第十八節「ソラと恋を縫う笑顔の世界へと」
24/06/02 修正
気がつくと、ベッドの上だった。
「……ここは見知らぬ天井だ、とロボものっぽいのかなあ……」
保健室。
夕日が射し込み、夜へのカウントダウンは揺るがない。
もうすぐ日没だ。静寂が戻ってきていた。
「――…………はぁ、終わったって事……なのかな」
獣犬の姿がない。
闘いは……本当に終わったんだな。
なんとなくそう悟った。
あの草原――仔犬――あれは全てが夢ではないと心が覚えてる。
ボリボリ頭かきながら身体を確認。疲労しつつも生存を確認。
あっちゃ、制服ボロボロやん。これどーしよ。
ん。フィエー君に作ってもらうかな。それ位いいっしょ。
(マイペースに行け、って何だか無茶ばかり圧しきっちゃったね)
おとぅの言葉に苦笑い。
あたしはたぶん間違ってない――やれる事はやったんだ。
けど、王子の気持ちも汲むべきだったかな。
王子の姿がない。フィエー君の気配もない――先に帰ったのだろう。
(……あとで謝っておくかなあ……)
「あ」
恋縫ちゃんがいた。寝てた。
保健室のベッド、医療用カーテンの向こうにうっすらシルエットが見えた。
女の子女の子した臭いが独特で、すぐわかった(犬か自分は)。
しかし、なんか……裸Yシャツみたいになってるんですがこれが……。
髪もほどけて……これは西洋のお姫様ちっくですぞ。
寝息はくーくー。
あんな激戦やった直後でなんだけど……この娘やはり妖精!?
おぉ、ぷりちー!ぷりーちぃ!……ソラ、なんか目覚めそう……。
(夜鳩を笑えないや……)とか思ってたら、
カーテン越しに竜地の背中が。彼女の傍に座ってるのが見えた。
(――良かった、竜地無事だったんだ)
絆創膏や包帯巻いてる処みると、飲まれたあと吸収されずに
解放されたと見るべきか。そりゃ恋縫ちゃんの……だもの。
(……にしても)
厳しいというか、気まずいというのか。
竜地は相変わらず、むつかしい表情する。
(……こりゃ邪魔しちゃ悪いかな)
どうにもあたしが目覚めた事に気づいてない。様子を見守る事にした。
■
「……ん……ぁ」
すると恋縫ちゃんもようやく目覚めた。
何か……ずっと悪い夢みてたみたいな表情。いや、文字通り……か。
獣犬からは完全に開放された――訳でも無い気がする。
何だか獣犬の気配がどこかに残っている様に感じられたからだ。
「迦土先輩……」
寝起きに一番逢いたい人を見据え、微笑とも困惑ともつかない表情を浮かべる。
「白戌さ、昔通りに〈りゅーちゃん〉でも何でもいいぜ……」
「じゃぁ、お兄ちゃん」
「えっ……それはやめて!」
バカ!キザ貫きとおせよ!吹き出しそうになったじゃん!赤面の竜地。
「……だってぇ、初めはそー呼んでたんだもん」
「あー……いやその……いきなしは厳しいぜ」
「ふふ。今日は何でそんなに照れ屋さんなの?」
恋縫ちゃん、寝惚けて昔に帰って甘えん坊になってるんじゃ……。
「……いーぜ」
「うん?」
「今日だけは特別だ」
「やたーお兄ちゃんやさしい」
うごごご……ゲロ甘いな……甘くて空気がメルティすぎる。
竜地が普段見せたことないオロオロした顔して可愛いが、
恋縫ちゃんを見る目も優しいんで、そっちも極上だった。
「なぁ何か俺、お前を呼びだした後の事はっきりしねーんだけどさ」
竜地の表情がやわらかい。
「……あの告白、それだけは変わんねぇ。それはまた、はっきり言いたい」
「…………うん……わかってる」
「………………っ」
あたし息が詰まりそ。えと、なになに?何の告白したんです?
「それでもいいのか?」
「………………うん」
「ここからはやっと言える……俺は……友人としてお前とをやり直したい」
「……………………うん」
「そっからどうなるかはわかんね……でも」
竜地は天井を仰ぎ、深呼吸をして背筋を伸ばす。
夕日は彼へ味方し、後光がさしていた。
表情がはっきり見えなくなったけど、強い意志を感じた。
「…………俺は、お前を二度と見捨てねえ」
「…………………………うんっ」
「ごめんな、恋縫。一生かかっても償う」
「……うん……うん…………」
「すまなかった……俺はお前と……」
ちょうど夕日が差し掛かって竜地は少し目がくらんだ。
「おまえとずっとこんな仲でいたい。それでも、いいか?」
「いいよ……いいんだよ……りゅう……ちゃん……!」
恋縫ちゃんは笑顔で号泣していた。
枕で顔を覆っても彼女の心の雫はとまらない。
声が震えて言葉が続かない。
――でも、
あの草原の――膝を抱えた少女はもういなかった。
少年はあの張り紙を破り捨てた――。
――涙は夕日で七色に輝いていた。
「……ただいま」
恋縫ちゃんは絞り出す。
「……ただいま」
竜地も同じ言葉を紡ぎだす。
二人はようやく。笑顔を咲かせて。歩みだした。
「「おかえりなさい」」
言葉は繋がった。
綺麗な涙は……虹色に輝いていた。
夕日がこれだけ綺麗だなんて、初めて知ったんだ――
■
「……で、そこの狸寝入り」
ぎく!
古いリアクションしちった。ばたばた。ベットはぎしぎし。
仕方なくのっそり起き上がるわたし。
「ソラ先輩……」
「や、やほー」
バレバレでした。も、すみませんごめんなさい。お休みなさい。
「寝るなっつーの」
「だって!青春は甘いもん!」
「わけわかんねーよ」
恋縫ちゃんは医務室のベッドを出てよろよろとこっちに近づいてくる。
「わ。駄目だよもちょっと横にならなきゃ……!」
そんな静止も構わず恋縫ちゃんは近づき、よろけて
あたしのベッドへ倒れこむ形になる。
そのまま嗚咽をあげるように肩をワナつかせていた。
「……わたし……恋縫は、ほんとう……ごめんなさい」
「!」
「恋縫は悪い子でした……許されない……謝罪しても……だけど」
彼女をようやく顔をあげる。か細い声で悲しくささやく。
「りゅーちゃんをお願いします。これで、恋縫の願いは終わり。
さようなら……わたしはこれ――」
あたしは最後まで言わせなかった――がむしゃらに恋縫ちゃんをかき抱いた。
離してなるものか。
この子は、ずっと、これからも友達でいたい。
あたしの願い《こころ》が、離したくないって叫んだんだ。
「――明日から、部活、顔だせる?」
「……え?」
「お、おいソラ。何があった?よく聞こえなかった」
「えー?なに?……恋縫ちゃんね。異臭騒ぎで今日は体調崩したけど
明日から模型部に入部してくれるって!」
正式部員のV!とあたしはVサイン。
「は……あぁ、そっか。入部はするんか……あぁ、いいんじゃね?」
「そ、そ、ソラ先輩!?」
「はい!終わり!ハッピーエンド!話はまとまった。決め!」
竜地はやれやれと「ちょいトイレいってくらぁ」と席を外した。
「――…………」
「恋縫ちゃん――若いモンが諦め早く、じゃあかんぜよ」
「……でも」
「――”でも”は何もかもやり尽くした後にさ、考えない?」
ね?とあたしは頷いてみせた。
恋縫ちゃんは涙目で頷き――そのまま浅い眠りについた。
――そんなこんなで事態は終息しました。はい。
■
――あの獣犬の騒ぎの顛末――
謎の異臭騒ぎはなぜか、警察沙汰にならず、
夜鳩が”プラモの溶剤の匂いが風に乗って新校舎に届いただけです”と
報告して謝罪した事で何故かおさまったらしい。
(そんなんで収まるんかなぁ)
夜鳩はいま教員たちの処へ事情聴取を受けに行ってて居ない。
ただ体調を崩したあたし達だけで――終わったらしい。
(……夜鳩、何者なんだろなー、助かったけど……)
――夕日はあとちょっとで暮れる。そんな帰り道。
「……なんか放課後に妙な異臭騒ぎで倒れてたらしーんだが、
あれ何だったんだ?模型部のシンナー漏れとか聞いたが、
俺たち普段から嗅ぎ慣れてんのになぁ……
つか、何故ソラまで倒れてんだ?」
「えと……部室へ向かってたら……青春の甘さにヤられてました」
「……あたま打ったか?」
「……昨日買ったプロ用ニッパー使い勝手炸裂してさぁ、徹夜で高機動ザシュ
組んでて二時間しか寝てなかっただよ……」
「部長たのむぜ……」
テキトーに話を濁して、何とか誤魔化しましたとさ。
正体明かせない変身ヒーローものみたいだし。
プロ用ニッパーはさっきの戦闘で炸裂したから嘘じゃないけど。
誰かの親の車で迎えに来させようと言う案もあったけど、
バス停までは三人で暫く歩いて帰ろうって流れになった。
竜地はチャリを手押しである(付き合いイイ奴だ)
(夜鳩は「家人に呼ばれた。先に帰る」とそそくさに帰っていった」)
「でよぉ白戌。なんで抱き着いてんのがソラの方なんだよ」
「えと……ソラ先輩……その、あったかい」
「そうなのです、あたしの日常におなりになったのです」
「展開早えーなぁ……まぁ。好かったよ、恋縫が笑顔ならな」
「呼び方」
「ん?」
「〈恋縫〉って……ちゃんと幼馴染してんじゃん」
「あ……っ」
「う、うっせ。幼馴染を苗字呼びがムズかゆくなっただけだ」
恋縫ちゃんもまた泣き笑い。この季節の夕刻はまだ寒いので
あたしの恋縫腕枕、あったかいナリぃ。うへへ。
苦笑する竜地。笑顔が優しい。
あんたがそんな砕けた笑顔みせるって何時ぶりだろう。
その笑顔をもっと恋縫ちゃんに魅せておやりってね。
暫くは取り留めもない会話。恋縫ちゃんはててっと先に小走り、
くるっと振り向いた。
「えと……先日まで色々ご迷惑をお掛けしました。ごめんなさい」
恋縫ちゃんはぺかーっておでこを光らせて両手を広げた。
「でも、新しいこと始めるって決めてたんで――初志貫徹しちゃいます」
恋縫ちゃん兵隊さんの敬礼宜しく、びしっとぶわっと宣言した。
「今日から模型部でお世話になります白戌恋縫です。よろしくお願いします!」
そのまま、わんこが甘えるような最敬礼をした。
「高校デビュー、上等! ぶい!」
恋縫ちゃんが放つ、ご自慢のVサインを暮れる夕日が祝福した。
あたしがわーって走って抱きしめる。
竜地がそっと、恋縫ちゃんにやさしくデコピンをするまでがパレード。
青春は、すっごく甘い、味がした。
【第二幕 終わり】
続きの更新はまたいずれ




