第四節「ソラと白い壁とわんこ少女と」
「寝癖がちょいと残っちゃってるなぁ……」
玄関前の姿見で最終確認。
自分に色気とか無意味だが――さっきの非常識から逃げたかった。
そういや髪は不自然に片方だけ伸ばしていた。
何故だろ。あたし――長髪だったんだっけ?
「……ソラ。平常心平常心。深呼吸。アレは幻覚、あたしは脇役」
自分に言い聞かせる。
扉を開ければ日常で、学校へ行けばただの生徒。
あの非日常は帰宅してから考える。そう、それでいいんだ。
明日のことは明日考える、的な――少し、落ち着いた。
さぁ、深呼吸。出発だ。
「すぅ……はぁ……ふぅ、よし」
(――あれ?)
がちゃりと玄関を開けると、従姉弟の朋輝が待っていた。
この春から我が高校の一年生で、ブレザー制服がちょい似合ってた。
顔は悔しいけどイケメンに育った。身長はすでに170cm超えている。
あたしと違って裏手の爺さんからの剣道は続けていて静謐で渋い。
そのくせ、高校デビューから髪型も流行を気にする様になったのか
スタイリッシュでクールなアイドル系男子にも見える。
でも、態度はやはりむっつりで……姉さん、やはりそこ哀しい。
「行ってきます、がないぞソラ姉」
「……ん。行ってきます……て、どしたの朋輝?」
朋輝が無言で私の頭を撫で始めた。わしゃわしゃ。
「あわわ。な、何よ……」
「……頭うって……大丈夫か」
「……それは……うぅ、やめろーこらー」
おとぅが昔っから頭を撫でる癖があるせいか、朋輝は真似している?
何だか真面目に心配してる風にもみえる。根はいい子のままなんだよな。
「ふにゅう……やめ」
しかし頭撫でには弱いのだ。目がとろんとする。犬か猫かあたし。うぅぅ。
「――ソラ姉、俺は先行く。しっかり対応しろよな」
謎なアドバイスを言うと朋輝はさっさと自転車で坂を下り始めた。
背が伸び泣き虫だった子がクールなイケメンとか、お姉ちゃん何かドギマギ。
「はぁ…………とにかくもっかい深呼吸して」すぅ、はぁ。
「よし、ちょっと回復!ソラちゃんやっぱし一般ピーポー!今日も元気に……」
登校だね!と踏み出した目線の先に、
何だか〈乳白色の壁〉が飛び込んできた。
「は……へ……壁?……機械?」
……なのか……いや、でかい。デカすぎる。
人ん家の玄関――階段の前にそれは確かに浮いていた。
巨大な機械の柱のようなモノ。
そのままつられて上を見上げてしまう。目線が空へ向く。
「違う……コレ、動物の足っぽい?巨大な……浮いてて……」
だんだん認識が追い付く。
そうだ。よく見るとソレは何かの〈獣の足〉だった。
足は四つあるのが判り、上部へ伸びてそれを追う。
見上げるとそれは胴体へとつながる。形をなしてて意識が追いつく。
「違う……足だけじゃない……獣みたいな、って、えぇ!?またロボット!?」
巨大な四つ足の獣がそこには居た。浮いてた。
〈狛犬〉というのが一番イメージに近い造形だ。
部分部分がメカっぽいんで生身ではないのがわかる。
雄々しいたてがみがあり、《ロボット獣》とでも言えばいいのか。
メカメカしいイカつい顔。たてがみに、ゴツい体躯。
そいつが私の家を食い入る様にのぞき込んでいたのだ。
(え……あたしの家の――あのロボット観てる!?)
うつ伏せに寝そべる白いロボと、それを見つめる狛犬の様なロボ獣。
なんというか、シュールな光景で笑いそうに……。
「笑えない!え……あのロボの仲間?いきなり、何なの!?」
攻撃するでもなく”観察している”ようだった。
「あのロボ犬、あたしの部屋……白い巨人のこと、観てる……?」
動物っぽく、臭いでも嗅ぐように寝そべる白い巨人を値踏みする獣。
「…………まさか……敵?」
ロボットものには王道として”敵”がいる。
むしろ敵がいなくてはロボットもの足り得ないとまでも。
……では、あの獣が敵なのだろうか。
昔のロボアニメだと基地に敵が襲ってきて撃退するのが定番だった。
(――いやいや、あたしやっぱ頭打って幻覚が加速してってる?)
……やばい。とんでもなくあたしがヤバい。
飛蚊症っていう、ずっと網膜に蚊とかゴミが見えてる現象がどんどん
加速して現実になっていってる感覚……。怖い。
「……あれ?」
ふいに、一階の窓際におとぅの顔を見た気がした。
(んん?)徹夜明けで惚けてる時の顔にも似てる、けど。
「わうー、どうしました?」
「えぇ!!?」
びっくりした。
惚けてたあたしに、ふいに後から小気味よい声音がした。
「おはようございます。センパイ……学校、行かないんですか?」
「えぇ?」
振り返る。
――階下、玄関の門扉前に女の子が立っていた。
オデコが光る黒髪ツーテールの、庶民的だけど可愛らしい容姿。
幼げな感じの、ウチの学校の制服の子が見上げて笑っていた。
「え……ええ、と?」
「わうー。何です?先輩、昨日入学した新一年生で後輩の恋縫です」
「恋縫……こいぬ……ちゃん?えっと?あー……」
聴いた事あるよーな無いよーな……新一年生で。
(あ!)
昨日の始業式あと、部活勧誘で色々声かけてたな。
こんなに可愛らしい子、覚えてない訳ないのになぁ。
「……ごめんごめん、部活勧誘の時、声かけてた?」
「そうですそうです。思い出して頂けましたかー」
「あー……うん。あたしが声……かけた……のかな」
頭うって(?)鼻血だし今朝のどっきり連発で混乱してたのだろう。
加速する幻覚より今は現実だ。よし、落ち着こう。
そのオデコな女の子は、パァっと花が咲く笑顔をみせ、
食事をねだる犬の様に手首をくぃくぃさせた。
「そうですよー♪可愛いわんこ後輩、恋縫ちゃんです。
”今度、部室紹介するよ”って言うし、模型部、興味湧きまして。
恋縫、家近いからお話伺いながら一緒にって。へへ」
あたしは二年生になり〈模型部〉の部長になった。
――〈模型部〉――プラモ部とも呼んでいる。
プラモデル制作が全国的な人気になったおかげで各学校に誕生した。
近年、市民権を得た部活動。
eスポーツの部活があるのだから、プラモの部活も当然あるのだ。
あたしはイヤイヤ部長になったのだけど、部員が増えるのは大歓迎。
その勢いで声かけまくってたから……その中の一人なのだろう。
まだ一人も入部生徒がいなかった。千載一遇のチャンスじゃないか。
「――……って、あの獣は!?」
おバカなあたし。
なんで後輩ちゃんに惚けて意識がとんでた?
(あ、あれ!?)振り返ると……獣の姿はなかった。
恋縫と名乗った少女は「何か居るんですか?」と小首をかしげる。
「えっと、今の……でっかい狛犬みたいなの……観なかった?」
「こま……?先輩、あらぬ方向みて……惚けてました……けど」
「え……あ、だよね」
ちっくしょー……そうかぁ。やっぱか……。
淡い期待は砕かれた。あの王様人形の言う通りか。
やっぱあたしにしか見えない存在――
《白いロボ》《ガラクタ人形》《狛犬なロボ》
――誰にも見えていない現実。
けれど、
(見えてないだけでやっぱ存在しているのか……?)
こうまでくると、認めざるを得ないと実感してきた。
(本格的に、あたしヤバいのかも……はは、は)
問いは虚空に消え、誰も答えてはくれない。
春の風がふわっと撫で、情景を台無しにする白い巨人は
無節操に寝転げていたのだった。
24/05/19 修正