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「小話7/雲間から晴れ間を見上げる」

梅雨つゆ入りが近い、休日は雨の空。

傘を高らかに広げる。雨空に、静かにしたたりゆく雨音がリズムを刻む。

ふと、もう一つの足音が。


「買い物かソラ、俺も外に出たかった。付き合おうぞ」

「ん?いいけど、雨降ってるよ、松葉杖じゃ辛くない?」

「片手で傘をさせばよい。我が松葉杖道まつばづえどうあなどるなよ~」

なんだか松葉杖が好評のようで、理由つけて外出したがっていた。

コケても責任とれないよ、と促すと「それこそ我が松葉杖道をなめるな」と。

だから松葉杖道って何だよ。


しとしと、という感じがよく似合う。

「これがこの国独特の《梅雨》という雨季うきか……このボディでもジメっと感じるな」

「でしょ?カビ生やすには丁度いいのよ」

「ぬ、天威の科学技術にはこんなんでは生えん!」

「ウチの国が夏を乗り切るにはこの雨季が必要なんで文句言えないのよね」

「ほう、必要な恵みの雨か」感心する王子。

プラモ筆塗り派には天敵だけどね、とか、いろいろ解説。


「……ソラは何を買うのだ?」

「あープラモ道具、うすめ液とかツヤ消し剤」消耗品しょうもうひんなので、と。

「親父殿に借りればよかないか?」

「それは駄目だって。自分の工具は自分でやりくりなさい、って」

「ほぉ、いい親だな……では参ろうか」

坂道の多いこの街に、転ばずに松葉杖を駆る王子。機械ボディ故だけど器用だ。


「ふ、親か……先日のあの二人であろう。面白い親たちだったな」

今度家に遊びに呼びなさいよって結菜さんに薦められた。まぁすでに居候るけどね!

「はは。あのイチャイチャは学生ん時からだってさ。お兄ちゃん起きて~とか

 漫画みたいな妹っぷりだったんだってさ」

「む……ウチのアイレみたいだったのかあの婦人」王子の苦笑にがい顔。

「妹さん?王子も《らぶらぶ》兄妹だったんだ?」

あまり感傷的にしない程度に振ってみる。

「そうだぞ~兄ちゃ兄ちゃって俺しか目になくてな」

「わかる。王子、身内にだけはすっごく甘そうだもん」

「ば、馬鹿いえ。俺ほど妹に厳しい男は」「恋縫ちゃんに甘い処みれば判るよ」

ぐぬぬ、という王子。

そこから妹に厳しい談義をするけど顔がニヤけてるから説得力ナイナイ。


「しかし。父からそういう教訓めいたのは……なかったな」話が戻った。

「……そいや、王子の両親の話って聴かないね」

何となく。王子のこと知らないな、って思った。先日といい。

「……ん?国家秘密だぞ」とおどける王子。


フィエー君に乗った時、わずかに天威てんいの国がえた気もした。

シスコン自慢ばかりで萎えてたけどさ、彼の足跡とか、

まだ二か月弱の付き合いだけど、少し興味が沸いてきたのだ。


王子は暫し無言で、ふいに梅雨のはるる野をまぶしく眺めたあと、

静かに語ってくれた。

「……そうだな。母はもう他界した。父は……遠かった」

「お母さんいないんだ。……お父さんが、遠い?」

「あぁ。父の姿は余り印象にない。政務とドロスィア対策にかられてな、

 おくいんに引きこもってほとんど見かけた事はない」

甘えたことも、どんな会話してたのかも、印象が薄いのだと言う。

《ドロスィア》は量産機たちの正式な名だって先日聴いた。


「そのおかげで兄妹ばかりが家族だ。兄王、姉王は他界《死亡》に失踪、意識不明諸々だ。

 実質、姉が政務を行っているんで基本は俺と妹のアイレだけの様なもので

 だから、……お前の家族を見るのは楽しいな」

「……そっか」

《楽しい》に、静かな寂しさと憧れの様なニュアンスを感じる。

先日のおとぅと結菜さん時の無言も何だか納得できた。


「ソラは母が居ないと言う、どう思っておる?」

「お母さんか……」

幼少期の頃を思い起こす。つまんない冷やかしばかりの大人たち……。

「わかんない。結菜さんがママ代わりすぎて、寂しさを感じる暇が無かったし」

「そうか」と王子は物憂げな顔。家族の記憶を思い起こしているんだろう。

あたし以上に複雑で、込み入った感情。そんな家族構成。

その妹を失ったと聴いて……王子はひっそり嘆いたんだ。今ならわかる。


「……ね、《泣けばいいのか》って言ってたよね。出逢ってすぐの時」

触れていいのか分からないけど、今しかないって切りだした。

「……聞こえてたのか」「ごめんね。気になったんだ」

「ぬ。世迷言だ……そう言」「泣いても……いいんじゃないかなってさ」

遮るように、本音を吐露してしまう。でも言ってあげたかった。

「……っ」

王子の表情が、虚をつかれて雨の音に沈む。

「立場は解る、でもあたしみたいな凡人でも受け止める心のすき間はある。

 ……もっと話してよあたしに」

雨が世界を覆うように。

「キミは王子って端役じゃなくて《作れる》王様になってさ」

「作れ……る?」言葉足らすで妙なフリになってしまった。

「うん。弱音は正義でもないけど、この半年の生活は余暇よかみたいなモノって

 割り切って、一人の人間らしい心を作りはぐくむ時間にするの」

いつか一人前になる勉強時間にねってさ、と付け足して。


「先日のおとぅ達みたいなのと駄弁ったり、話を聴くだけでもいい……

 体験の時間てさ」

王子は黙って聴いてくれてる。

「王子もさ、いつかお嫁さんめとって家族作るじゃない?

ここでの時間で育んだ財産を、量産機をこらしめて帰還した後、

さぁ、いざそこで……思い描く家族、国を作ればいいんだと思う」

両手を大空に。あの空に国があるってファンタジーだけど、王子には現実なのだ。

一介の小娘こわっぱが説教するのもなんだけど、またしても余計なお世話したくなったのだ。


「思い描く……国を」

「無責任言っちゃうけど、泣いて笑って、経験が財産になるこの生活をさ、

 王子が描く国って言うキャンバスに、だばーって彩色カラーリングするの」

あたしはプラモを筆塗りする様な身振りで王子にはにかんで見せた。

観て体験した事もない世界だけど、平穏が一番って幸福をうながすのは

間違ってないと思う。


「……ふ。また無責任でつたない庶民の理想論だ」「でしょ?」

毒言うも悪くないって顔をしてる。でも、

「俺が……国を描く……か」

王子の顔は曇間から晴れ間を探している。

「ね?」両手を広げアピール。雨に濡れても構わない。


「……あぁ。あぁ、『かもな』ではなく『そうだ』、な。

 天威の国に我あり、と掲げられる様に」「そうそう、そのイキ」

あたしの荒唐無稽こうとうむけいな夢も参考になればいい。

王子が少し素直に笑顔を見せ始めた気がする。晴れ間はもうすぐ。

集合団地を過ぎれば、プラモ屋はすぐだった。


「ほお、こんなせまい家屋に、まるでソラ家の別荘ではないか」

「やかましいわ!プラモ屋のおばちゃんに失礼っしょ!」

《ウェルハッピー》という古いプラモ屋だ。おとぅも昔から通う老舗しにせだ。


「あらソラちゃん、彼氏?」店のおばちゃんも幼少からの顔なじみだ。

「え?あれ」「うむ(許可出してるので見えてると頷いて)」

「え、いえいえ、ウチの門下生もんかせいだよー」「あぁ大空くんのね」

あたしの父、鴻 大空おおとりだいくうは生活の足しにたまにプラモ道場を

開いてる。模型ブーム様々だ。


「大空くんもこだわっていつまでも選んでたわねえ」「あはは」

一時間ちかく粘って用具とか吟味ぎんみしてたとか。

「ほう、面白い造形だな。怪獣ってヤツだな、DVDで観たぞ。秀逸しゅういつな職人だ」

珍しいガレキ(ガレージキット)を見ながら王子も楽しんでいる様だった。


場末ばすえの庶民の店もいいものだったな」

「古いキットも売ってるからマニアには密かに有名なんよ」

雨の帰り道。何か小雨になってきた。陽光のあかりが挿し込みつつある。


「《作る》文化か……」王子の独り言。

プラモに掛けて、先程の国作りの話題を思い出したのだろう。

「プラモ作りたくなった?」「ちょっとはな」

「自分で改良出来るのはいいぞー。自由がある」

「そうだな、自由だ」遠い目を。

「俺も、国という未来を創れた暁にはソラも招待しようぞ。何時かはな」

陽光を背負った王子が何だか神々《こうごう》しく見える。記憶に残る情景。


「そだね。そういう目的あれば生きてて前向きになれるって」

まぁ招待のなんて、未来の王子は忘れてそうだ。

「庶民級の発想だが悪くない」「でしょう?」


《泣けばいいのか……》王子が泣かない未来を創ってほしい。


雨は晴れた。陽光がゆるくまばゆく。

王子が見上げる目線さきを追い、空の彼方かなたの世界をおもんばかった。



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