第七章「~あの夏の日の、カゲロウが散る日~」
あの日
あの夏の
一年前の……夏休み前の古びた公園。
太陽兄さんと月子姉さんといつもの会話をしていた。
切っ掛けは高校受験の悩みから始まったんだと思う。
――それから二年ほど、ずっと時間をあわせての相談の日々。
いつもの駄弁り。いつもの相談。あたしが先に帰るいつもの日々。
だけどその日は。あたしが先に着いてしまい、
からかい半分で先にブランコに乗って待ってて……
後から来た二人は立ちながらあたしと談笑するって珍しい形だったんだ。
そこに轟音。ブレーキ音。混じりあって亀裂の様な怒号。
唐突に……暴虐にして、あたし達を襲ったのだ。
居眠りのダンプカーと夕日で目がくらんだトレーラーが不幸な接触事故。
そのままもつれ込んで公園に飛び込んだのだ。
あたしが……幽かに覚えていたのは、
ひしゃげる公園の樹木。砕ける門のオブジェ。
轟音に振り返る二人。
ブランコから立ち上がったあたしを無理矢理突き飛ばす二人。
抜けるような朱い空
紅い爆煙の焔
赤い液体の――
赤い――
残骸の下からわずかに見えた――二人の……
つなげなかった――赤黒い両手―……
「っ…………あああああああああああああああああああああ~ッッ!!!!」
そうだ……二人は死んだ。
あっという間に。十七年の寿命が。十七年のあたしとの時間が。
砕けた。
散った。
命を終えた。
電球が地面の落とした瞬間に役目を終えるような喪失感。
昨日までの穏やかな《日常》が、
この二人には永遠に訪れないという宣告。
あたしの主人公とヒロインは、もう永遠に失われたのだ、と。
「はぁっ、はぁっ……はぁ、あぁ……」
這いつくばった地面が朱い。
王子がどんな顔をしているのか見えない。
だって、あたしにはまたあの朱い空が見えているのだから。
あの空の下で、甘えたいだけのソラだったから。
「……フィエーニクスをあそこまで破壊したのは」
王子が何か言ってる。
どうしてコイツに付き合って、
どうしてあたしは想いだしたくない思い出を思い出されて、
どうして砕かれねばならないんだろう。
「フィエーニクスを破壊したのは俺の死んだ妹だ」
「……っ」
「あいつは奴等に乗っ取られて、九割も奪われて、
フィエーニクスを調整してた俺を機体ごと襲った」
「空で揉みあい、激闘して、最後は共倒れで地上に落ちた」
「あいつは俺に一番懐き、俺も甘すぎて、兄妹だけの日常だった。
あいつが誰に嫁ぐのか一番憂いていた馬鹿兄だ」
「残りわずかの可能性で救えると思った――俺の甘えも砕かれた」
「……だから……同じ想いをした同士、傷を舐め合って奴等に立ち向かえっての?」
「…………」
「あたしが主人公になって世界を救えって言うの?」
「…………」
「だから現実の立ち迎えって思い出したくない事まで掘り返したの……?」
しかし王子は予想もつかない一言を切りだす。
「気になっていたんだ……お前のその《目付き》」
「……は?なに関係ないこと……」
「お前がその目付きをする時は、いつも《その幼馴染たちの会話をする時》だ」
「………………ぇ」
「お前は、何があってもすぐにお道化ようとする。苦しいも、辛いも。
多分それは性格ゆえだからとずっと思っておったのだ」
「たぶん半分は正解なのだな……だが、そこに隠れ蓑にしていたお前の本性でも
あったのだ……『何か、決定的なモノから逃げている』という」
「……それが、何よ……」
「お前のその目は、《死》に魅入られている……お前はいつ死の向こうへ
逝っても後悔しないんだろう、だから軽い。危うい。カゲロウの様に儚い。
お道化ているのもその表れだ。 量産系女子なんて言うのも、
使い捨てても誰か代わりがいるという諦めだろう」
「……だから……何が言いたいのよ」
王子は暫し真っすぐあたしを見つめ、ゆっくり……心を放った。
「……おれは、お前には生きててほしい」
「っ…………?」
「生きて俺の国にいつか招待する。お前は……俺の世界にお前は一人しかいない。
鴻 蒼穹はもう、量産系女子なんかじゃない」
告白めいた。それは王子の本音だった。