第三節「ソラとガラクタの君と」
「部屋に戻ればいつもの〈日常〉……そう思っていた時期が私にもありました……」
朝食を終え、あたしは学生服に着替え登校せねばならない。
先ほどの非日常はやはり寝ぼけたあたしの幻で。
ドアを開ければいつものプラモの山のカオスが待っていると
わずかな期待を込めたのだけれども――
でも待っていたのはやはり、
天井にはロボの顔、プラ箱の山は怪獣が暴れた跡かの様で……。
はぁ、今日何度目のがっくしだよ……。
「――しかもあれ、二人には見えてないっていう……」
観えないのはあの二人だけなのか?
自分だけ頭うっておかしくなったのか?
こんな異常な状態だというのにあたしの頭は冷静に冴えていく。
(うん……取りあえず新学期だ。いきなし遅刻はまずいか)
プラ箱の山からカバンを発掘。授業に必要な教科書やらもチェック。
髪型をそそくさに整え姿見で自分の容姿を確認する。
……うん、いつもと変わらない平凡女子高生だ。
変わっているのは……鏡には映る巨大なロボの顔。
「やっぱ……見えてますよ……ねぇ」
お化けは鏡には映らないとかあるけど、ガチ視認できてるし。
壁に掛けた制服は何とか健在だったのを確認。
さて、
血がついたジャージ脱がないと。
(気に入ってたのにがっつり洗濯しないとね)
あたしは部屋着用、プラモ制作用、外着用、中学の時のお古、と
スタイリッシュに着こなすジャージ女子だ。
気を取り直し、さて着替え……とジャージをまくった瞬間、
予想もしない角度から声がした。
『――おい。王の前で着替えるな、そこな平民よ』
(……は?)……何だか妙な声が聞こえた。
『は?ではないぞ。いきなり脱ぐんじゃぁない。
はしたない。王の御前だ、ひれ伏さんか』
左右を確認、天井の顔も見た上で……(残すのは後?)
そろ~りと後を振り返った。
「あ」
……居た……!
声の主はプラ箱の山の上に居た。
人だ。
人型の何か。
何かがあぐらをかいて、偉そうにふんぞり返ってるという。
――ただ、人の形はしているのに断定しがたいのは――何というか
”身体のパーツが、おかしい”のだ。
左手がひじが壊れてその先がだらんと伸びてる。
右足も膝からが壊れてボロってる。
(……人っていうか……)
「……なんだこのガラクタ人形……」
ひねりもなく素直な感想。
『とお』「ぐぇ!?」
人形から、何かが飛んできた。いや、《伸びて来た》……?
それがあたしの腹にぶち当たったのだ。ジャージめくった腹に……!
「おげ……痛いな!……って、手ぇええ!?」
手だった。伸びた左手が。でも何か生々しい。なんじゃそら。
そして、ズッっとジャージを下げる。
元に戻された。(優しい!)――優しくないか。
「何を……!?」改めて、まじまじとソイツを凝視した。
人形が喋っている……?
――いや、顔だけはほぼ人間のソレ(髪も生えてる)っぽいのに
身体の方が壊れた人形の様なのだ。
パーツをつなぐロープだかが見えてしまっている。
そして中世貴族みたいな(でもボロ)衣服をまとい踏ん反り返ってる。
首元が包帯みたいので隠れてるので人の顔と人形ボディの境目がわからない。
だが、首元まで伸ばした金髪と顔だけは生身に見える。
容姿は、なんというか……作り物みたいな整い方。
西洋系でもあり東洋系にも見える……まぁ、イケメン、なのかな。
(でも……いま日本語でしゃべって……?)
その疑問に答えるかのように人形めいたそいつは語りだした。
『王に腹みせるな。我の言を聴け。主演を無視したら物語が始まらぬであろう』
「いや、日本語しゃべっとるやん!」
何それ!?人語を喋る人形?いやいやいや。
「喋ってる……人形が喋ってる!?何だよコレ」
流暢で、おおよそ最近覚えたとは思えないネイティブさ。
天井の〈ロボの顔〉に続いて〈顔だけ生身の喋る人形〉……?
プラモ溶剤のシンナー酔いなんかしないけど、
非常識、二連発でやって参りました……。
「……まさか……これもあたしにしか見えないヤツ……?」
『そうだな。許可を出しているから見えているぞ」
「丁寧に答えた!?」
『答えるぞ。我は生きておる。王だからな』
「ご丁寧に!……ちゃう。マジか!生き人形……!?ホラー……」
『い、生き人形とは何だっ!ホラーでもホラ話でもない!我は本物だ!
マジモンの王――そしてお前はマジ平民』
「……なんで日本語喋れてる?」
『……そりゃ接続のついでに解析して……いや、それはいい』
「……こっわ!」
すでにキャラぶれしてる気がするけど、まともに問答してしまった。
人形……なの?接続?サイボーグとかいうオチなの……!?
『――いやサイボーグでもない。天威の国の王子さまだ』
あたしの脳内読むな!
しかし、どう見てもガラクタ人形なのに王を語る。
ただの不法侵入だしストーカーの類なのかも……。
でも間違いない、”意思を持って喋ってる何か”……だ。
「えと……もしかして……会話出来てます?」
「しておるだろ。王だぞ、知性体だぞ?話せて幸せぞ」
「……まじイラっとするのですけど……もしかしてやっぱホラー?
怨霊にとり憑かれた人形と会話してるの……あたし」
『怨霊ではない。生きた、生王子。我はまだ生きておる」
「……怨霊って皆そう言います(生王子ってなんだ?)」
は、と気付く。
「――って、あーあ……何か会話してるよあたし……」
「だから話を聞け平民。我はな、死に損なっただけだ。
故あって機械人形の身体を借りておる人間なのだ』
「?……へぇ……はぁ。そう、なの、ですか」
まだ認識が追いつかない。
謎の設定だされてもピントが定まらない。
妙な電波に偶然、周波数合って幻覚が視えてしまっている感じ。
そう思うしかない。
ふう、っと王子(?)は溜息をつく様なジェスチャー。
『仕方ない。説明せねば理解が苦しかろう』
「……いえ、特には」
『そうか、そんなにせがまれてはな……』
「人の話きけよ」
王を名乗るガラクタ人形は大仰に語りだした。選挙か?
『――おぉ、それは天空にあまねく城塞の群れ、
この惑星の盟主たる〈天威〉カエルムの王家が一人、
このアゥエス〈フィエーニクス〉を駆り、天空を統べる者。
それが何を隠そうこの我、王子であるぞ』
「……て、言葉をセットされた機械人形?」
また左手が伸びてくる。さすがに避ける。お前はどこぞの海賊王志望か。
『おまえ!ボクが説明してあげてんだよ!聴いてよ!』
疲れてきた……。(自称ボクっ子になってるぞ)
顔はイケメンだし声もイケボ、そこだけはいいんだけど。
はるる野は妖怪伝説もあるし巫女やってる友人から怪異話はよく聞く。
あいつに今度、相談でもしてみようかと思う。
「あんた……何なの?」『あん?』
「えっと……ここで会話続けると認めた事になるけども……」
あたしは意を決した。
「仮に。仮によ、アンタが意思を持った《何か》だとして……、
……何であたしの部屋にいるの?アレは何?」
天井を指さす。
『――ほう。よくぞ訊いた。だよなぁ!』
喰いついてくれて嬉しいって顔ですね。
『我が名はリヒト。誉れ高き天威カエルム王家第六王子。趣味は読書に音ゲー』
「…………(趣味の紹介……いる?)」
『故あってこのような姿であるが。今はまだ深くは語れない。
だがどんな姿であっても王。これよりここを根城とし、
我と〈アゥエス〉の居城とす』
「…………………………」
あたしは無言でスマホを取り出し警察に通報しようとする。
『おい、いきなり何だ』
「通報。ここは国家権力に突き出します」
不法侵入な上に居付く気満々って、居直り強盗みたいだよね。
やっぱ〈非日常〉には退散願う。
『――……良いが、たぶん見えないぞ我もコイツも』
「え?……あ!?」
天井の顔を見て思い出す。
さっき”許可を出しているから見えてる”とか言ってた……。
「……うそ。まさかアンタが何かしたの?」
『したのではない。元からだ……いや、したか。ふむ』
「どっちよ!つか、やっぱか……!」
「それを今からごゆるりと説明しようというのだ」
なんて偉そうな居直り王様。(ごゆるり、じゃねーよ)
思考がメルトダウン(融解)しそうだった。
ふいに、床に落ちてた壁時計に目が止まる。
「……あ、やば!」
時計をみれば登校の刻限が。こんなんで遅刻なんて忍びない。
(……ええい!)
ばさ!私はガラクタ人形へ辞書を投げつける。
『なんだコレは?』
流行や俗語をまとめた年鑑みたいな辞書。
「とりあえず。時間ないから私は学校行く……それでも読んで現実勉強しなよ」
そう言いつつあたしはジャージを脱ぎ制服に着替える。
『く!?貴様、王に……コラ!脱ぐな女子!……行くな馬鹿もの!』
幻覚相手にブラだ、パンツだ見せても減るもんじゃなしに。
スカートのファスナーを上げてネクタイも調整。これでよし。
「アンタの事、”会話出来る”幻覚だってまだ思ってる。
だから思考まとまんないし保留!気が向いたら消えてね、幻覚さん」
ばたん!
通学バッグを片手にドアを勢いよく閉め、階段へ急ぐ。
時間ないのは本当だけど、精神がヤられるし逃避するよ。
――あたしみたいなプラモしか脳のない女へ神さまのくれた試練?
勘弁して。
少女漫画ならここから恋愛に発展するんだろけどガラじゃない。
あたしは脇役でいいんだ――
こんなのどこぞの〈メインヒロイン=主人公〉が処理する問題で。
逃避する――楽な生き方ばかりしてきた惰弱なあたし。
学校いって駄弁って部活を楽しみ、帰宅後のプラモ制作が生きがいの。
――それが。
この日を境に、とんでもない日常が始まるのだ。
いや、すでに”始まっていた”のである――
この直後に……神さまは、さらなる試練を用意してきたのだった。
(24/05/19)修正