「小話6/王子と街角の家族」
今日も戦闘が終わった。
相手はナナフシ型というスーパーレア!
「ね、あのアメンボをデカくした《《枝みたいな》》虫なに?」ずっと聴いてたほど。
(後で調べたらヤマトナナフシだった)
……けれども今日の王子はどうにも落ち着かない。
落ち着きのない児童とは違う落ち着きの無さ。
「なに?王子」
「……ぬ、むぅ……ソラよ。未曾有で空前絶後で空即是色たる緊急事態が発生した。
今日は街で緊急の確認事項がある、こればかりは避けられぬ事象でな」
先にフィエーと帰ってよいと、
何だか凄い枕詞をいっぱい含めた文言を残し、一人繁華街へと降りていった。
「そっかぁ、王子だって男の子だし~。気になる事あっても、
あっても……あっても……いちいち干渉しちゃ……」
「――――――………………」
「いんや、気になるヤツやーん!!!」
フィエー君の操舵空間に取り残されてたあたしは起動した。
(この地上に知人なんて恋縫ちゃんしか居ないハズだし、ガチで私用かぁ。
いや、まさか……マジ真面目に恋縫ちゃんと密会なん?)
……という訳であたしは『王子を尾行』という《《しょっぱい青春》》を遂行した。
「フィエー君ゴメンね自分で帰れるね?」とネタで頼んだら本当に自分で
帰ってった。「……やっぱあの子、自分の意思あるんじゃ……」何だかなぁ。
すた。視認疎外で意識されてない筈だけど、いきなし女生徒が街角に現れた様に
みえるんじゃないかと毎回ドキドキだ。
さて、あいつ何処行った?
馴染みの古い商店街はあたしの庭だ。そうそう死角なんぞ無……ん?
さっそく王子を発見。
「あれ?……本屋へ向かってったぞ……しかも……あ!」
事実を理解しはじめる……。
「素敵な王子。あたしの王子……えっと緊急確認事項……ねぇ」
そのまま、ずどどーっと駆け込み、
うおおりゃあーーっと王子に、渾身の膝かっくんをお見舞いした!
「ただの立ち読みじゃんかああぁぁ!!」
どぐしゅあ!「うぐほぅ!?」崩れる王子。
繁華街の古びた本屋の店頭で立ち読みをする、偉大なる天威の国の王子。
「……っ、な、何すんのよ、今いいシーンなのに!」
「うるさい!なにのどこが空前絶後の緊急事態じゃい!」
あたしは雑誌を奪い取り、読んでた部分を確認する。
「……あぁ……そゆこと、単行本の続きを雑誌ですぐ読める的なアレね……」
出版不況なのでこうでもしないと購買意欲を刺激できないアレ。哀しさなのね。
「つか、その歳で少女漫画ハマってんじゃねぇわ!」「だって、だってぇ」
……結局、恥ずかしいので買ってやった(あと、おねぇ口調やめろ)
「今日発売日だろ?気になるだろ?やっと記憶が戻ったシーンだし」
「はいはい、あたしも気になってたよ……ずっと生きてるって伏線貼ってて実は、だもんね」
『半月を見つめて』という少女漫画だ。
海外へ留学に行った先輩たちを待ちながら歌い続ける少女アイドルの話だ。
王子が言ってるのは、ヒロインが『海外留学の先輩がもう航空事故で他界してるのを
知ってた筈なのに《《記憶を封印してた》》事』を言っている。
「視認疎外をせずに普通に立ち読みに行くとか……中坊じゃないんだから」
「この主人公の娘、何故あんな事故を完全に忘れて歌っておったのだ」
人の話聴いてよ。松葉杖突きながら片手で少女漫画雑誌を離さない王子様って……。
「あぁ、心的外傷後《PTS……》の何たらとか言う奴の一貫かなぁ」
あたしのうろ覚え知識に「何だそれは」と首をひねる王子。
「大事故や死を目の当たりにした後、心が壊れない為に記憶障害やら色々な防壁をつくるとか」
さらにうろ覚えの知識で説明する。
「なるほど……俺は何とか耐えたが、気持ちはわかる。そうか、少女であれば耐え難い事実は心を病むか……漫画であれど学べるな」
王子はさらに関心して読み込んでいる。
「そっか……家族」王子は兄妹を失ったんだっけ……思えば彼のは
虚構ではないんだ。母がいないあたしより遥かに重い。
「失う……か……って、あ……れ……――」
……ん?なに?……いま何か映像が脳裏によぎった。何だっけ。
「あたし、昔飼ってたわんこが……それもあるけど……うん……」
「……どうした……その《《目付き》》?」王子がびっくりして反応する。
え?あたしどうなってる?目付き、だって?……怖い事言わないで。
少し動悸がした。
ちょっと深呼吸。気のせい気のせい……何もないよ。
「……それは……大丈夫、なのか?」
「あ、ゴメン。戦闘の疲れがどっと出たんよ。あーあたしもだばーっと寝たいや」
商店街の雑踏の音に少し耳を貸し、空を仰ぐ。
うん、大丈夫だあたし。
王子がなんか真面目に心配してるっぽい。やだな、気を使わせちゃったよ。
「おう。ソラじゃねぇか」「あら?マイ天使ソラちゃん!」「うぇ!?」
ばったり。
しばし無言で徒歩してたら商店街でおとぅと結菜さんという兄妹と
遭遇するミラクルが発生した。
いやま、逢いやすいのかもだけど……ん?
「…………」王子がぼぅっとしてる。
仲良し兄妹なんでたまにこう買い物とかしてるんだけど……んん?
おとぅと結菜さんはあたしの隣りに眼がいってる……。となり……って。
「あら、学校帰り?で、そちらは……」「なんだァそこの金髪、彼氏気取りか?」
「うえ!いや、こいつは……その!」王子!視認疎外わすれて歩いてたの今まで。
やっば、どしよ。想定外だ!ここ、こいつすっごい目立つもん。
街歩いてたら噂になって、あー……えーっとどうしよ……。
「……そちらは《《クラスメイトで留学生》》です、お父さまお母さま」
「おぇ!?」
間髪入れずに、またしても横から別の声が遭遇する。……こ、この声。
「だろうソラ?夜鳩さんは何でも知っている」「よ、夜鳩!?」
制服姿の夜鳩。
さっき学校で別れたばかりで久しぶりではないのだけど……。
「おう夜鳩っちゃん久しいなぁ」「やっぱお母さん似よね夜鳩ちゃん」
「はは、久しぶりにありますお二方」むむ?なんだこの流れ。
「こちら、転校してきたばかりで不慣れなので街の案内を蒼穹さんが買って出た訳ですよ」
夜鳩がある事ないことペラペラ解説してる。ど、どゆこと?
それっぽい説明で「あら、そうなの優しい♪」「ふーん姉妹都市の留学生か」と
何とか納得してくれたらしい。
た、助かったとはいえ頭かしげる状況だなぁ。王子ずっと無言だし。
軽く立ち話が弾んで、なんか出店の大判焼きを
皆でなかよくモグモグする図式に。何だこれ……。
「んぐもぐ、久しぶりの現世って訳かぁ、楽しんでけよなぁオラ、少年」
「もぐむぐ、お兄ちゃんったら出所後の極道さんみたいにぃ」
結菜さんこの歳でお兄ちゃん呼びです。昔っからこんなです。
「シィムーン王国の王族に連なる御人で、是非とも姉妹都市を体験したいなどと」
シィムーン王国は西欧の小国で、はるる野の姉妹都市で、そこは嘘ないとはいえ。
あー夜鳩、確か大使館の方面に住んでるとか聴いたけど……そんなに詳しかったん?
今さっき作った設定でよくもまぁ。
鵜呑みにして盛り上がってくれて助かってるけど。
「ぼそ(王子、いいの?)」
こそっと伺うも、王子は微笑を浮かべてる。
「………………」「(何か言えっての!)」
何故か終始無言の王子……ま、いっか……顔が緩んでて機嫌好さそうに見えたし。
「じゃな、王子しっぽり楽しませとけな~」「そのままお泊りでもいいのよ~」
「コラコラ……まったく、あの兄妹は」
のんきに腕組んで去ってゆく我が家族たち。
謎の眼鏡美少女はここで去るよ、と彼女とも別れた。その自称気に入ったんやろか。
静寂は戻ってきた。疲れた。さて、王子はと言うと……、
「……ソラ」ぽん、あたしの頭に手を置く王子「な、なによ……」
「地を歩みゆく民……」そこで微笑、「生きている臭いがするな……」
「……???」
王子のよくわかんない悟りで歩みを再開した。
ま、いいか。なんか綺麗にまとまってるぽいんで野暮はやめとこう。
王子があんな表情浮かべるのが意外でもあり……あ、嬉しかったのか……あたしが。
雑踏の空気がミュージカルの様に、賑やかに弾んでいた。