第六節「小話4/松葉杖と三人と」(後編)
24/06/09 更新
あたしはまず地形を確かめた。
このホームセンター……そうだ、川沿いの立地。
駐車場向こうがすぐに河川――そして土手がある。
竜地たちには子機モモンガは見えない。異臭騒ぎという名目なら
一般市民が誘導まがいな事しても責められはしないだろう。
「――そういや学校でも異臭騒ぎあったな。流行りかこれ?」
「やばいよ、避難させよ。何かのテロかもよ!?」
「……ん、ちいとヤバいかもな。無差別テロ的なのかもな」
「竜地、たしか駐車場から河っぺりに出られたよね?」
「そうだな……よし!老人と子供客が多いから俺達で誘導すっぞ」
こういう時は男前とゆーか、切り替えが早い竜地は助かる。
ホームセンターの店員も避難誘導し始めたが、
今日は女性店員が多く手間取っていた処に、
高身長の竜地の、
「協力します!俺達が誘導しますんでスタッフの方々に連絡を!」
がいい具合に承諾され、皆で客を誘導する事になった。
「俺達がこう緊急事態に手を組むの久々だな」
「そうだね!世の中、予想外がいっぱいだ」
「だねぇ。可愛くないストーカーは御免だにぇ」
あたし達も手伝う。
とくに巫秋はあの美貌に加え――、
「あれ!?聖女巫秋さま!?」「え、まじ!?本物」と別の騒ぎが始まった。
「え?あーし?あーしは妹の巫冬ですにぇ」と誤魔化すも、
画面越しに見慣れたYou-tsuber、かなり苦しい状態に。
「(巫秋ぃ!あんたが騒ぎ起こしてどーすんだコラ)」
「(えー!?だってあーしオフだもん!アイドルにも日常あるのよ!)」
いつもだったらヘッドロックでベアハッグものなのだけど、
子機モモンガの煙が濃くなってきて、それどころじゃなくなった。
「うげ!?こいつら~!?」
その内モモンガたちが客の身体にもまとわりつき始めた。
不味い。人質とられたようなものだ。
『(王子……何してんの、早く、頼むよ)』
『(すまぬ!トラブルだ。フィエーとのシンクロが弱い。
現状、副操縦士状態だとたまにな……すぐには行けぬ)』
「……くぅ……!」
いつも都合よくは出来ないか……しかし、
数が膨大だ――子機モモンガは少なくとも30匹以上はいる。
「何だまた煙増えた?ちっくしょ何処のバカだ、発生源は何処だ!?」
「にゃー竜地、アンタが吸い込んでトイレで吐いてきて」
「巫秋!バカいってないで!?」
大分、川岸の土手に避難させられたものの、モモンガもついてくる。
ここでやっと気付く――。
「……あれ?これ、あたしを追ってきてるよね……」
馬鹿だなあたし、
自分が目的ならあたしが囮になればいいんだよ!
フィエー君回復もある。拘束されなければいい。巻き込まない為には!
思うが早く、
あたしはそそくさに抜け出して、ダッシュで駆け出した。
「おい、ソラ、何処に行く!!?」
「スマホ充電切れで尿意でつわりで寝違い発生したから病院行くよ!」
「にゃーそれは満漢全席。いってらー」
「いや!?それで納得するか、つわり気になるな!じゃない、待て!」
何故か余裕の巫秋と疑問符の竜地を他所に、あたしは近くの
自然公園へと走りだす。あそこは古くて過疎ってる。とにかく、
……人気の無い場所へ行ければ……!――しかし……。
「って、えええええ。追って来ない!?なんでええ!?」
あたしが走り出すも子機モモンガたちはお客にまとわりついたまま
ヨダレだけ律儀に垂れ流しまくっている……?
「……何で……??」
後には付いてきてしまった竜地と(何となく付き合いの)巫秋だけ。
(……ただの食欲ってだけ?……)
すると、お客達からうめき声が聞こえはじめた。
「……う、なに……具合悪……ぁ」「俺もだ……ぅう」
どさ。一人、また一人と昏倒し始めた。
「くっそ!……まるで人質とか有効って知ってるの」機械種が!
すると、巨大な影があたしの足元をよぎった。
「嘘……最悪!」
いつの間にか真上に親機――モモンガ機械種がいるではないか。
そして子機達の口から触手が伸び、お客たちの身体に這い巡りだした。
「ちょ、待ってよ!最低最悪!くっそ!!」
あたしは駆け出し、素手で触手を引きちぎろうとする。
しかし――
「そらきゅー、駄目だ。触っちゃ」と意外な声がした。
「巫秋?……なんで……!?」
「うーん。巫やってるせいもあって、何となく凶の
陰の気の様なものには敏感なんよ。なんとなく見える」
「……う、そ……」
巫秋が!?……天威の不可視の刷り込みを超えて認識できる?
地上の民と交わった人もいたって言ってた。
そういう人たちの中の一人が。巫秋か……?
……だから不可思議な発言多かったのか……。
いつもの適当さは消え、彼女は腕を組みながら指で天を指した。
「大丈夫だよ。何か助けが来てくれるっぽい……何となくね」
「……そんな!そんな都合よく――」
……と、都合のよい事が起きた。
ぐぁああおお!という聴きなれた咆哮。
それと共に、何かの大きな巨躯が上空をよぎった。
――それは、体から細かい針状の何かが射出して、
子機モモンガを刺し貫いた。正確に数十匹全部に、である。
一瞬で殲滅される子機たち。
そしてそのシルエットは見慣れた彼女だった。
「え?……こ、恋ぬガゴホごほ」恋縫ちゃん――獣犬だ!
やば、口に出すとこだった。
そのまま獣犬はモモンガ型に飛びかかり、
有無を言わさずコアを噛み貫いた。
あのアメンボ型の時の様に――そして子機もろとも銀色に染まり、
「うっわ……す、すご」「おや、これはお見事」
モモンガ型たちはあっさり霧散して果ててたのだ。
(うわ……改めて恋縫ちゃん味方で良かったや……えっぐい)
「……あれ?」「いきなり煙消えた?」
ざわめきたつ群衆――まるで青天の霹靂かの如く
「(……恋縫ちゃん、聞こえてたらサンクス。まじ助かったよ)」
感謝しかない。改めて、恋縫ちゃんの苦言は正しいと実感した。
髪留め通信機に試しに念を送ってみると、速攻で返事が返ってきた。
『そーらー先輩ーなーんでーりゅーちゃんと一緒にいるーんスかー』
あ、やば。
勢いで外出しちったし恋縫ちゃん忘れてた……そりゃデートよねぇ。
「(……いやー……はは、色々あってね……)」
(まだ臨戦態勢なので)外見は獣犬のまま、圧が強い。
いやー……怖いなぁ。これはお説教モードか……?
――と思ったら、
『嘘ですーリヒト様から聴いてますー色々言いたいことありますー』
うわー。地味に怒ってるなー。凄い棒読みで怒ってるー。
ともあれ、
なんかペロちゃん久々の大暴れで興奮してるんで後で合流するとの事。
(とにかく助かったよー恋縫ちゃん。後でパフェおごる!)
『らじゃ!』と短く返答して獣犬ペロちゃんは嵐の様に去っていった。
ふはーっと脱力のあたし。騒動も収まり何とかなってきた。
流石に警察は呼ぶらしいので、事情聴取に待機となった。
「……なんだったんだこれ、最近ちいと奇怪な事件多くね?」
「あー……なんだろねぇ」言えないや、流石に。
◆
――ひと段落がして。
「ははー。そーいやさぁ。ソラきゅー、モグ男、巫秋さん三人だと
あの修学旅行事件以来だよねぇ」
事情聴取も等しく落ち着いたので、ミャクドで飲食しながら談笑。
「ん?……あぁ、そっか。あの時以来かー」
「おぉ、あれは忘れらんねぇ」
昼ミャックは値段がお優しいので三人は仲良く同じのにした。
「大体さ、この三人って元々仲悪かった方じゃん?」
「あぁ、そうだったな」
「こんな三人で飯つつき合うなんて考えもしなかったよね」
中学生時代。
あたし達三人は同じクラス。でも派閥に分かれてて口も利かない関係。
始めは口も交わす知った仲だったんだけど、あたしら三人、ほら、
個性が強すぎたのか先日、口論になり不仲が決定してしまったんだ。
そんな中での、京都の修学旅行だった。
ロビーに集まった班のリーダーだったあたし達。
二日目。自由行動の日に重大な問題が起こった。
「はぁ?ウチのクラス。班の何人かが、行方不明でてるってか!?」
「迦土の方も?」「汪鳥も?あー巫秋んトコもいねぇわ。やっべ」
ホテルのロビーで顔を見合わせるあたし達不仲リーダーズ。
よりにもよって蒼穹・竜地・巫秋班に朝から失踪者が出てしまってた。
このままでは修学旅行自体が中止にもなりかねない。
「――ね、神子も迦土も大の仲良しって訳じゃないけど、
ここは連携しない?」
「なんだと?」
「汪鳥が仕切るの、感じよくねーんですけどぉ」
「そうだね。感じ好くないし仲良くしなくていいよ。でも、ここで
旅行の雰囲気ぶち壊しで後に引きずるのもっと感じ悪い、どう?」
「……一時休戦か」「ずっ友じゃなくて即(席)友ねぇ……」
あたしの苦肉の提案に二人はしぶしぶ了承した。
そして『修学旅行が終ったら消去する』を約束にRINEを交換しあった。
そこから〈即友〉の言葉が効いたのか、情報共有しあい、
ほとんどの失踪生徒の捕獲に成功した。
理由は『――せっかく京都だしあの店行ってみたかったし~』である。
しかし最後の二人が見つからなかった。
「まだ教師に報告する訳にはいかねぇ、ギリ探す……!」「うん」
その頃には三人は連帯感みたいのが生まれていた。
「ま。ローラー作戦って手があるにぇ」「やるか」「やるよね」
決行は早かった。
京都のマスの目たる祇園の街並みをローラー作戦てゆー、
「地味に虱潰し」するという地味に大変な捜索を敢行した。
諦めかける二人。あたしは最後に叫んだ。
「即席の友、最後の仕事だよ!あたし嫌っていいからさ、
ぶん殴るなり好きにしていい!全部ぜんぶ、言う通りにして!」
あたしはガチでリーダー然として二人を使役した。
全指揮で、級友も総出で、最後の二人を何とか発見した。
決戦の地は、夕暮れの大阪城の天守だった。
行ってみたかった店を予め計画立てて、転々と観光してたらしい。
しかも携帯の通知をOFFにしてという。
怒り爆発した三人による叱責でその二人は猛省したろうけど。
――どうにか、教師たちにも騒がれずに解決したのだった。
全てが終わり、ホテルのロビーに戻った三人。
――顔あわせたら、殴りあいどころか大笑いして転げまわったのだ。
顔が汗やドロで汚れまくり。こんな観光あるのかよってね。
そのまま風呂行って巫秋に妙に懐かれた。おっぱい揉むな。
風呂上りの竜地は顔真っ赤でマッサージ椅子で寝てて笑い転げた。
「なんか、あの後、普通にRINEでも携帯で話す仲になってたよね」
「ふ、旅行終わったら消すつーてたのになぁ」
「あの失踪者のおかげで結局《ずっ友》だったね。
ソラきゅーもモグ男も」
「その呼び名もあの旅行の時に出来たんだよね、懐かしいや」
人間、問題児がいると意を決して友達になってしまったりする。
ありふれてるけど、そういうのが庶民の仲たる由縁だ。
「蒼穹をソラって読むのわかんねーって」
「巫秋、〈ソラ〉を漢字変換してみ?」「あ、マジだ」
「”そうきゅう”って読むのだと思ってた。俺も」
「〈ソラきゅー〉呼び定着しちゃったしー」
あれから何となく、ウチのクラスは壁が無くなり、
中学生時代は本当友人が多かった。好い記憶である。
■
「……じゃねソラきゅーモグ男。夫婦最初の共同作業です~きひひ」
交差点で巫秋とさよならになった。
呆れるあたしに「そ、そ、そうだぞ、気が早い」と赤面の竜地。
その入れ替わりに(偶然を装って)現れる恋縫ちゃん。
「わーグーゼン奇縁ですねー!恋縫もご一緒していいスかー」と
棒読みオーバーリアクションの獣犬娘さん。
「あん?偶然すぎて怖ぇな」という竜地を蹴り、
竜地の家で工具を借り、少し独創的な松葉杖が完成した。
「この間は有難うね、蒼穹さん竜地くん、夕食ご一緒にいかが?」
恋縫ママの計らいで夕食を三人で御馳走になり、
和やかに一日が終わった。
■
「……で、俺のこと完全に忘れてた訳だ――」
帰宅一発。王子に怒られた。
髪留め通信機、避難の際に邪魔なんでバッグに入れっぱだった。
「……あーゴメン……でも結局フィエー君来なかったし」
「恋縫に頼んだら解決したって報告あったからな……だが」
以降、説教割愛。
「……ふむ、この松葉杖……悪くないな」
結局、気を取り直してくれた。
真ん中の既製品の杖を芯に、
木の枠組みで囲って松葉杖になってるという即席の松葉杖だ。
「で、で、でしょう?竜地と恋縫ちゃんとの共同制作です」
「中の芯になってる杖は取り外し出来るのか面白い、
フ。竜地とやらにはいずれ謝意を示さねばな」
「王子シャイだもんねぇ」
「おまえ、上手い事言ったとか思ってん?」
「す、すいません……」
頭あがらんちゃぁ。
「ま、お前の中学の頃の話、少し面白かったので今日は許そう」
「げ。また盗聴してたの?」
「ふ。お前の強引さは生来なのだな」
王子が若干、微笑してたのが――ちょいと嬉しい夜だった。