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第三節「小話2/王子と恋縫の誓いと」

24/06/08 更新

「……なぜか許さないつもりだったが許す方向になったぞ」


恋縫ちゃん部活デビュー日の夜になる。獣犬戦のあと――

あたしは疲労で朝ギリギリ。まともに王子と話せてなく、

『――ソラ、あの犬娘を連れて帰宅せよ』

帰宅後、恋縫ちゃんと王子の初ご対面となった。


「き、緊張します……恋縫、仮にも敵役だった訳です、し」

さて、どんな弾劾裁判が?のはずが……冒頭の発言だった。

「犬娘は保留――だがソラ、お前はゆるさん」

「うげ?あたし!?」

「昨日のは看過できぬ。あんなまぐれ、強引に上手くいっただけで

最悪の状況を考慮にいれてない、結果好ければ全てよし、

そんな行き当たりばったりでは皆が死ぬ。認められん」

「むー……むむむ……ぐむむむ」

正論だった。

王子の立場に立てば、補給も援軍も絶たれた孤軍奮闘の窮地。

なぁなぁにしてはいけない問題。


「だが、恋縫といったな。そこな娘縫よ。お前が予想外の

興味深い状況になったのでな……しばし様子見だ」

「えっ?恋縫ちゃん……見逃してくれるの?」

改めて融合吸収したる、とかじゃなくて良かった。

「見逃しはしまい。監視・保留だ。お前は反省」

「む、ぐむー……」手厳しい。


「まぁ、本当は好くないな、だが、フィエーの配下に落ち着いた、

まず逆らえはしまい……敵になるとしても弱体化してる。静観だ」

「マジにあたしの〈日常〉におなりになった?」

「吸収せずにフィエーのファウ固有パターンが書き込まれて

〈従属〉の状態になっている」

弱体化してる現状、拘束力は弱いがな、と。

「それは……まぁ」

恋縫ちゃんはよくわからずキョロキョロしてる。


……フィエー君、やはり凄いロボットなんだな。

「恋縫ちゃん、どんな感じなの?」

「は、はい。リヒトさまの言葉には強制力みたいなものを感じます、

恋縫の中の〈この子〉もそうだって」

「あーやっぱしか。ん?〈この子〉ってあのわんこ機械種、いるんだ?」

「この子はなんか全身に溶けてる、みたいな感じです」


王子は殿さま座りだったのを座りを直した。

「そこだ。フィエーは敵能力を吸収、再構築して自身に融合できる。

獣犬の機動力や特性を奪えはしたのだが、中枢回路というか

〈自我〉は消えずに残ったのだ……その娘の中のペロォは」

「消えず……って、そうじゃなかったら?」

「半端に混じっていたりしてたら最悪その娘の自我が崩壊か死……」

「マジ!?」「……っ!」

恋縫ちゃんも蒼白した表情だ。


「……なんか、フィエー君がオマケして融通きかせてくれた?」

フィエー君も気が利く感じだもんなー(個人の感想です)

「……それはソラ、お前がやったのではないのか?」

王子の半信半疑な視線。

「え!?……あたし?……はぅ、えぇ?……」

あんな修羅場でそんな器用な……。


そこであの時の事を想起してみる。そういえば……。

「……実は獣犬に頭突きかました後、夢だか深層世界みたいな処で

 獣犬が恋縫ちゃん食べちゃった経緯みたいのが一瞬よぎったの」

「ほう?」

「それ観て、『獣犬も寂しかったんだな』って思ったら、なんか

 許しちゃったんだよね……朧げにそこだけ覚えてる」

「それ……私が感じた事と一緒です。この子を感じたんですか先輩」

「うん。恋縫ちゃんが獣犬と出逢った時の断片も少し見えたの……」


そこを機に、恋縫ちゃんは語ってくれた。

……あの《一週間失踪》を。

本人も記憶があいまいな部分が多く、断片的だったのだけど。


あの春休みの夕暮れのこと――

母に黙ってウチの学校の受験を終え、入学も決まっていた恋縫。

てっきり自分の望む高校に進学していた思っていた母にバレた。

そして母と大喧嘩して自暴自棄になった彼女はどこを彷徨ったのか

この街の北の山間部へ迷い込み、吊り橋へ差し掛かった処で

転落してしまったという。

雨が降り出していた為、滑ったらしく転倒。

気付けば川底で、そこでペロォに捕食されたのだと言う。

捕食と言っても吸収して溶ける感覚だったそうで、

そこでペロォ自身の〈寂しさ〉の様な感覚が流れてきたのだと言う。


「そこで先程のソラ先輩と同じ事を感じたんです。

 『お前も寂しいんだね?一緒だね』って最後に……」

「機械種が感情を……同調して人の形に帰してくれたのかな」

「そんな高等思考が出来るとは……解らぬ。まだ思索が必要だな」

でも実際、家に戻してくれてた。

殺して経験値にするならそのまま山に潜めばいい。

機械種にも色々ある。学ばないといけない事が多そうだ。


「恐るべき事だが、お前はもう《ペロォ人間》とでも呼べる存在に

落ち着いたのだな」

「うっわ、だっさ」

「ネ、ネーミングセンスなぞよいわ!」

「人でもペロォでもない曖昧な存在。フィエーのデータに

〈融合種〉という特例があった。

過去にも数件、人と機械種が混じったものをそう呼んだらしい」

「うえ!あるんだ。そんな事例」

「混合種……曖昧な……存在」

恋縫ちゃんは両手をまじまじと見つめていた。

あたしには普通の人間にしか見えない。

「……じゃ、もしかして獣犬って出そうと思えば出てくるの?」

「えぇ。あたし自身がその〈獣犬〉って状態に変身できるみたいです」

「うわー!?変身魔法少女きたー」

「やや!やめて下さい!そんな可愛いものじゃないです!!」


ぷるぷる顔をわななきながら紅潮する魔法少女・恋縫。

何て新要素。そんな可愛いものだ。お姉さんマジ興奮ですだよ……。

するとロケットパンチが飛んできてあたしのニヘラ顔を鷲掴みにした。うえ。

「……オレも〈融合種〉を見るの初めてだな……どんな感じだ」

「それだけじゃなくこの子、単体で活動できるみたいです」

「え?」

すると恋縫ちゃんのヘアバンドから、ぽむっとあの獣犬が姿を現した。

「うわわ!!」

しかし、降り立ったのはちびっこいサイズの可愛いマスコットだった。


「わ、わ、かわいいい!!」「ですよー♪」

「これは驚いたな……」さすがの王子も目の色を変えた。

あのイカつい獣犬がデフォルメされて、何かこう、愛玩動物てか

愛らしいぬいぐるみだった。

「お座り!」「ぱうぅ!」

あら?本当にお座りしてくれた。

「何か懐いてますね……先輩に」

「ぱぅぅーぱぅうー!」

「あれ?フィエー君だけじゃなくてあたしにも〈従属〉してくれんの?

 うわーやばーテイクアウトしたいー」

「いや困ります!恋縫のペロちゃんです!」

恋縫ちゃんが珍しくマジ顔で抱き上げる。お母さんみたいだね。

「あ、ペロちゃんっていいね。ペロォ型のペロちゃんか」

「ぱう!ぱうう!」「ペロちゃんも気に入ったって」

「ふふ、今日からペロです♪」

さっきまでの緊張モードはどこ吹く風。すっかりペット品評会である。


そこでやっと王子も力を抜いた。

「まだ油断してはならぬが肯定せねばならんな〈融合種〉、

……もはやある種の生物としての稀少な実験サンプルだ」

「なによー難しい言い方。王子もペロちゃんモフモフしたいって言え」

「言うか。ふん……娘、恋縫と言ったか」

シリアスな顔に戻り、恋縫ちゃんも正座した。

「お前はもう人間ではないな」

「……はい」

「そいつを抱えて死ねないかもしれん」

「はい」

「我が元で闘い続ける従僕であり、死も覚悟せねばならんな」

「覚悟しています」

「……よし、帰ってよし」

「終わりかーい!」

「……お前は何を期待してたのだ」王子が脱力顔だ。

「まぁ、機械種どもは上位種の意思で操られる。向こう側の強制力がある。

だがフィエーの配下となった故、我らが上位種となる。

非常時はそのペロとやらも呼べる。戦力に計算するぞ」

「戦闘させるの?」

「非常時だぞ?有事の戦力は確保するに足る。有無を言わせまい」

王子の圧に恋縫ちゃんは一瞬、息をのむも、

「いいんです!……恋縫も力になりたいのですっ」と強く返答した。

恋縫ちゃんは本気の顔だ。

でも、ちょっと仲間が増えて嬉しくもある。

「うん。恋縫ちゃんが言うなら……あたしと一緒に戦おう」

「はい……誰かの為になれる……生きてるって感じがします」

王子がはっと目をやる。どんな事を想っていたのだろう。


「あ、着替え中やトイレの時は呼んじゃ駄目よ、セクハラはノン」

「お前はぁ~」

「でも、リヒト様のお力になれるなら、恋縫の価値もあります。

 この子も生きる意味がありましょう」

獣犬ペロを護るようにかき抱いた。ペロもそんな彼女を見上げた。


「生きる……か」王子はしばし黙して、表情を和らげた。

「……ふ」「王子?」

「いや許せ。あいわかった。恋縫は我が戦列、いや〈盟友〉として迎えよう」

「善いのですか?」

「このジリ貧状況だ。上とか下とか言ってはおれまい……共に闘おう」

恋縫ちゃんは静かに頷いた。噛みしめている感じだ……染みる。


「……えーと王子、このソラさんも友達にどうですか?」

「お前は仕方なくの〈運命共同体〉だ。今は反省せい」

「わーん居候のくせに態度でかいよー恋縫ちゃんー」

恋縫ちゃんに抱きつく。いいにほひ。この香りがたまりません。

よしよししてくれた。ママァン。

そんなやりとりで今日はお開きになった。

王子もっと色々ゴネてくるかと思ったけど……どんな胸中だったのか。



「……人生、出逢わなければ開けない未来もあるのですね」

帰宅する恋縫ちゃんの送り際。夜の帳はおりた。

鉄橋の方まで送ろうと思う。夜風はまだ肌寒い。

「そうだね。あたしも恋縫ちゃんに早く出会いたかったよ」


恋縫ちゃんはこちらを向いてにっこり表情で返事をした。

「わたし、もう人間に戻れないのかもしれない。人としての幸せを

続けられないのかもしれない。でも、

りゅーちゃんが幸せになるのなら、応援したい」

「……そっか……」

それはあたしもそうかもしれない。漫画の様にラスボス倒せば全てが

元に戻るなんて都合のいい展開はない。

でも――

この娘には、せめて幸せが続いて欲しい。

「歴史にIF(もしも)はないから、と言いますけど……

りゅーちゃんと私、蒼穹先輩で幼馴染で居たかったの、かも」

「まーだまだ若いよぉ。今からでも幼馴染だ」

「…………」

「いーじゃないの、あたしは恋縫ちゃんに逢えた、結果はハッピー!

 ぶんぶん解決っ!」

「…………」

「フィエー君もご機嫌になりつつある!あたしもプラモ部充実!

恋縫ちゃんも加わればOK牧場!だからさ、これからは気を明る……」


「ソラ先輩!」


強い呼び声に遮られた。

恋縫ちゃんは表情を正し、あたしを正視した。

何だろう、ちょっと厳しい眼差し。

「ソラ先輩、いえ、蒼穹さん。下手すれば私は貴女を殺してました。

結果だけ好ければ、なんて状況で終われない時がくるやもしれません。

どうか、その時まで、覚悟と心根だけはひしと定めておいて下さい」

「え……あ、は……はい。……確かに、うん。そうだ……ね」

王子と同じ叱咤をもらってしまった。

あたし……そんなダメだった?


「わたしはペロの形態になれば、最悪致命傷は避けられるかもしれません。

 でも貴女はそうはいかないんです。基本は人間なんです」

「…………」

「それに蒼穹さん。たまに何処か別の処を見ている気がするんです。

おどけて何か忘れている様な、少し怖い。現実は目の前にあるのです。

そこだけは……努々《ゆめゆめ》……忘れないで下さい」

恋縫ちゃんの目はもう獣犬として襲って来た夢見がちなソレではない。

もう現実から目を反らしてはいないんだ。

「……あたし……」

あたし……何を……忘れているんだろう。

たまによぎる、雨と夕日の情景――あれは何だったのか。

でも今は彼女の言葉を素直にうけよう。

「私も現実を生きます。現実を見つめたい」

「………………」


「蒼穹さんも、貴女の現実を見つめて下さい」


この言葉が、あとであたしに重くのしかかるなんて

この時のあたしは思いもしなかったんだ――


「うん。そうだね。そう、結構死にかけてた……マダニの時も、

アメンボの時も……バカだ……現実みないと、だね。反省する」

王子いわく。

フィエー君にリンクした現在の自分は普通の人間じゃないと言った。

回復は早い。けど、彼女ような《変身》って特異性がある訳じゃない。

あたしは――もっと今の自分を見つめ直さないといけない。


あの時の鉄橋が見えてきた……そう思うと、

急激に獣犬に食べられそうになった恐怖が蘇ってきた。

〈非日常〉はすぐにでもドアを蹴破ってくるんだって。

暫しの静寂の後、

恋縫ちゃんは真っ赤になってぶんぶん顔をふった。

「いえいえあやうわあわ!な、なんか生意気な事言っちぇ御免なさひ!」

噛み噛みに戻る恋縫ちゃん。あたしはたまらず抱きしめる。

「いいの。こんなヘンピな状況、共有できる人なんて恋縫ちゃん、

貴女しかいないよね……。

肝に銘じるよ、本気で反省しないと……うん、本当に」

「ソラ先輩……!」

「これからも宜しくね……あたしがおかしい方向に行ったら、

遠慮なく言って、蒼穹からのお願い」

今度は恋縫ちゃんの方から抱きしめてくれた。

「……はい!恋縫は……蒼穹さんのずっと友達でいさせて下さい……!」

これから先、どんな出来事が待っているのか。

でも心強い仲間がいる。友達がいる。

あたしを一緒に成長させて欲しい、そんな誓いの夜だった。


――どこかで、王子の微笑が聞こえた気がした。

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