
うるさい。うるさい。うるさい。
「……ッ!あたしの世界から出ていけ!あんたの顔なんて見たくない!!!ガラクタ王子が!」
「………………ッ」
王子が黙った。
そうだ……想い出は想い出のままでよかった……現実逃避でも……あたしは……。
そこに、
あたしをまた遮る闖入者が現れた。
グギャゴオオオオオオオッ!!!!
朱い空にフィエーニクスの巨影が映し出されたかと思うと派手に吹っ飛んだ。
「!?」王子が驚きに振り返る。
王子がフィエーニクスでここまで来たのは予想できた。
公園のすぐ近くの崖に不可視モードで待機させてたんだろう。
それを蹴り飛ばす……敵が現れたんだろうって。
「馬鹿な……っ」
王子がいつにない声で狼狽していた。
「嘘だ……そんな訳が……」
なにその声。
「……あってたまるか……」
なにそれ。いつもみたいに天狗になってなよ。
「シュライク……馬鹿な……」
……かっこよくふんぞり返って、
「アイレェェ!!!!」
「え?」仰向けのあたしは初めて起き上がってソレを見据えた。
いた。
それは、人型……いや鳥の……ペロォ型?……違う……これは……。
「フィエー君と同じ……《アゥエス》!?」
夕日に染まってるとはいえ、たぶん薄い桃色の機体なのだろう。
フィエーニクスとは違う美しさ。美しい翼の様な外観が基準の、
鳥にも思えるデザイン。でも所々に破損が見受けられる。
「……ぇ……人が……いる?」
その頭部のツノらしき上に、ドレスを着た女性らしきシルエットがあるのが僅かに見てとれた。
フィエーニクスとリンクしてるから存在を意識できるのか。
ドレスの両端をつまんで、儀礼の挨拶の様にこちらを迎えている……らしい。
「……アイレ……」
王子が膝から崩れ落ちる。その目は口は、信じられないものを見て震えていた。
「あれ……妹さん……?」
焦燥した王子のそれが、もうすでに肯定を物語っていた。
「…………そう、なんだ――……」
つたない想像で考える。
おそらく、王子たちが助かってた様に、向こうも辛うじて助かっていたんだ――……
王子とフィエーニクスがあれだけボロボロで、三か月も回復期間を要した様に。
向こう(乗っ取られた妹さん)も、この三か月で回復に専念していたのだろう。
それが、このタイミングで来る。何て言う皮肉……。
「おまえ……死ねなかったのか……」
それじゃ……助かる見込みないみたいな言い方……。
「…………ッ!」
王子はしばらく逡巡したかと思うとキ!っと牙をむいた。
「…………ソラ、頼む。ともに妹を……」
「……やだよ」
「……天に還したい」
「やだ」
でもあたしの心は動けない。
「あんたは一人で闘いなよ……!
あたしはせめて、同じ場所でいっしょに……あの二人と同じ場所へ還るんだ」
王子の足音が聞こえる。がばっと胸倉をつかまれた。
「……頼む……」
「…………なによ?死ぬのも、生きるのも、諦めるのもあたしの勝手でしょ」
「…………たのむよ……」王子の声は震えていた。
「妹さんの事、哀しいと思うけどさ……あたしはもう……嫌なんだよ」
あたしの嘆きは止まらない。
「付き合えない……墓穴を掘り返される真似をして……」
「あたしにまだ殺し合いをさせろ?……何それ……あんたなんか」
「……本当は、弱いくせにさ」
王子はそのまま私に覆いかぶさるように倒れこんだ。
空では重い音響が響く。
フィエーニクスは勝手に動き、鳥のアゥエスと闘っていた。
”あぁ、フィエー君、やはり誰も乗らなくてもある程度動けるのね”
……どうもそんな作りらしかった。あの鳥の様なアゥエスに劣勢つつ反撃してる。
でも駄目だ。
ガス欠の車よろしくヘロヘロなのだ……人の生命力が必要なのがよくわかった。
王子が、王子がか細い声で絞り出す。
「……弱い、だと……?」
「…………」
「あぁ、そうだよ……ソラの言う通りだ。弱い……”ボク”は……!誰よりも弱い」
「……ぇ」
「……兄妹でいちばんの脆弱は自分だろう……とても……」
王子が苦悶に苦笑したのがなんとなくわかった。
「とても……ボクは……主人公になんかなれるタマじゃない」
「……っ」出逢って初めての頃、自分を”ボク”呼びしてたのを思い出した。
ただの言い間違いとも思っていたけれど、ただの本性、本音だったのだ。
そう思うと、王子が本当にどこにでも居る少年にしか見えなくなってくる。
尊大な態度は見得で強がりで。次第に素の性格が見え始めたのは……。
王子の言葉は続く。
「いつもそうだった。前線で……指揮をとる兄上たち様な能力も度胸もない、
だから最後まで生き残ったクソ雑魚だ。
強がって……王様を気取って……自分を主人公だと思わねばやってられなかった」
「親父はここ一年、姿をみない。死んでいるのかもしれないという噂だ。
たぶん我が王国は終わりだ……主人公なぞ居ないガラクタの城だ」
「妹アイレと何処か静かな場所に逃げのびて、ひっそり暮らすしか考えてなかった」
「…………」
「エゴだな……そんな恥ずかしい”逃げ”……誤魔化せるハズもなかった。
だから罰が当たったんだろう。ソラを責めるなんて出来ない。
わかってはいるんだ……でもな」
目を薄く開く。
「生きて帰還して、ソラを招待する未来さえあればって、それにすがったんだ」
「っ……」あたしは目を見開く。
「そんな……儚いガキの妄想……」(ぐしゃぐしゃだ……少年の心……)
「ボクは泣けばいいのか……どうしたら最善だったのか……」
あの時の言葉だ……少年の脆い願望。王子も泣けてはいなかった。
「……ソラの様な家族ならよかった。少なくとも帰れる場所で誰かが待ってる」
この子は泣けないのだ。あたしと違う意味で。
「自分はこのままでは本当にガラクタだ……だが、
このまま何物にもなれずに……朽ちてゆくのだけはっ俺が俺を許さない」
「……王子……!」
王子はやはり最後まで泣いてはいなかった。
ただ、悔しさと後悔と、どこにも向かえない感情が破裂しかねない、
ちっぽけなプライドだけで波打ち際に立ち向かう男の子の顔だった。
その沿岸からいつ飛び込んで終わりにも出来ただろうけど……
あれ?なんでやめたんだろう。
(あたしが、いた……せい?)
そんなうぬぼれを嗤うかのように王子は一息ため息をつく。
「――――謝罪する……この大切な場所を廃墟だと罵って……」
「っ?」
「すまなかった。キミの日常をこれ以上汚してはいけない」
彼は立ち上がり、深々と頭を下げた。
あれだけ。あれだけプライドの高かった少年が、ただの民草に首を垂れる。
それが、どれだけの意味を持つのか……――
「(――…………王子…………――っ)」
あたしは揺れる。あたしは何をしているんだ……。
「……ここが聖域、ボクは不要だった」
少年は空を仰ぐ、大空を見据える。
「……覚悟は決まった……済まなかった蒼穹、今までお前頼りで……。
あぁ、ここで運命共同体は……終了だ」
いつもの口調に戻った。「……え」あたしも飛び起きる。
「今までありがとうな……ここまで回復出来ただけで幸いだ。
ここからは俺の闘い……元気でな……生きろよ」
そう言うと王子は踵をかえす。
「弱くとも……俺は立ち向かうさ、生きている限り」
一人つぶやき、天をにらむ。
「…………ぉ」
王子!、と叫びたかったのに声が出なかった。
「フィエーニクス!!我が自らに参る!馳せ参じよ!」
劣勢のフィエーニクスはすぐに飛びのき、王子の元へ。
フィエー君は胸元へ手をかざすと王子は光の塊と化し、すっと吸い込まれてゆく。
そこで――見逃さなかった。
「――……キミ……?」
フィエー君が……あたしの方を 見つめたままだった事を。
西洋とも日本人形ともつかない女性的な顔立ち。
毎日あたしが、あの朝から見つめられていたロボットの顔。
はちゃめちゃな日常の、始まりの眼差し――……
「……あたしを……責めるの……?」
ロボットは何も言わない。
あの日からずっとあたしを無言で見つめ続けていた。
そうだ。この子にも意思があるっぽいって……――
最初の日にあたしはこの子に語り掛けていた。
それから三か月、ずっと何を想って闘っていてくれてたのか。
その目線――無言が伝える、重さがあった。
「フィエー君……――」
起ち上がるフィエーニクスの雄姿。
そして王子とフィエーニクスは鳥のアゥエス……妹さんへと挑んで行った。
「だって……あたしは。」
膝から崩れる……。
「………………あたし……は」
両手が地面をえぐる。
「弱いのは……あたしもだ……ずっと逃げ続けてたあたしも……」
『このまま何物にもなれずに……朽ちてゆくのだけは』
王子の言葉を反芻する……。
「……あたしは…………――――」
もうすぐ日が暮れしきる。夕闇も、何も応えてはくれない。