第六章「想い出の公園/日没」
プシュゥ。
バスは郊外の旧道近くで停車した。
(ふぅ。ソラ、大丈夫だよ……)
いつもの夕日。いつものゆるい上り坂。
(だって。逢えば――いつもの日常に)
緊張する必要なんてないよ。
あたしの想い出も、あたしの想いも、幻想でもまやかしでもない。
太陽と月子という幼馴染は居て、あたしの現在は完結する。
ほどなくして公園に到着。そしてブランコに……、
(――――戻れるんだ)
二人は―――――――――――――……居た。
「はぁ……ばっかだな……居るに決まってるじゃん……」
そうだよ。何を不安に……。
夕日は眩しくて美しくて、やはり二人が主人公とヒロインなんだって。
笑みが浮かぶ。こみ上げてくる……歩く。いつもの至福の空間へ。
そして――――わたしは声をかけるのだ。
「……お二人さん、土曜日でも居るんだね……」
「ソラ、何をしておる」
「え?」声は……ブランコではなく、後方から聞こえた。
「――――……、王子?」
「王子だな」
いつの間にか旧道の歩道に現れた王子。松葉杖で歩み寄ってきた。
なんで……何故。ここに居る理由が分からない。
「ここで何をしている、と訊いている」
「……王子……」
聴きたいのはこっちだ。どうしてこのタイミング?
「ここは、あの上空から観てた一角だな……お前は公園と言っていた」
意図が判らない。あたしは呆れの溜息で抗議する。
「はぁ……ねぇ、何しに来たの?……今朝の喧嘩の続き?ならやめてよ今は」
「喧嘩、か……あぁ、そうだな、廃墟だ――とは言い過ぎた後悔はある」
かぶりをふる「ただ、お前に話があるのは確かだ」
……やはり意図が読めない、謝罪しに来るにしろ、わざわざここを選ぶとか。
「……なにを……あ!」
そこで二人をないがしろにしてたと気づく。
「やだ……二人とも御免ね……この子、前にも話したけどウチにいる留学生の子」
二人は無言で、笑顔のまま聴いていてくれてる。
「ほう、俺を紹介してくれてたか」
また王子があたしの声を遮る。
「黙っててよ!二人に説明しないとでしょ!何よ……って、え?」
王子は無言で公園に立ち入り進む。何もない処をいちいち避けながら。
ブランコのまえで立ち止まる。二人の目の前だ。
(いくら横柄な王子でも初対面でそんな……)
王子は片足立ちになり、器用に松葉杖で二人を指し示す。
「この二人が、お前の幼馴染で主人公ズとやらか」
「あったりまえでしょ!失礼だよ、そんな間近で!松葉杖やめて!」
「ほう……」ぶわん!
すると王子は何を思ったのか松葉杖をブランコの上部へ薙ぎ払った。
「え……」ブランコの上部から鎖と共に椅子がだらりと落ちてきた。
「や、バカぁぁ!何やってんの??二人に当た……」
――――がしゃん!
「しょ……あ……れ」
しかし、椅子は二人の座ってる椅子と重なってしまう。
太陽にいさん、月子ねえさん。何も言わない。にこやかなままだ。
「―――――……なに、したの?」
王子は物憂げに。そして鎖をつかむ。
「そうだな、俺はお前と話がしたい、ゆっくり……座って、な」
「やめて!!そこ座ってるのに!何し……て……」
王子はブランコの椅子に座ってしまった……太陽兄さんに重なってしまう。
「……る……の……」
あたしはへたり込んでしまう。
そんな……太陽先輩と王子が重なっている……なんで?
「ソラ」
王子は今まで視た事もない複雑な表情を浮かべて……その一言を言ってしまった。
「……おまえは、いったい誰と、しゃべっていたのだ?」
■
明滅する視界。夕日は煌びやかで初夏の臭い。
だけど、あたしの意識が明滅しているのだ。王子、いま何て言った?
(”《《誰と》》しゃべっていたのだ”……だって?)
「…………」新手の嫌がらせか?今朝の口論の仕返しか?
「俺がお前の視覚をいじって今朝の仕返しでもしてると言いたいのか?」
「……っ!?」図星を言い当てられた。
「……仮に。そう出来たとして、
お前の想い人たちを汚す様な無粋な真似はさすがの俺にも出来まい」
王子が冷酷に憂いに吐露する。
「俺の兄妹たちも――何人も死んでいるんだからな」
「やめて!」わたしは後ずさる。やめて……やめて。
嫌な……その先はダメな……なんで?
「……俺の闘いは、兄妹たちをヤツラに殺された私怨でもあるからな」
やめて、やめて。やめてやめて。
「フィエーニクスも行方不明の姉上の借り物で……姉上も生きてないのかもしれない」
やめてやめてやめてやめて。やめてやめてやめてやめて。
「お前の友人たちからぜんぶ聴いた……だから」
その先を…… 言わ…… ないで……
「一年前、ここで死んだ二人の幻影に逃げるのはやめて、現実に戻るんだ」
「やめてって言ってるでしょぉ!!!!!!!!!!!」
夕刻は残酷だ……それは逢魔が時という境目。
現実《この世》と幽世の狭間――……
あたしは……、
ずっと、〈あの日〉の陰から進んではいなかったのだ……――――