第三章「衝突/雨が近づく音」
ケンカするほど何とやらと言う。でも運命共同体だとどうなのだろう。
「ソラ、お前なぁ!何だあの戦闘はっ!ふざけてんのか!」
あたしは日頃の疲れと、鬱積が、びきびきと溜まりに溜まって……、
「……あ、のねえ!あたしだって学業と戦闘の毎日よ!疲れてんだよぅ!」
――その日、王子と衝突してしまった。
先週から連戦が続いていた。
とにかく疲弊していた。
「最近はシミァン級も出てきたのだ。気を入れねば……死ぬぞ」
日常が重くなっていた。
《シミァン・タイプ》はペロォの一つ上、知性が増して硬いし素早い。
量産機の上役も少し本気になってきたのか上位互換を送って寄越してきた。
いわゆる中級の敵、それがシミァン型。
昨日も背の高い野犬(犬種がわからない)型のシミァンだった。
恋縫ちゃんのペロでも十分高機動かと思われてたけど、上回る強襲。
フィエー君のファウ・ラスターと同じカラクリのエネルギー波を用いての
ツメ攻撃。噛みつき。さらには飛び道具としても使用してきた。
「フィエー君が刺された箇所があたしみたいに痛い……疲れてんなぁ」
まさにギリ勝ち、
という状況で切り抜け、結果オーライで王子を黙らせていたのだ。
王子はやる気の塊りだけど、こっちは疲労で頭が回らない。
「昨日の損傷が大きい。回復が間に合わんな……」
「はぁ、朝からンな事言わないで……あたしも回復しないと、だよ……」
「俺とフィエーは回復体勢に入る。何かあったらすぐ知らせて欲しい」
「くは――、簡単に言ってくれるな……あたしも眠い」
大の字になって寝転がるあたし。日焼けして後みたいに四肢がじんじんいっていた。
王子の言う《回復体勢》とはフィエー君と《回復モード》に集中して
瞑想の様な状態に入る。出逢ってすぐの頃は大分こんな感じだった。
あたしはようやっと着替え始めた。
「大体な……こちとら睡眠をとらねばいけないのにイビキも五月蠅くて眠れん」
「な、なんでそんなこと引き合いにだしてんのよ!セクハラ!?」
「あの従姉弟の男子にも言われた、とか言っておったろう」
「あ、いやそれは確かにそうだけどっ。……いや、そもそもあたしの部屋だよ?」
今にもぐったりして、すぐにでも二度寝しそうだった。
駄目だ。マジ着替えないと……外着とも部屋着ともつかない恰好してたんだ。
「体調管理も責務だ。回復も早いと言ったろう。気がたるんでる、失望させんようにな」
「し、失望ってアンタ……勝手な、運命共同体がどーとか設定しといて」
「おまえ……連勝のせいで殺し合いだと忘れておるのではないか?
たぶん――いや、そうだな。漫画やアニメの様に〈主人公側は勝つ〉という、
不文律だと思っている。駄目だな、そんな腑抜けじゃ」
「土曜の今日は休みなんだ、休ませろよ」
やっと着替え終えた。色気のない普段着だ。
〈不文律〉って確か〈暗黙の了解〉とかお約束みたいな意味だっけ。
「腑抜けって……あんたねぇ」イラっとくる。言葉が過ぎる。
王子は何だか余裕がない。疲労もあるのか、身体の回復が遅くなっているのだ。
短い付き合いでも分かる、焦ると余裕が無くなってイラつくメンタルの弱さがある。
「小さいなぁ……なら王子ひとりで闘いなよ……過剰労働だ……」
兆発してはいけない、そう思っても口がゆるんでしまう瞬間ってある。
「過剰!?……おまえ、五体満足の身で、余裕があるからと……!」
「はぁ?……あんたね、そろそろ黙らないと蹴るよ?疲れさせないでよ」
そこで、王子は言ってはいけない一言を言ってしまう。
「馬鹿が!……あんな〈くだらない廃墟〉になぞ毎度行っていなければ、疲労なぞせんだろう!」
「……………………」あたしは凍った。
「……なんて言った……いま……」
「……ん?……またその目付き……」
王子は謎に冷淡だ。あたしの何を見ているのか。
「くだらない…………くだらないだと!?……あたしの……大事な」
「は!あんなモノが公園か!?ふざけるな!今まで黙っていたがな……
ただの朽ちた過去の遺物に何を見ておる?
さすがに看過できんわ!疲労までしてお前の趣味に付き合……」
「ふざけてんのはアンタよ!!!」
絶叫が轟いた。
「……っ!」王子も静止した。
目の前が明滅する。ぐあんぐあんと地震でも起きているかの様な……いや、
心臓の鼓動と、感情のうねりが澱んだ輪唱になっていたんだ。
―――それは怒り。
怒りでわなわなと震えている。漫画とかじゃなく、本当に震えていた。
くだらない?あたしの聖域が?……他所者が……勝手に日常に押し寄せた日陰者が?
心が、怒りで揺れているんだ……だって、だって……。
「ふ……ふざけんなッ!疲れてるから、聞き流してやろうかと思ったけど
廃墟だ……?冗談じゃないぞ……あたしの聖域を……、
ただの居候で……あたしの人生の予定に無かったヤツが……よくそんな!」
「……なにを……いまさら」
「うるさい!!最悪だ!!ざけんな!バカ!!!」
ズバアン!通学バッグを王子にブチ当て、家を飛び出していた。
「ぐぁ……お前、待……ッ」王子の静止の声が遠くに響く。どうでもよかった。
疲労してた身体がひりひりする。でも無我夢中で、あたしは走っていた。
街なかで朋輝に呼び止められるまで……よく覚えてない。
今日は土曜で休日で……約束事があったのだ。
この出来事が、あんな事態へ繋がるとは思いもせず……。