第五章「集い/見えてくるもの」
「あ、すみません!」
あたしは女性とぶつかってしまった。
猿吉くんから逃げる様に疾走してての不注意――なのだけれど、
「鴻 蒼穹くん?」……なんだか知った声がとがめた。
「え……その声、生徒会長?」
モールの女性向け衣服売り場だから女性がいても当然なのだけど、
その声が――生徒会長……?
「そ、そうよ。なんでそんなこと」狼狽える眼鏡の女性。
「あの……なんで《女子の恰好してんの》?」
「な……女子って、わ、私は女子だから女性の恰好するでしょう!?」
「え……――女子?」見ればその人物はフェミニンなシャツにロングスカート、
髪を下ろしてブランドっぽいポーチを肩掛け、眼鏡もおしゃれで抜け目ない。
記憶にある声で、記憶にない恰好をしてる生徒会長。
「いや、そんな馬鹿な、時司て言えば口うるさい男子」
「そ、それは!それは兄の時司機人よ!
……わたしは妹の喜美乃!」
「きみ、の?ウソ……でも男口調だったし、男の制服だったじゃん」
「それは……その……兄へのリスペクトゆーか」
照れる彼……いや彼女。そうだ、時司という男子は去年の生徒会長……。
副会長の太陽にいさん。書記の月子ねえさん。それは去年の話だった……。
「思い出した……年子で、妹がいた。それで《《彼女も》》生徒会長に……なった、んだ」
(なった……今年になって……あれ?おかしくない?)
「鴻さん、去年同じクラスだったのに……酷くない?」
年子で顔も名前も似てる兄妹。二人とも線の細い美形で眼鏡だった。
確かに去年、時司妹の方とは同じクラスだった。仲良くなかったけれど。
ウチの学校、制服が《選択式》だった……女子でも男のスラックスが履ける。
兄と顔も行動も似てる苦手意識であたしはずっと彼女を避けていた……。
(直視――)王子の言葉が刺さる。《――あんな廃墟》
……いや、ウソだよ……。
「その……大丈夫?《あんな事》あって……私の心配が重荷だったのかな」
「なんの……話?」
「つい、鴻さんを気にかけてしまう。それが負担になって私を避けていたんだね、
ごめんなさい。公私混同だった。学校で兄の真似はもうやめるよ」
生徒会長・喜美乃は謝罪した……”あんな事”?
「……あたし、急ぐので」「そう……」
私服の生徒会長は優しい。
でも……去年の生徒会長のフリをしてた――何でフリなんかしてたの……
(それって……?)
考えるのが怖くなった……記憶の扉がぎぎぎと音を成す、急に背筋が寒くなった。
走り出した。やめて。その扉を開けては……いけない。
■
モール正門出口を抜け、横断歩道に差し掛かった時だ。
「走り疲れた……」あたしは体力もないのに、猛然と走っていて、
だから信号の青点滅の前に、へばって立ちすくんだ矢先にソレは起こった。
ギャギャギャギャ!ゴオオオゥ!
「え?あぁッ!?」
凄まじい轟音と共に大型トラックが横転してきたのだ。
「きゃあああああ!」「うわあ!!」
戦慄と恐慌。誰かの悲鳴と機械の破砕する悲鳴。
全てが悪い不協和音で席巻した。悪魔の雄たけびの様な旋律。
―――――…………。
あたしは……運よく助かった。
尻もちをついた眼前で横転したトラックはギリギリ静止し、
怪我は転倒の擦り傷だけに留まった。
運転手にも生存が伺える。どうも居眠り運転だったようだ。
「あぶ……なかった……は、はは……」
膝が嗤う。へたり込む。なんでこんなイヤな気分の時にイヤなタイミング。
「あ?」転倒の勢いで通学バックが散乱してしまってた。
ファスナー、ちゃんと閉めてなかったんだ。
(グシュだ……)さっき買ったグシュのプラモも目の前に落ちていた。
パッケージ絵はあの名場面で、レジェンダリー版を描いている。
切断されたロボットの腕が、続編主人公の家族を押しつぶしてしまったシーン。
「あ……れ?」
(どくん)……あたしの中で、何かの映像が浮かびあがった。
(……目の前で……目の前で大事な人を……)何だろう、この感覚。
「……なんか、グシュのあのシーン……みた……いで……」
あたしの中から……色が蘇りはじめていた。
下敷きになる家族。慟哭する主人公。そこに何かが重なってゆく。
フラッシュバックで断片的な映像が沸いては闇に沈んでいくイメージ。
「……はぁ、はぁ、……やだ……な」
ゆらゆらに立ち上がり、ガクガクに歩き出した。
動悸と記憶が交互に早鐘を打つ。膝が笑う。
どく、どく、どく。
事故現場なのだから事情聴取で動いては駄目なのかもしれない。でも、
心がここに留まりたくなかった……深淵から何かが鎌首をもたげて覗きこむ。
合流するのも忘れバスへ飛び乗った。郊外の……あの公園を目指すのだ。
■
「はわ!リヒト様……何故このような場所に?」
不知火恋縫は、駅前繁華街におよそ《あり得ない》珍しい人影を見つけた。
「ム。恋縫か、どうした慌てて」
長身痩躯。金色の髪。松葉杖の王子だった。
「あ……ん、うむ?あぁ、敵の気配を気取ろうと視察だ」
そう言ってる王子の手にはバーあんずが五本刺さっており。
「……あ、はい」
「なんだその反応は!?俺だって甘いモノくらい食すわ!」
「食しますね……」(ソラ先輩なら軽やかに突っ込んでたろうに……)
恋縫は事態が事態なので揚げ足取りはやめて、本題に入った。
「あの、ソラ先輩が行方不明です!ご存知ありませんか?」「なんだと!?」
恋縫から簡単な状況を伺う王子。
エアホッケーの合間、いつの間にか蒼穹の姿がない、と。
王子も今朝の出来事があって街に出てきた旨を伝える。
「……あいつの気配はしてた。ちょっとな……少し言い過ぎたかも、とな。
土曜は買い出しとか言ってたし……まぁ何だ」
(――気になって来ちゃったんだ……優しいツンデレさんだなあ)
王子とは使従のリンクで結ばれてはいるけれど、心情まで細かく伝わる訳ではなく、
恋縫には少し羨ましい感情でもあった。
「うむ。それはさておき(ちゅー)」
(そこは食べきるんだ!)
「俺はまだ足が不自由だ、この近辺を案内せよ」「は、はい」
そこに竜地が通りかかる。
「あ、りゅーちゃん……?」真っ先に対面する王子に視線が刺さる。
「わ、わわ!(リヒト様、視認許可だしてたんですか!)」
「……恋縫、ソラの奴は……て、誰だそいつァ!?」
「あ、違うの!りゅーちゃん……この人は(初対面だっけ……どうしよう説明)」
「なんだ?このつんつん頭の平民は」
「へいみん?つんつん?……おう。ケンカか?喧嘩だな。
いいぜ、恋縫をナンパとか、ふてぇ優男はシメにゃわからんか~?」
(りゅーちゃん、ちょっとすっごく嬉しいけど!ケンカ腰だめえぇ……!)
「恋縫の知り合いか?余分なので追い払え」
「余分だぁ?いい度胸だなオラァ!?」
(うあぁーいい感じにコジれてきたー( ̄◇ ̄;))
ぱかーん。
別の方角からやってきた夜鳩先輩のつっこみが間に合う。
「竜地。この人はソラの遠縁の親戚で留学生」「いてーな夜鳩……親戚だぁ?」
そこから夜鳩は何故か架空の設定を語って聴かせる。
姉妹都市の高貴な出で静養の為に御忍びでホームステイしてるとか。
(うわー、即興で説明考えてるー……あ、でも夜鳩先輩も初対面な気するけど)
「ふーん……何かうさんくせえけど、ま、今はそんな場合じゃねー」
(りゅーちゃん、単純……いえ、詮索やめてくれて有難う)
探しに出てた他の部員の方々も次第に集まり始めた。
そこに轟音が知らせを放つ。とてつもない悲鳴と喧噪。交通事故らしい。
「な、なんだぁ!?」「どうも居眠り事故さね」
「あ、あそこ……ソラ先輩!?」
指を指す。バスの後部座席にソラ先輩を見つけたのだ。
「なんだと?」恋縫はペロとの繋がりでソラ先輩を認識しやすいものの、
王子も見咎めたらしい。息をのんだ。「あいつ、何があった?」
「このバッグ。ソラ先輩のだ」
恋縫はバッグのマスコット人形に見覚えがあった。ヴァンダム定番のファロだ。
散乱している先輩のバッグ。グシュのプラモがこの惨状を投影してて皮肉だった。
「おぅ、才蔵か、え?なんだって」
追いついた才蔵先輩。デパート上階から事故を偶然みてたらしく
ソラ先輩らしき人物が巻き込まれかけたと教えてくれた。
「……わかんねぇ、事故で動揺して先に帰ったってか?……ソラどうしたよ」
警察や救急車のサイレンがけたましく響く。喧噪。
「む、まさか……蒼穹。そういう事なのか……」
「あ――そいつぁ……まさか!」
夜鳩先輩の言葉に竜地の顔が真っ青になる。
そこから先輩方の顔色が暗雲が染み渡るのを恋縫は気取った。
リヒト王子もその異変に、事態の深刻さに眉をひそめる。
(え?……何が、ソラ先輩に何があったんです!?)
「恋縫、その他の者たち。ソラのこと、聴かせてくれまいか」
王子が詰め寄る。目線がいつもにない険しさ。
「あぁ?てめぇまだ居たのかよ」
「頼む」
(リヒト王子が?)恋縫も始めてみる王子の態度。
「オメェに聴か――」「いい竜地、この方にも知って貰うべき時期がきたのさ」
夜鳩先輩が手で制する。
「夜鳩先輩。あの、それって……?」「恋縫くん、蒼穹の時間はね――」
そこで恋縫も始めて聴く、蒼穹の過去が語られたのだった。
「蒼穹先輩……そんな」
恋縫は困惑と動揺に震える。
日は……何かの予感を帯びつつ、朱く紅く暮れ始めようとしていた。